「あなた、帰るの?」
大荷物を持つ彼を、彼女は見る。
「ああ、外で会うなんて、めずらしいね」
「え? ……あぁ。そうね」
「仕事は休み?」
「いいえ。今は外回りで、」
彼女は、彼が向かっていた方向を見る。
すぐそこに、南一族の村へと向かう馬車乗り場がある。
馬車乗り場には、彼の家族もいる。
「そう。……南へ帰るのね」
「うん。むこうでの仕事を、いろいろと放り出してきたからな」
「大変ね」
「君もだろ?」
彼女が呟く。
「身体には気をつけて」
「ありがとう」
ふと、彼女は近くに腰掛ける。
「もう、馬車は出るのかしら」
「そろそろかな」
「ここで、見送るわ」
彼が首を傾げる。
「ひょっとして、足、悪い?」
彼の言葉に、彼女は顔を上げる。
「気付いた?」
「何度が会ってるからね。そんな気がしてて」
「……少しね、痛むのよ」
彼女が云う。
「だから、狩りに行けなくて、私は役立たず扱い」
西一族は、狩りへの参加が義務だ。
だから、
身体の理由で参加出来なくても、向けられる視線は冷たい。
「昔の話だろう?」
「私のこと、不憫だと思った?」
「うーん」
彼は少し考える。
「完璧な人なんていないんだな、て、思った」
「どういう意味?」
「いや、知り合いが、君のこと怖い上司だって云ってたから」
「……何それ」
そう、彼は笑う。
彼女も、笑う。
「あ。しまった!」
突然、彼が云う。
「結局、君にお礼をしていなかったな」
「お礼? いつの話よ」
「ほら。羽根を拾ってもらったときの」
「またそれ? 別によかったのに」
彼女は、再度笑う。
「じゃあ、今度あなたが帰ってきたときに、ちゃんと時間を作るわ」
「そっか、ありがとう」
「まぁ、でも。あなたはもう、帰ってこないんじゃない?」
彼女は彼を見る。
西一族でありながら、南一族の村で暮らす。
経緯は知らないが、他一族への移住は簡単なことではない。
もし
いずれ、彼の家族もすべて南へ行くのであれば
もう
彼が西一族に戻ってくる理由はない。
「じゃ」
「さようなら」
「あ。そうだ」
彼は、振り返り、彼女に何かを投げる。
坐っていた彼女は、それを掴む。
「それ、預けとくから」
「……これ」
彼女はそれを見て、驚く。
「大事なものなんでしょう?」
「そう。だから、帰って来たときに返してよ」
彼は手を上げる。
もう、馬車が出るのだ。
彼女は、彼に、手をふる。
T.B.2000年 西一族の村にて