「媛さん!」
「兄様」
彼が手を上げたのを真似て、彼女も手を上げる。
「出かけるのか?」
「そう」
彼は彼女を見る。
彼女は、花束を持っている。
「花?」
「持って行くの」
「ふうん」
「兄様もお出かけ?」
「俺は、務めから戻ってきたところ」
公衆浴場に行こうかと思ったんだけど、と、彼が云う。
「一緒に行こうか」
「うん、そうして!」
彼女が歩き出し、彼は後に続く。
「どこに行くんだ?」
「ふふ」
彼女が云う。
「大切な人のところ~」
「大切?」
「水を運ぶの手伝ってくれる?」
「了解」
東一族の畑が広がる道を抜ける。
ふたりは、村はずれにやって来る。
「ここって」
「そう」
「墓?」
「そうそう」
一族の墓場。
たくさんの墓石が並んでいる。
彼女が云う。
「お水をお願い」
彼は水を汲む。
「こっちよ!」
彼女は再度、歩き出す。
彼は水の入った桶を持ち、彼女に続く。
「墓参りか」
「母様のね」
「媛さんの?」
彼女は頷く。
「じゃあ、あっちか」
「いいえ、こっち」
彼が進もうとした方向とは別の方へと、彼女は向かう。
「えぇ? 媛さん」
「こっちだよ」
「高位の墓は向こうだぞ」
「母様のは別なの」
ふたりは、墓場の奥へと進む。
「媛さん」
「何?」
「この先に、もう墓はないけど……」
「あるのよ」
彼女が立ち止まる。
彼は、彼女の前を見る。
そこに
墓石ではない、ただの石が、……転がっている。
「これが、……お墓?」
彼はその、墓石を見る。
墓石には、数字だけが刻まれている。
その前には数日前に置いたであろう、花。
「名まえがない、けど」
「うん」
彼女が云う。
「でも、確かに母様のお墓なのよ」
「そう、なんだ……」
「なーんてね」
彼女は笑う。
「実は、私も最初判らなくて、ほかの人に教えてもらったんだけど」
「ほかの人?」
「そう」
「って云うと、父親とか?」
「それが、ね。何と父様も、母様のお墓を知らなかったんだから!」
「えぇえ??」
彼はいったん、情報を整理しようかと思う。
「母様のお墓は、知らない人が教えてくれた」
「えぇええ!?」
まとまらない情報。
NEXT