TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「辰樹と媛さん」6

2019年10月18日 | T.B.2019年


「媛さん!」
「兄様」

 彼が手を上げたのを真似て、彼女も手を上げる。

「出かけるのか?」
「そう」

 彼は彼女を見る。
 彼女は、花束を持っている。

「花?」
「持って行くの」
「ふうん」
「兄様もお出かけ?」
「俺は、務めから戻ってきたところ」

 公衆浴場に行こうかと思ったんだけど、と、彼が云う。

「一緒に行こうか」
「うん、そうして!」

 彼女が歩き出し、彼は後に続く。

「どこに行くんだ?」
「ふふ」

 彼女が云う。

「大切な人のところ~」
「大切?」
「水を運ぶの手伝ってくれる?」
「了解」

 東一族の畑が広がる道を抜ける。
 ふたりは、村はずれにやって来る。

「ここって」
「そう」
「墓?」
「そうそう」

 一族の墓場。
 たくさんの墓石が並んでいる。

 彼女が云う。

「お水をお願い」

 彼は水を汲む。

「こっちよ!」

 彼女は再度、歩き出す。
 彼は水の入った桶を持ち、彼女に続く。

「墓参りか」
「母様のね」
「媛さんの?」

 彼女は頷く。

「じゃあ、あっちか」
「いいえ、こっち」

 彼が進もうとした方向とは別の方へと、彼女は向かう。

「えぇ? 媛さん」
「こっちだよ」
「高位の墓は向こうだぞ」
「母様のは別なの」

 ふたりは、墓場の奥へと進む。

「媛さん」
「何?」
「この先に、もう墓はないけど……」
「あるのよ」

 彼女が立ち止まる。
 彼は、彼女の前を見る。

 そこに

 墓石ではない、ただの石が、……転がっている。

「これが、……お墓?」

 彼はその、墓石を見る。
 墓石には、数字だけが刻まれている。
 その前には数日前に置いたであろう、花。

「名まえがない、けど」
「うん」
 彼女が云う。
「でも、確かに母様のお墓なのよ」
「そう、なんだ……」

「なーんてね」

 彼女は笑う。

「実は、私も最初判らなくて、ほかの人に教えてもらったんだけど」
「ほかの人?」
「そう」
「って云うと、父親とか?」
「それが、ね。何と父様も、母様のお墓を知らなかったんだから!」
「えぇえ??」

 彼はいったん、情報を整理しようかと思う。

「母様のお墓は、知らない人が教えてくれた」

「えぇええ!?」

 まとまらない情報。





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「辰樹と媛さん」5

2019年10月11日 | T.B.2019年


「…………」
「…………」
「……どうした?」
「何が?」

 ひとりで屋敷の部屋に入ろうとした彼女は、呼び止められる。

「……何と云うか」
「何?」
「…………」
「父様?」

 父親は、彼女を上から下まで見る。

 結構、口周りがべたべたで
 着ている服が普通では汚れない、汚れ方。

「…………」
「あっ、そっか。手を洗わなきゃね!」
「手……」
「これ、父様におみやげぇい!」

 これまた汚れている布を、がさっと父親に持たせる。

「おいしかったよ~」
「これは……」
「橙色の実!」

 柿である。

「獲ったのか?」
「兄様がね!」
「…………」
「お腹いっぱいだから、夕飯いらない!」
「…………」

 父親はいったん、息を吐く。
 思っていた以上に、これは……。

「何、父様?」
「いや、」
「今度、一緒に行く?」
「それは、何と云うか」

 父親は、近くにいる者に、声を掛ける。
 柿の入った布を渡す。

「従姉を呼んできてくれ」

 彼女に向く。

「ここにいなさい」
「はーい」

 歩き出そうとして、父親は立ち止まる。
 振り返り、云う。

「楽しかったのか?」
「うん!!」

 満面の笑みで

「めっちゃ!!」
「……そうか」

 父親がいなくなり、彼女は鼻歌を歌う。
 云われた通り、待つ。

 と

 足音。

「ひぃ! どう云うことぉおお!?」

 彼女の姿に驚いた従姉が、慌てて向かってくる。

「従姉様」
「何何々! どうしたら、こんな汚れ方をするの!!」
「そうよね~」
「あっ、これ! 何かの汁を服に擦り付けたわね!?」
「拭くものがなくて」
「いやいやいや!」
「すごいよね、この案!」
「案ではない! すごくない! 男子か!!」
「へへ~」
「てか、顔! 口周りがかゆいっ!」

 浴場へ行こう、と、従姉は彼女の手を引く。

「まったく……、どこで覚えたの」
 従姉はぶつぶつと云う。
「そもそも、遠くへ行っちゃいけないんでしょうに」
「行ってよくなったんだよ」
「いつから?」
「今日から」
「今日から!」
「父様が、一緒なら行ってもいいって」
「誰とよ」
「ねぇ。公衆浴場行きたい」
「話を変えるな!!」

 そんなことも覚えてきて……と、さらにぶつぶつ。

「従姉様ぁ、公衆浴場がいいよ~」
「駄目! 今日はお屋敷の浴場!!」
「そんなぁ」

 引きずられて、彼女は浴場へと連れて行かれる。





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「辰樹と媛さん」4

2019年10月04日 | T.B.2019年


 彼女は彼を掴む。

「ねえ、早く行こうよ!」
「待て待て、今すぐには無理だ」
「じゃあ、いつ?」
「計画を練らねばなるまい」
「隣の村に行くのに、そんなに、壮大な感じ??」
「お前な。父親に怒られる覚悟ある?」
「うっ、」

 だろう? と、彼は腕を組む。

「いかに、ばれずに村を出て、ばれずに戻ってくるか」
「うん」
「計画を立てなければ!!」
「どうやって?」
「任せろ、そう云うのは得意だ!」
「じゃあ、任す!」
「媛さんは怒られる覚悟をしておくんだ」
「怒られないように、計画を立てるんでしょう!」

 ……と、彼女は首を傾げる。

「そう云えば、この前も云われたような」
「何を?」
「父様に怒られる覚悟が出来たら、家に連れて行ってくれるって」
「えっ!!」
「結局、それっきり会ってないけど」
「いや、誰! それ誰!!」
「東一族の誰か」
「誰だよ!!」
「判んない」
「ずいぶんだぞ、お前ずいぶんだそ! その言葉だけ聞くと!!」
「だって、村のおうちを見てみたかったんだもん!」
「怪しいって、絶対、そいつ!!」
「でも、もう、誰かは判らないもん」
「何だよ、そう云うの気を付けろ!」
「父様は誰だか、知っている風だったけど」
「おいおいおい。死んだな、そいつ」

「あっ!!」

「だから、急に動くのやめて!」

 またもや突然の動きに、彼は彼女を追いかける。

「何これ、見ーつけたっ」

「ほんっと、媛さんっ……」

 彼は肩で息をする。

「じゃーん!」
「おお」
「装飾品だわ」

 彼女は、旧ぼけた東一族特有の装飾品を見つけ出す。
 あまりにも旧すぎて、掘られている模様も、判らない。

「このあたり、よく転がってるんだよ」
「へえ」
「置いて行けよ」
「なぜ?」
「持って帰っても、何にもならない」
「磨けばいいんじゃない?」
「あのな」

 彼が云う。

「みんな、意味があって、ここに装飾品を置いていくの!」
「意味? 願い事が叶うとか?」

 私も、と、彼女は自身の装飾品を外す。

「舟に乗りたぁーいぃっ!!」
「待って媛さんっ、待って!!」

 彼は、すんでのところで装飾品を掴む。

「そう云うことじゃないから、本当にっ!!」
「なら?」
「叶わなかった恋を悲観するの!」
「恋!?」
「そう!」
「医師様が云っていた」
「医師様が……」
「その昔、医師様のご兄弟だかも恋叶わず、装飾品を投げたとか」
「何てこった」

 大人の事情はいろいろなのである。

 それならば仕方ない。

 彼女は思いっきり、装飾品を遠くへ投げる。

 その装飾品は、音を立てて水辺の中へと落ちる。

「さようなら、医師様のご兄弟の恋」
「いや、その装飾品かは判らないから……」
「…………」
「…………」
「…………」
「帰るか?」
「そうね」

 彼女と彼は歩き出す。

「じゃあ、次は南一族の村ね!」

 ふふっと、彼女は笑う。
 口元を汚れた手で押さえたので、顔が汚れる。

「行けるかなー」
「行くのよ!」
「本当に、怒られる覚悟だぞ!!」




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「辰樹と媛さん」3

2019年09月27日 | T.B.2019年


「ここが、水辺!!」
「そう!」

 彼女と彼は、水辺にたどり着く。
 この世界の中心に位置すると云う、水辺。
 その大きさは、広大。
 周辺には8一族が住んでいる。

「何だろう、……兄様」
「思った通りに申してみるがいい」
「ええ! 想像していたよりも、きちんとしてないわね、ここ!」

 つまりは、こう云うことである。

 東一族は、水辺に船場などを整備していない。
 水辺の航路を、今現在、必要としていないからである。

 水辺に乗り出していたのは、西一族との大戦中のみ。
 はるか、以前のこと。

 当然、水辺への道はもはやなく。
 基本的には誰も近付かない。
 じめじめとし、足下はぬかるんでいる。
 草や木々がうっそうと生え、何か、気持ち悪い虫とかいそう。

「でも、なーんか、道っぽいものがあるのね」
「そりゃあ、ね」

 こうやって、興味本位で遊びに来る者だっている。

「あ、こっちには何があるのかしら」
「おい! 急に動くな!」

 慌てて、彼は彼女を掴む。
 足がとられる。

「足がっ!」
「気を付けろ!」

 彼女の足が沈む。

「あわ、わわわわ」
「ふふ。まだまだだな、媛さん!」
「引っ張ってよ!」

 彼は、彼女を引く。
 やっとのことで、彼女の足がぬかるみから出る。

「びっくりしたー」
「よく見て進むんだよ」
「難しいなぁ」
「俺も前、ここでだな、」
「何?」
「ぬかるみにはまって、ここまで沈んだんだぞ!」

 彼は笑いながら、胸のあたりを手で示す。

「嘘よ!」
「嘘なもんか! お前しかはまらないって、父さんに怒られたんだぞ!」
「それはそれは……」

 胸を張って云うことではない。

「それで、どうやってぬかるみから出たの??」
「相方に助けてもらった」
「相方?」
「務めのね」

 務めとは、東一族それぞれが行う仕事のようなものである。
 人は変わるが、通常ふたりから3人で、務めを行う。

「よかったわね」
「うんうん。あのときは本当にどうなるかと」
「だって、あなたしかはまらない……」

 以下略。

 彼は水辺近くをうろうろする。

「どうしたの?」
「ここにさ、」

 彼が指を差す。

「いつか見たときに、舟があったんだけどなぁ」
「舟?」
「そ、舟!」
「舟!!」

 彼女の目は輝く。

 が、あたりを見渡しても、舟はない。

「ずいぶんと旧かったから、つないでいた縄が切れたのかな」
「沈んだとか?」
「そうかも」

 彼女は息を吐く。

「残念……」
「媛さん、舟乗りたかった?」
「乗りたかった!」
「うーむ」
「ねえ。舟、乗り、たい!」

 彼は考える。

「南一族だと、割と誰でも舟を持っているから、そこに行けば……」
「おお! 行こう!」
「いや、行こうって、」
「行こう行こう!!」
「いやいや。村を出るのは、人生の障害がでかいなぁ」
「人生の障害……、とは」

 難しい言葉で、まとめてみた。




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「辰樹と媛さん」2

2019年09月20日 | T.B.2019年


「ところで」

 彼が訊く。

「何で護衛が必要なんだ?」
「護衛じゃないでしょ」

 彼女は涼しげに云う。

「遊び相手だもの」
「お前、本気で云ってる?」

「ねえ、水辺はこっちでいいの?」

「いや、こっちが近道だ」

 彼は指を差す。

 そこはまごうとなき

「獣道……」
「おう!」

 彼は目を輝かせる。

「わくわくするだろう?」
「うーん……」
「わくわくするな!」
「汚れそう……」
「行っくぜー!!」
「おいおい、乙女心は、」

 彼は、先へと進み出す。

 彼女は、その背中を見る。

「おーい来ないのかー!」
「むーん」
「置いていくぞー」

 もはや護衛の意味なし。

「おっ、木の実発見!!」
「行く!!」

 彼女は、獣道へと入る。

 木の枝やら、泥の付いた草で、彼女の服が汚れる。

「木の実どこ?」
「お前、お腹がすいているのか?」

 彼は指を差す。

「あそこだ!」

 木の上に、橙色の実が成っている。

「わあ、おいしそう!」
「よしよし、待ってろ」
「兄様、採れるの?」
「いや、採れるだろ?」

 手を伸ばしても届かない位置。

 彼は、せっせと樹を登る。
 こう云うことは、得意だ。

 実のところに来ると、彼は実を集める。

「おお、うまそう!」

 下にいる彼女は、彼を見上げる。

「たくさんほしいわ!」

 云う。

「お父様にもあげたい!」
「任せろ!」

 彼は実をたくさん抱え、樹から降りる。

「ほら媛さん!」

 云いながらも、彼はさっそく口にする。

「うまい!」

 彼女は、実と彼を交互に見て、その食べ方を真似する。

「うまい!」
「だろ!?」

 彼女と彼は、しばらく食べる。

 余った実は、彼が布に包む。

「手が、べたべた」
「うむ」
「べたべたするぅ」
「拭けばいいじゃないか」

 ほら、こう!

 彼は、つまり、その。
 服で拭き拭きする。

「なるほどね!」

 彼女は頷く。
 なるほどね、ではない。

「じゃあ、行くか!」
「はいっ!」

 彼は布を抱え、片手に食べかけの実。
 彼女も実を食べながら、歩き出す。

「…………」
「…………」
「どうしたの?」
「いや、何か悪寒が」
「…………」
「…………」
「風邪?」

「ま、いっか!」





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