「義母様」
彼は、顔の前で、手を合わせる。
「近いうちに、西に参ります」
云う。
「お世話になりました」
「……西、へ?」
義母は、不安げな顔で、彼を見下ろす。
義母は、ひとつ高い、屋敷の中。
彼は、庭に立っている。
「西に、いったい何をしに……」
「務めです」
「まさか……」
彼は顔を上げる。
義母を見る。
義弟の、実の母親。
「どうして、そう云うことに」
「宗主様に、お訊ねください」
「今からでも、取り下げを、」
彼は首を振る。
義母から目をそらす。
「いえ。……私から、宗主様に申し上げる」
「無理です」
「でも、」
「義母様からの言葉でも、宗主様は、変わらない」
彼は、再度、義母を見る。
彼と同じ、黒い髪。
当然、義母も東一族だ。
けれども
義弟は
東一族では、疎まれる、白色系の髪。
西一族と同じ、白色系の髪。
――それなのに、自分とは違い、何不自由のない、義弟。
「……何か、西一族に伝えることはありますか」
その、彼の言葉に、義母は目を見開く。
「なん、ですって」
義母は、思わず、手を口元にやる。
「今、何て」
「何か、西一族に伝えることはないかと、訊ねました」
彼が、義母を見る目は。
その目は、けして、母親を見る目ではない。
義母は、口を動かす。
けれども、言葉は出てこない。
彼から、目をそらす。
首を振る。
「……ない」
云う。
「何も、……ない、わ」
そして
「どうか、行かないで」
義母の目に、涙があふれる。
「行かないで……」
「俺も、行きたくはありません」
彼が云う。
「家族と、……彼女を残して、行きたくはありません」
「……どうして、あなたばかり」
彼は、目を細める。
「どうして?」
云う。
「それは、あなたのせいです」
「あなたも、同じ、子のように」
「俺は、そう、思ったことがありません」
「……ごめんなさい」
義母は涙を流す。
彼は、再度、手を合わせる。
「義母様。どうぞ、お元気でお過ごしください」
最後に、彼が云う。
「俺は、あなたを一生恨みます」
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