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「武樹と父親」11

2020年09月22日 | T.B.2017年


「沙樹くん」

何が何やら分からず
武樹は沙樹に言葉を吐き出す。

「もうやだ、全部嫌だ」

武樹のせいで母親は
肩身の狭い思いをしている。

自分が生まれたせいで。

「でも、なんで俺だけ」

自分と母親はこんなに苦しい思いをしているのに
医師とその一家はのうのうと暮らしている。
医師の娘なんて何も知らずに、
そんな事なんて知らされる事も無く。

「みんな、苦しめばいいのに」

うんうん、と
武樹を窘める事も無く、
ただ、静かに沙樹は頷く。

「………」

少しだけ落ち着いて
掠れた声で、武樹は呟く。

なんてことは無い。

ただ、ふと思った事が口から漏れただけ。

「ああ、でも俺。ちゃんと東一族なんだよな。
 砂一族よりはマシなのかな」

砂一族に攫われて
生まれてしまった子供。
そんなものよりは。

本当に無意識だった。

なにか、自分より酷い物を見つけて
それよりは、と言いたかっただけ。

「………うん」

今までのどれよりも
酷く静かな声で
沙樹が答える。

「そうだね、むっくん」

武樹は思わず顔を上げる。

まだ明るい時間のはずなのに
逆光で沙樹の表情はよく見えない。

何も知らなかった訳じゃない。
秘密だよ、と武樹は沙樹から聞いていたのに。

沙樹の体が弱いのは
おなかの中に居た頃に
母親が砂一族から毒を飲まされたから。

武樹は本当に
その言葉通りにしか受け取っていなかった。

なぜ、毒を飲むことになったのか。
その時、何かしらの接点が
沙樹の母親と砂一族の間にあったのか。

全部推測。それでも。

「あ」

間違えた。

「さき、くん」

違う。
今のは言ってはいけなかった。

謝らないと、と慌てる武樹の
腕を掴んで沙樹が言う。

「それならむっくん。
 俺達、この村を出て行こう」
「………え、沙樹くん」

さあ、と
武樹を立ち上がらせ
腕を引いてグイグイと沙樹は歩く。

「待って、え?え?今?」

どこにそんな力があるかと
驚く程に、武樹は引きずられていく。

家の前を通り過ぎ、
見慣れた道を抜けて
だんだんと村境の方へ。

「待って、沙樹くん、ちょっと、」
「だってむっくん、出て行くんだろう。
 それなら、いつだっていいじゃないか」

そうだろう、と沙樹は言う。

「安心して、俺も一緒だよ。
 どこに行こうか?北、それとも南?」
「いや、そんな急に」

うん?と
沙樹は首を傾げる。

「ええと、
 みんなに別れの挨拶とかしたいの?」
「……いや、あの」
「お金とか?
 そんなのどうにでもなるよ」
「でも、ほら」

ねえ、まさか、と
沙樹は言う。

「今さら、心の準備が出来てないとか
 言わないよね」

バッ、と武樹は沙樹の手を払って
後ずさる。

沙樹の表情が読めない。

怖い、と初めてそう思う。

「俺は、」

いつか出て行くんだ、とそう自分に言い聞かせて
今まで過ごしてきた。
分かっている。でも。

いつかって、いつだ。

「なんだ」

沙樹は少し悲しそうに言う。

「むっくんは、俺と同じだと思ってたんだけどな」

「―――沙樹く」

うん、と静かに笑う。
それはいつもと同じ様に。

「戻ろうか、むっくん」
「もど…………え?」
「驚いたよね、ごめんね」

沙樹は元来た道を戻り始める。

「あ、」

慌てて武樹はその後を追いかける。

「沙樹くん、俺、さっき
 あんな事言ってごめん」
「あんな事?」
「砂より、マシ、とか」

「いいよ。
 それよりむっくんが落ち着いたなら
 よかったよかった」

うんうん、と沙樹は言う。

「さあ、帰ろう」



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