TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「悟と行子」3

2014年09月19日 | T.B.2002年

「私の話?」

「そう」

 彼が云う。
「あんたに、訊きたいことがある」
「何ですか」
「いろいろ」
「いろいろ?」

 西一族の男性は、その場に坐る。
 東一族の女性と、目の高さが合う。

 この、東一族の女性から、必要な情報は出てくるだろうか。

 そろそろ、自分のことを怪しいと思いはじめるだろうか。

 まずは

 試しに、と、彼は部屋を見渡す。
 机の上を見る。

 指をさす。

「これは?」

 そこに、一輪の花。

 外に出られない彼女が、花を摘んでこられるわけがない。

「誰かが、持ってくるのか」
「ええ」
 彼女が、云う。
「私の世話をしてくれる方が、持ってきてくださるんです」
「へえ」

 頷きながら、彼は、部屋の扉を見る。
 ほかの東一族に、姿を見られたくは、ない。

「ほかに、誰か、ここに来る?」
 彼女が頷く。
「世話をするやつは、何人も?」
「いいえ」

 彼の問いに、彼女の顔が暗くなる。

「ここに来るのは、世話をしてくれる方ひとりと、医師様と」
「と?」
「……次男様だけです」
「次男、様?」
「はい」
「次男様、と云うと?」

「宗主様の息子様です」

「宗主の?」

 彼女が頷く。

「……まさか」

 彼は、思わず、彼女の顔をのぞき込む。

「それは、つまり」

 ――東一族の、次期宗主。

 確か、東一族宗主の長男は亡くなっている。
 ならば、次男が宗主を継ぐのは、当然である。

 彼の額を、汗がつたう。
 ここにいることが、宗主の息子に気付かれるのは、まずい。

 が

 彼が、一番、知りたかった人物だ。

 彼は、彼女に、訊く。
「次期宗主は、よく、ここに来るのか?」
「いいえ」
 彼女が答える。
「しばらくお見えになっていません」
「そうか」

 なら、よかった、と、彼は胸をなで下ろす。

「……お会いするのですか?」
「いや」
 彼は、彼女に向き直る。
「会わなくてもいいな」

 もちろん、西一族が、東一族の次期宗主に会えるわけがない。
 そもそも、ここには忍び込んでいるのだから。

 彼は、可笑しくなって、笑う。
 云う。

「代わりに、あんた、この村と次期宗主のこと、教えてくれる?」

 彼女は首を傾げる。

 が、頷き、云う。

「私に、わかることなら」



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「ヨツバとカイ」8

2014年09月16日 | T.B.2000年

飲み物売りが、ヨツバの前を歩いて行く。
温かかったお茶は半分以上残っていたが
とっくの昔に冷え切っていた。

ヨツバは中身をこぼして、カップも捨てる。

カイは来ない。

あの後、ヨツバは言った。
カイも準備があるだろうから、
また、数日後に。と。

覚悟があるならばその時にまた北一族の村で会おうと。

今日はその日。

ヨツバは分かっていた。
カイはきっと来ない。

最初に声を掛けられた時から
ずっと疑問だった。

なぜ、カイはヨツバに話しかけたのだろう、と。

多分それはヨツバと同じ。
恋人と別れるなんて言いながら
本当はそんなつもりなんてちっとも無いと言うこと。

自分でも答えが出ている事に
気付かないふりをして
誰かに背中を押して欲しかっただけ。

カイは、きっと
自分の村で生きていく決心をしたのだ。

それとも単純に
カイは西一族であるヨツバを
からかっただけかもしれない。

「……本当はカイって名前でもないかもね」

ヨツバは立ち上がる。
もう、夕暮れ時だ。

帰路につきながらもヨツバは露店に立ち寄る。

なんとなく
カイから貰った装飾品をサトルへ渡すのは
どちらにも悪い様な気がしたからだ。

サトルには別に選ぼう。

そう思うヨツバの腕には
その装飾品が揺れる

カイから貰ったその飾りは男物で
ヨツバの腕には少し大きい。
もし、カイにまた会えたのならば
長さを変えて貰おうと思った居た。

「今度、いつか会ったら、その時に」

店主が包んだサトルへの土産を抱えながら
ヨツバは北一族の村を進む。
もうすぐ、西一族の村に帰るための馬車が出る。

町はずれの橋に近づくと、見慣れた姿が見えた。


「―――サトル?」


ヨツバが名前を呼ぶと、
振り返ったサトルが、あぁ、と手をふって答えた。

「仕事は終わったの?」

「今回の仕事は疲れた。
 早く村に帰って、ゆっくりしたい」

そうねぇ、と答えながら、
ヨツバは何気なく後ろを振り返った。

そこにはただ、
夕日にてらされた二人の影が長く長く伸びていた。



T.B.2000 北一族の村で

「悟と行子」2

2014年09月12日 | T.B.2002年

 部屋の中にいた……彼女、を、彼は見る。

 彼女も、目を大きく見開いて、彼を見ている。
 その髪は、白い。

 なぜ、黒髪の一族である東一族の村に、白色系の髪の彼女がいるのか。
 まさか、彼女は、……西一族、なのか。

「なぜ、ここにいる?」

 彼は再度訊く。

 彼女は、目を丸くしたまま、彼を見ている。
 その質問に、答える。

「なぜって……、ここから外に出ないように、云われているからです」

 ああ。
 つまり

「東一族なのに、生まれつき白色系の髪だからか」

 彼がそう云うと、彼女はうつむく。

 ごくまれに、東一族でも、黒髪以外で生まれることがあると云う。

 白色系の髪。

 その者は
 隠されるように、ひっそりと育てられ、
 誰にも知られることなく、死んでいく。

 この部屋の彼女も、そうなのだろう。

 彼は立ったまま、
 部屋の中に坐っている彼女の姿を、よく見る。

「西一族が、捕えられているのかと、思った」

 その彼の言葉に、彼女は顔を上げる。
 彼に云う。
「あなたも、私と同じ、髪色なのですね」
 さらに
「私、同じ髪色の方に会ったのは、はじめてです」

「ああ。俺は」

 彼は、彼女に近付く。

「西一族なんだ。白色系の髪で、当たり前」

「西一族……?」

 西一族の彼は、この、東一族の彼女に素性を明かしても、大丈夫だろうと思った。

 この部屋に、閉じ込められている彼女は
 おそらく、西一族と東一族の対立を、よく知らない。

 東一族の村に、西一族が入り込んでいるということが
 大きな問題であることに、きっと、気付かない。

 彼女は、首を傾げる。

「あなたは、誰?」
「だから、西一族だよ」
 彼が云う。
「西一族を知らない?」

 彼女は、再度、首を傾げる。

「西、一族だと、この髪色が当たり前なのですか」
「そうだよ」
「外へ、自由に行けるのですか?」

 彼は、彼女を見る。

「あんた、生まれたところが悪かったな」

「生まれたところ……」
「西一族に生まれていたら、その姿でも、胸を張って生きられただろうよ」

 彼女は何も云わない。
 ただ、彼を見る。

「まあ。生かしてもらってるだけ、仕合わせ、か」

 彼女が訊く。

「西一族は、どこにいるのですか」
「え?」
「近くにいるのですか?」
「おいおい」

 彼は、彼女に手を向ける。
 息を吐く。

「俺の話はいいだろ。……それより」

 彼が云う。

「俺は、あんたの話が聞きたい」



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「ヨツバとカイ」7

2014年09月09日 | T.B.2000年

「私の村に来てみない?」


ヨツバの言葉に
カイは驚いたような表情を見せて、急に静かになった。

「……そうだな」

市場も少し落ち着いたのか
人影も減り、
とても静かな午後だった。

カイはそれからもしばらく黙り込んで
なかなか返事をしなかった。

それはそうだろう。

敵対している相手の村に
来てみないか、
と言っているのだから。

冷戦状態の今とは言え
無事でいられる保証はない。

「西一族は狩りの一族、だから、
 狩りの腕さえあればなんとか生きていける、と思うの」

東一族と言うことを隠しても
黒髪と瞳と言うだけで
肩身の狭い思いをするだろう。

それ、でも

「あなたは、そこなら
 カイとして、生きていける」

自分の代わりに死んだ兄弟の事を思い
身代わりの様に生きていくのではなく。

カイはカイとして。

あぁ、とカイが言葉を漏らす。

「そう、だな」

うん、と暫くと、
額に手を当てながらうつむいていたが

やがて、顔を上げる。

胸の前で指を組みながら
空を見上げる仕草は

まるで
神に祈る時の姿に見えた、

「あぁ、そうだな」

カイはどこか自分に言い聞かせるように、
消え入りそうな声で答えた。


「―――そうしよう」



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