TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「東一族と巧」2

2020年05月15日 | T.B.2000年

 ほんの少し、あたりが明るくなる。
 まだ、日は昇りはじめたばかり。
 この時期は、朝が遅い。

 彼は片手に桶を持ち、外へと出る。

 新しく積もった雪の上を、彼は歩く。

 近くに川がある。

 雪をかき、道を作れば、水汲みも早いかもしれない。
 けれども、この距離。

 雪をかく時間と、
 歩きにくい道で家を往復するのと

 どちらが早いだろうか。

 なんて、彼は考える。

 川辺も、雪で覆われている。
 彼は足下に気を付けながら、水を汲む。

 必要な水。

 桶はひとつ。
 何度も往復し、毎朝水を汲む。
 とにかく、雪道に時間がかかる。

 上がった息を、彼は整える。

 雪を払いのけ、川辺に坐り込む。

 この生活も長い。

 いや

 これまでに比べれば、まだ短い、が。

 もう慣れた。

 彼は、川の流れを見る。

 そろそろ、村が動き出すだろう。
 それぞれの仕事で。

 川の流れの音に、別の音が混じる。
 足音。

「やあ」

 巧は、顔を上げる。
 そこに、見知った者がいる。

 悟(さとる)。

 まだ、早い時間。
 わざわざ、自分に会いに来たのだろう。

 何か、用で。

「久しぶりだな」
「…………」

 彼は、目をそらす。

「元気にしてるか」
「…………」
「この時間じゃないと、お前に会えないと思ってな」

 彼は、悟を一瞥する。

「何の用だ」
「ああ、もう本題か」
「寒いし」
「そうだな。今期は雪が多い」
「家で仕事を始めたいし」
「まあまあ、焦るなよ」

 悟は彼の横に立ち、同じ方向を見る。
 川の流れ。

「病院には行っているのか」
「行ってる」
「あまり、姿を見ないようだが」
「…………」
「ちゃんと広場にも来い」

 狩りのあと、広場では獲物を捌く作業が行われる。

「待ってるぞ」
「待ってる?」

 彼は目を細める。

「誰が?」
「誰って、みんなだよ」
「…………」
「お前の元狩り班のやつ、とか、」
「はっ」

 彼は鼻で笑う。
 石を掴み、川に投げ込む。

「心配していた」

 その、悟の言葉に、彼は苛立つ。

「片腕がないお前を」



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「東一族と巧」1

2020年05月08日 | T.B.2000年

 西一族の村は、雪で覆われている。

 雪が降り、積もり
 晴れ、
 雪が溶ける前に、また、雪が降る。

 そんな時期。

 一族は、家や道の雪をかく。
 主に、家の中で出来る仕事をして、過ごす。

 西一族の暮らしの基本である狩りは、行わない。
 もちろん、狩り場である山も、雪が積もっている。
 獲物も痩せている。

 保存した肉や野菜で、この時期は乗り越える。

 空は晴れている。

 巧(たくみ)は、畑の雪をかく。

 ひとりで管理するには広すぎる、畑。

 雪が降る前は、この畑を耕し、作物を育てていた。
 日々、朝から晩まで
 ただ、それだけをやっているのだから、この広さでも何とかなる。

 獲れた多くの作物は、一族の村長に納め、
 残りは、自分用。
 ひとりなのだから、少しで足りる。
 雪が溶け、
 畑を耕し
 次の作物が獲れるまで、十分に保つ。

 雪の合間から、作物が見える。

 彼はそれを取り出す。

 根菜、ひとつ。
 葉もの、ひとつ。

 今日明日の食材。
 あとは、家にある保存食と。

 彼はそれを持ち、家へと戻る。

 雪道。

 村の人通りが多い場所は雪かきがされ、歩くのに問題はない。
 が
 ここは、彼だけが、通る道。

 雪が積もったまま。

 雪を踏みつけながら、歩く。

 家に着くと、彼は持っていたものを足下に置き、扉を開ける。
 そして、置いたものを持ち直し、家へと入る。
 また、ものを置き、扉を閉める。

 持ち帰った作物を、机の上に置く。

 いつもの場所に坐る。

 作業をはじめる。

 次期、畑に植える作物の苗、種子の手入れ。
 畑の道具を整備し、
 藁を束ね、新たな道具を作る。

 繰り返す。

 途中、立ち上がり、

 朝方に汲んだ水を飲む。
 作っておいた食事を取る。

 また、作業をはじめる。

 そして、日が傾く頃。

 彼は、窓から外を見る。

 外には誰もいない。
 そんな時間帯。
 そもそも、雪の時期は人出が少ない。

 彼は外に出て、薪を集める。

 誰にも、会わない。

 気温が下がり、雪が降り出す。
 薪が必要な時期は、しばらく続く。

 片手で持てるだけ、薪を抱える。

 歩き出す。

 先ほどと同じ。
 積もりきった雪を踏みしめ
 家へと戻る。

 旧ぼけた樹。
 その横にある、小さな一軒家。

 村外れに住み変えた、家。





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「戒院と『成院』」12

2019年12月17日 | T.B.2000年

「先生」

『成院』は医師に問いかける。

「この前、言ってたじゃないですか」
「どれのことかな」
「恋人でも作れば、と」

そうだっけ、と
医師は首を傾げる。

案外適当だな、と『成院』はあきれる。

「それで、
 いい人でも出来た?」
「いや」

そうではないけれど、と
少し考える。

「俺が、『成院』として
 晴子の恋人になる道はあるんだろうか、と」

戒院として生きることは
もう望んではいない。

ヨツバと話して分かった。

名前を捨てることも
他の村で生きていく事も出来る。
けれど、
それは選べない。選ばない。

「俺は成院が好む人と付き合わないと
 変なんじゃないかと思ってたんですが」

「まあそれは、ねぇ、君。失礼だよね。
 どちらに対しても」
「どちら?」

その相手と、そして、

「成院にも、そして君自身にも、だ」

ああ、そうなるとどちらじゃなくて
3人だったな、と医師は言う。

「だいたい、成院の好きな人って
 君に分かるのか?」
「それは、―――」

『成院』はちらりと医師を見る。
成院が想いを寄せていたのは医師の娘。

すでに恋人がいて、結ばれることの無い人を
見ているだけでよいと成院は言っていた。

そして、どうなっていたんだろう。

流行病が起こらず、
あのままの日々が続いていたら

成院は別の誰かと結ばれていたのか、
いまの『成院』―――戒院には想像が付かない。

「いいえ」

首を横に振る。

成院も医師の娘も、もう居ない。

居ないのだから、
彼らがどんな選択をするのか分からない。

「もう、俺が『成院』だから、
 俺が選んでいって良いんじゃないかな、と」

「そうだね」

医師は指摘する。

「仮に晴子が君を選んだとして、
 それは戒院ではなく、成院として、だけれど」
「それでも」
「いつか、本当の事を言うつもりは」
「ない」

それは、なかなか、

「堪えると思うが」

彼自身にも、
きっとそれでもいつか本当の事を知るであろう
晴子にも。

「………それでも」

男はいつでも勝手だものな、と
医師は言う。

「まあ、そもそも、
 晴子が君をもう一度選ぶかという問題が」

「その時は、……その時で」


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「戒院と『成院』」11

2019年12月10日 | T.B.2000年

「市場を見ても?」
「もちろん」

戒院はヨツバと市場を練り歩く。

「そう言えば、髪型変えたの?」
「気付いた?」
「ふふ、私は今日の方が好きよ」
「ありがと」

たわいもない会話。
なんてことの無い昼過ぎの市場。

「久しぶりだな」

誰も自分を知らない場所で
何も気にする事なく過ごす。

「生き帰った気分だ」
「そんなに?」
「そんなに!!」

ヨツバは首を傾げている。

何も知らない。
だから、良い。

言葉の裏に隠れた意味なんて
なにも知らない。
だから、よい。

このまま

名前も捨てて、
一族も捨てて、
違う村で暮らしていく。

「なんて、なあ」

「見て」

ヨツバが足を止める。
装飾品を扱う店。

「何か買うの?」

覗き込む戒院に、
これなんてどうかしら、と
ヨツバが腕飾りをみせる。

「作りも雑だし、違うのにしたら?」

店主が眉をひそめるが
戒院は気にしない。

「いいのよ、
 こんな作りの物は初めて見たから
 お土産にするわ」
「村で待っている、ヨツバの恋人に?」

戒院の問いかけに、
ヨツバは、ああ、そうね、と頷く。

ためらったわけではなく、
ただ少し、
何かを思いだして返答が遅れる時の様に。

「買って帰るよと言ってくれたのに
 断ったのよ、私」
「………」

だから、詫びるわけではないけれど
代わりに自分が、と。

「なら、それは
 俺が買っていくよ」
「え?」
「ほら」

戒院は腕をまくる。

ヨツバが手に取っている物と
同じ腕飾りがそこに揺れる。

「この飾りは、俺達の村の物。
 多分それは模造品かな。出来が悪い」

そうして、自分の腕から外してヨツバに渡す。

「ヨツバには、代わりにこれを」

ありがとう、と受け取るヨツバの腕の中に
するりとその腕飾りは落ちていく。

「でも、私はこれ、
 彼にあげるかもしれないわ」

だって、お土産だから。

戒院は構わないと手を振る。

「好きにしたらいい」

東一族の装飾品。
刻まれた模様は家を表していて
それだけで誰の持ち物か分かる。

同じ柄はなく、
双子の成院と戒院でも違う。

それは「成院」ではなく戒院の物。
生まれたとき与えられた。

これからずっと
「成院」として暮らしていく覚悟は出来ている。

けれど未練がましく何度も思う。

あの時、薬を使ったのが成院だったら。
それとも、
全てを明かして戒院として生きていたら。
もしくは村を出て
違う村で、違う名前で生きていたら。

だから、きっと
「戒院」であった証が
いつまでも捨てられなかった。

「それはさ、
 俺が持っていても仕方無いから」

もう、ここで手離さそう。

「じゃあ、大事にするわ」

「恋人にあげていいよ」

お土産だろう、と
戒院は問いかける。

「他の男の人から貰った物
 あなたなら欲しい?」
「そりゃそうだ」



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「戒院と『成院』」10

2019年12月03日 | T.B.2000年

目を覚ます。

宿のベッドは
自分の部屋とは寝心地も違い、
日の光が入ってくる方向も違う。

起き上がり、
サイドテーブルに置いていた水を飲む。

今日はいつもより遅い時間に起きた。

「………」

だからきっと、
成院の夢なんて見たのだろう。

はあ、と
戒院はひとりため息をつく。

「はい、どうぞ」
「ありがとう」

広場で再び顔を合わせたヨツバに
戒院は露店のお茶を差し出す。

昨日、相手を俺にしたらどう、と
そう問いかけた戒院に
ヨツバは何も答えなかった。

西一族に居る恋人の事を
どう考えているのか、戒院には分からない。
ただ、もう彼女は決めているのだろうと
そう思った。

少し羨ましい。

「………あふ」
「寝不足かしら?」
「まあね」

あくびをこらえた戒院に
ヨツバは尋ねる。

「ちょっと変な夢見て」
「ふうん、
 村に居る彼女の夢でも見た?」
「いや、そうだったら良かったな」
「むう?」

成院の事を夢に見るのは久しぶりだ。
そんな余裕は無かったというだけで
忘れていた訳では無い。

夢の中の成院は
この、北一族の村に居て
市場を歩いている所だった。

それを戒院は遠くで眺めている。

声は掛けられないと知っていた。
今自分が見ているのは
過去の出来事だと分かっていたから。

戒院はヨツバに向き直る。

「以前、俺を見かけた、と言っただろう」
「えぇ」

「それ、俺の兄弟だ」

「あなただったと思うけれど」

口元のホクロ、と彼女は言った。
それが目立つから気がついたと。

戒院と成院は双子。
それも
同じ顔の一卵性双生児。

それでも
1つだけ違う所があって
兄の成院には口元にホクロがあった。

「………俺には無いんだ」

今、東一族の村では
そうであるように装っているが
北一族の村に遠出する時は
今までホクロは無いままだった。

最後の抵抗。

自分は本当は戒院なんだと
ちょっとした意地だった。

だから、
ホクロをつけたまま市場に来たのは
今回が初めて。

「じゃあ、別に兄弟がいるのね」

それをヨツバが信じたかは分からない。
どちらでも構わないというような答えだった。

「うん、いた」
「いた?」

戒院は笑う。

「死んだよ。病だったんだ」

今日は饒舌だな、と自覚する。

「病人が2人。薬は1つ。
 ―――選ばなきゃいけなかった」

こんな事、村では誰にも言えない。
知られるわけにもいかない。

「俺は選ばれた。だから」

ただ、
ヨツバには冗談話のように聞こえるだろう。
それがいい。
そうなのね、と聞き流してくれるだけの人に
少しだけ、吐き出したかった。

「俺はこれからずっと
 あいつの代わりに生きていくんだろうな」

これからも、
ずっと、ずっと。
秘密を知るのは自分と大医師だけ。

「ヨツバが見かけた俺の兄は、
 探し物をしていたんだろう」

「ええ。
 無事に見つかったと
 あなたは言っていたわね」

それはきっと、
西一族の村に入るために
必要な物を準備していた姿だろう。

そうして、潜入した村で
成院は成し遂げた。


「探していたのは
 俺の薬だよ」




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