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「戒院と『成院』」11

2019年12月10日 | T.B.2000年

「市場を見ても?」
「もちろん」

戒院はヨツバと市場を練り歩く。

「そう言えば、髪型変えたの?」
「気付いた?」
「ふふ、私は今日の方が好きよ」
「ありがと」

たわいもない会話。
なんてことの無い昼過ぎの市場。

「久しぶりだな」

誰も自分を知らない場所で
何も気にする事なく過ごす。

「生き帰った気分だ」
「そんなに?」
「そんなに!!」

ヨツバは首を傾げている。

何も知らない。
だから、良い。

言葉の裏に隠れた意味なんて
なにも知らない。
だから、よい。

このまま

名前も捨てて、
一族も捨てて、
違う村で暮らしていく。

「なんて、なあ」

「見て」

ヨツバが足を止める。
装飾品を扱う店。

「何か買うの?」

覗き込む戒院に、
これなんてどうかしら、と
ヨツバが腕飾りをみせる。

「作りも雑だし、違うのにしたら?」

店主が眉をひそめるが
戒院は気にしない。

「いいのよ、
 こんな作りの物は初めて見たから
 お土産にするわ」
「村で待っている、ヨツバの恋人に?」

戒院の問いかけに、
ヨツバは、ああ、そうね、と頷く。

ためらったわけではなく、
ただ少し、
何かを思いだして返答が遅れる時の様に。

「買って帰るよと言ってくれたのに
 断ったのよ、私」
「………」

だから、詫びるわけではないけれど
代わりに自分が、と。

「なら、それは
 俺が買っていくよ」
「え?」
「ほら」

戒院は腕をまくる。

ヨツバが手に取っている物と
同じ腕飾りがそこに揺れる。

「この飾りは、俺達の村の物。
 多分それは模造品かな。出来が悪い」

そうして、自分の腕から外してヨツバに渡す。

「ヨツバには、代わりにこれを」

ありがとう、と受け取るヨツバの腕の中に
するりとその腕飾りは落ちていく。

「でも、私はこれ、
 彼にあげるかもしれないわ」

だって、お土産だから。

戒院は構わないと手を振る。

「好きにしたらいい」

東一族の装飾品。
刻まれた模様は家を表していて
それだけで誰の持ち物か分かる。

同じ柄はなく、
双子の成院と戒院でも違う。

それは「成院」ではなく戒院の物。
生まれたとき与えられた。

これからずっと
「成院」として暮らしていく覚悟は出来ている。

けれど未練がましく何度も思う。

あの時、薬を使ったのが成院だったら。
それとも、
全てを明かして戒院として生きていたら。
もしくは村を出て
違う村で、違う名前で生きていたら。

だから、きっと
「戒院」であった証が
いつまでも捨てられなかった。

「それはさ、
 俺が持っていても仕方無いから」

もう、ここで手離さそう。

「じゃあ、大事にするわ」

「恋人にあげていいよ」

お土産だろう、と
戒院は問いかける。

「他の男の人から貰った物
 あなたなら欲しい?」
「そりゃそうだ」



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