雨が降る中。
彼女は、病院へとやって来る。
人目に付かないよう、母親の仕事部屋に入る。
「あら」
母親は、書類から顔を上げる。
「どうしたの?」
「別に」
「何か用?」
「暇だから」
「身体はどう?」
「平気」
彼女は長椅子に坐る。
「少しは仕事はしているの?」
「…………」
「ほら、広場に行って手伝うとか」
「雨降ってるし、面倒くさい」
彼女は首を振る。
長椅子に寝転がる。
しばらくそうしている。
母親は、窓の外を見る。
雨が降っている。
長い
長い、雨。
けれども、その中を歩く者たち。
この雨の中でも、狩りへと向かうのだ。
「ねえ」
「…………」
「みんな狩りへと行っているわ」
「…………」
「聞いてる?」
「…………」
「あなたも、少しは勉強したら?」
母親は彼女を見て云う。
「しないよ」
「した方がいい」
「医者になんか、なりたくない」
「じゃあ、どうするの」
「どうするって」
「役立たずって、云われ続けるの?」
「また、説教?」
彼女が云う。
「最近、何かと説教ばかり」
母親は息を吐く。
彼女は、寝転がったまま。
「あの子が来たわよ」
「あの子って」
「黒髪の子」
「ああ、あいつ……」
彼女は転がったまま、云う。
「何しに来るの?」
母親は、目の前の書類を片付けながら、云う。
「あの子、身体が悪いのよ」
「ふーん」
「定期的に病院に来るように云うのだけど、あまり来ないわね」
「へえ」
彼女が云う。
「でも、狩りには行ってるけど、」
母親が云う。
「小さい頃から、周りからの扱いがよくなかったみたい」
「……黒髪だからでしょ」
「神経を傷付けられていて、」
「…………」
「本当は、身体を動かすのも、辛いんだと思う」
彼女は、天井を見る。
「判ってる? あの子、あなたのために狩りに行ってるのよ」
「…………」
「あなたの分まで、狩りに参加してるのよ」
「……別に、そんなこと……」
頼んでない。
「それに、私たちは狩りの一族だけど」
母親が云う。
「あの子は、動物を殺すのが好きじゃない」
「…………」
「あなたも、あの子のために何か出来ることがあるわ」
「…………」
「ね?」
「何も、……ない」
彼女は背もたれの方へと、向きを変える。
「あなたはあの子に、助けられたのよ」
「…………」
「いえ、今も助けられている」
彼女は何も云わない。
「本当に、私たち家族は、あの子に助けられているの」
母親は云う。
ただほんの少し、娘に頑張ってほしくて。
「何か、あなたに出来ることを、もう少しやってみたら?」
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