TOBA-BLOG 別館

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オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「海一族と山一族」38

2018年03月13日 | T.B.1998年

「怖いのよね、本当は」

彼女はそう言った。

「私はどうなってしまうのだろう。
 山の神様に食べられてしまうのかしら。
 痛いのは嫌だなぁ。
 ひと思いに食べてくれたら良いのだけど」

家族や一族の皆の前では
私に任せて、と
息巻いていた彼女が

そう打ち明けながら
震えていた。

大丈夫。
そう、言って彼女の手を引いた。

彼女を見張る役は自分だけだった。
だから、彼女を逃すことが出来るのも
自分だけだった。

「後から、追いつくから」

先に逃げるんだ、と
彼女を裏道へ誘導した。

彼女の後ろ姿を見届けて
儀式がある、秘所へと向かう。

村の長や、司祭が居る。
見慣れない人々は山一族の者達だろうか。

司祭見習いの自分は彼らに頭を下げる。

何をしているんだ、と
長の声が降る。

生け贄を逃した罪は重い。
これから、
自分が代わりになるのだろうか。
彼女を助けられたのなら、それでも。

司祭が続けて言う。

生け贄を一人で寄越すとは
何かあったら
どうする所だったのだ、と

え?

顔を上げると、
視線の先に彼女が居る。

なぜ?

逃げる途中で見つかってしまったのか?

彼女が微笑む。

「自分で、ここに来たのよ」

どうして、と
言葉が出ない自分に彼女が答える。

「怖いけれど。覚悟はしていたの。
 私の命で、
 村の皆が救われるなら」

私に任せて、と
また強がりを彼女は言う。

「最後の時間をあなたと過ごせて良かったわ。
 夢を見せてくれてありがとう」

それでも、
知っている。

彼女の手はずっと震えている。

「先に行くけれど、
 あなたは長生きして
 あとから、ゆっくり追いついてきてね」

待っているから、と。
彼女は大きな岩場に向かって歩き出す。
儀式が行われるその場所に。

「それじゃあ。
 元気でね、イサシ」


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