「体調でも悪い?」
未央子が、小夜子をのぞき込む。
糸を紡いでいた小夜子は、小さく頷く。
「ちょっと休んで」
未央子は、水を差し出す。
小夜子は、それを受け取る。
そして、空を見る。
なんてわけじゃない。
ただ、空を見る。
「いったい、何があったの?」
未央子も、小夜子の隣に坐る。
小夜子は首を振る。
「ひょっとして、ご子息様?」
小夜子は何も云わない。
「あんな立場じゃなかったら、私が怒ってやるわ」
「……院様」
「え?」
未央子は小夜子を見る。
「未央子は、最近、あの人を見た?」
「最近?」
未央子は首を傾げる。
「見ないよ」
「……そう」
「ずっと前のあの日、見たっきりだよ」
あの日。
小夜子が、彼の名まえを知った日のことだ。
「云ったじゃない。あの人、あまり姿を見せないって」
未央子が云う。
「あの人によく会うあなたが、不思議だわ」
「そうなの?」
「そうよ」
未央子が訊く。
「なぜ、あの人を気にするの?」
小夜子は答えない。
小夜子は、空を見る。
おそらく、先ほどと変わらない、空。
「小夜子?」
「……いつも会ってるから、かな」
「…………?」
未央子が云う。
「もうひとつ、気になること訊いてもいい?」
「何?」
「小夜子、装飾品をしてないけど……」
「ああ」
小夜子が答える。
「なくしちゃったの」
「なくした!?」
未央子が驚く。
「なくしたって!」
「なくしたの」
「どうすれば、なくなるのよ!?」
未央子は立ち上がる。
「思い当たるところを教えて! 探すから!」
「いいの」
慌てる未央子を尻目に、小夜子は坐ったまま、淡々と云う。
「もう見つからないと思う」
「でも、小夜子のご両親が作ってくれた、」
「確かに、父さんと母さんの形見だったけれど」
小夜子は云いながら、旧びた布を取り出す。
それを、開く。
そこに
「こっちが、父さんと母さんの本当の形見だから」
――焼け焦げた、ひとつの装飾品。
「それは、」
「あの火事のあと、誰だったか見つけてくれたの」
小夜子が云う。
「父さんと母さん、どちらのものか判らないんだけど……」
未央子は、小夜子の隣に坐り直す。
「こうして形見は残っているから、私の装飾品はいいの」
「小夜子……」
「ありがとう、未央子」
小夜子は笑う。
「誰にも見せたことなかったの」
あの人にも、ね。
小夜子が云う。
「内緒だよ?」
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FOR「天院と小夜子」11