TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「琴葉と紅葉」37

2019年11月22日 | T.B.2019年


 琴葉は考える。

 彼のことを、思う。
 思うべき、か。

 いや、

「あんたが来るまで、家ではいつも、ひとりで……」

 琴葉は云う。

「ひとりでいるのが、一番楽だと思っていたわけ……」

 琴葉は、髪を触る。
 上手く、云えない。

「まあ、でも、家に誰かいるのもいいかな、とも、思ってきて、」

 彼は、琴葉を見る。

「だから、その、……」

 それ以上、琴葉の言葉が出てこない。

 ――一緒に、西一族の村に帰ろうよ。

 ただ

 そう云いたいだけなのに。

 風が吹く。
 琴葉の髪が、揺れる。

「ねえ」

 彼は、琴葉を呼ぶ。

「君は、これから、何をしたい?」
「え?」
「これから」

 これから?

 琴葉は彼を見て、そして、窓の外を見る。

「これから、何をしたい?」

 そんなこと、考えたこともなかった。

「今まで通り?」

 そう、なのか。

 これからも、
 ……明日からも、

 今まで通り。

「毎日、ふらふらと……」

 村の中をふらふらしたり。
 ぼおっと、寝っ転がったり
 お腹が空いたら、肉をもらいに行って……。

「…………」
「これまでと同じように、日々を暮らす?」

 …………。

 琴葉は、うつむく。

 たぶん、これからも同じだ。
 同じように……。

「その生き方の中に、他の人は、必要?」
「他の人が……」
「どう?」

「…………」

 琴葉は、口を結ぶ。
 目を細める。

 判っている。
 彼が云いたいことは。

「私……」
「うん?」
「どうしたら……」

「それは、君が考えるんだ」

「…………」

「君の生き方だから」

 風が吹く。

 琴葉は目を閉じる。

 これからも同じように生きる。
 でも
 一緒に、西一族の村に帰りたい。

 自分が、何か、彼にしてやれるわけではないのに。

 それは、わがままなのだ、と。

「西一族の村に戻ったら」

 彼が云う。

「答えを聞かせて」





NEXT


「琴葉と紅葉」36

2019年11月15日 | T.B.2019年



 琴葉は、山一族の女性に続く。

「あの黒髪には、また借りが出来たよ」
「借り?」
「うちの鳥を助けてくれたり、裏一族を追い払ってくれたり」
「裏?」
「まあ、西一族は知ることもないのだろうけど」

 もちろん、琴葉も知らないこと。

「無事なの?」
「無事だよ、不思議なくらいね!」
「助けてくれた?」
「手当てはやったから」

 山一族の女性は、村の中心の屋敷に、琴葉を招き入れる。
 屋敷の中を進む。
 ある部屋の中で立ち止まる。

「おっ、夜明けだ」

 その言葉に、琴葉も外を見る。

 日が現れる。

「久しぶりにいい天気になりそう!」

 云いながら、山一族の女性は扉を開ける。

「迎えが来たよ!」

 それだけ云うと、山一族の女性は琴葉の肩を叩く。
 そのまま、どこかへと行ってしまう。

 琴葉は、部屋の中に入る。

「…………」
「…………」

 琴葉は息をのむ。

 そこに、黒髪の彼が横になっている。

「大丈夫、なの……?」

 かなりの怪我をしているように、見える。

 彼は、琴葉を見る。
 けれども、視線は合わない。

「見た目よりは全然平気」
「でも……」
「身体が動くようになるまで、時間がかかるんだ」
「どう云うこと」
「無理をしたってこと」
「無理を?」
「もう少し待ってて」
「…………」

 琴葉は、彼の横に坐る。

「…………」
「…………」
「お、遅くなったけど……、迎えに来たから」
「ありがとう」
「治ったら、すぐに、……帰るわよ」
「うん」

 彼が云う。

「君が来てくれると思ってた」
「…………」

 彼が続ける。

「大変だったね、山道」
「……別にっ」
「足が、」
「いつだったか、北に迎えに来てくれたから!」
「お礼ってこと?」
「ああ。うん。まあ」
「そうか」
「…………」

「もし」

 彼が云う。

「このまま、西に帰らないと云ったら?」
「え?」
「もしもの話」
「何を、」

 琴葉は、口を結ぶ。
 目をそらす。

 そうだ。

 黒髪の彼は、西一族の村では煙たがられている。
 自分と同じように。

 狩りだって、利用されているだけなのだ。

 このまま、どこかへ行ってしまった方が、彼にとってはいいのかもしれない。

 ……でも、

 もし、そうなったら、……自分は?

 彼のように、村外で生きていく度胸はない。






NEXT




「琴葉と紅葉」35

2019年11月08日 | T.B.2019年


「西、一族……」

 山一族は、琴葉を見る。
 云う。

「武器は?」
「…………」
「訊いているのか」
「持ってない」

 彼らは互いに頷く。

「探しに来たのは、黒髪の西一族だな」
「……知っているの?」
「知っている」

 山一族は、琴葉を囲む。

「我々の村にいるからな」
「…………」
「来い」
「彼を、……助けて、くれたの?」
「助け?」

「…………」

「族長様の命だ」

「そう……」

 山一族は歩き出す。

「行くぞ」
「…………」
「どうした?」

「……ありがとう」

 琴葉も歩き出す。

 雨が降り続く。
 夜も更け、気温が下がる。

 琴葉は、山一族に続く。
 が
 思うように、進めない。

「急ぐぞ」
「夜の山は危険だ」
「走れるか?」

「……走れない」

「足が痛むのか?」
「平気っ」

 琴葉は目を細める。

 彼のことを思うと、これぐらい何ともない。

 見かねた山一族が云う。

「おい、肩を貸してやれ」
「平気だってば!」
「我々の時間も限られている」
「時間って何よ」
「急げ。時が経てば、族長の考えも変わらんこともない」

 山一族の村にいる西一族への扱いが、変わるかもしれない、と。

 琴葉は黙る。
 腕を、山一族が掴む。

 山一族は琴葉を抱えるように、山道を進む。

 どれぐらい歩いたか。

 しばらくして、

 明かり。

 山一族の村。

 琴葉は空を見上げる。
 雨が止んでいる。

 夜明けまでどれくらいか。

「こちらへ」

 琴葉は村を見渡す。

 西一族とは違う、景色。
 におい。

 別の山一族がやって来る。

「西一族が来たのね」
「黒髪の西一族を探しに来たらしい」
「ふうん」

 山一族の女性が、琴葉を見る。

「こちらは、現族長様の娘様だ」
「いいよ、紹介なんて」

 鼻であしらう。

「あんたは、まっとうな西一族のようだねぇ」
「あいつはどこにいるの」
「ふふ。こっちだよ」





NEXT



「辰樹と媛さん」8

2019年11月01日 | T.B.2019年

 木の葉が散る時期。
 この時期が過ぎると、ほんの少し、厳しい時期がやって来る。

「兄様、今日は何をするの?」
「今日は、だな」
「南に行く?」
「いや、いったん芋焼くか!」
「いったん!!」

 彼は手に持つものを見せる。

「おお!」

 まごうとなき、芋。

「すごい! すごいわ!」
「すごかろぅ!」
「初回から、いろいろ食べ過ぎている気がするけど!」
「この時期を満喫せねばなるまい!」

 彼はこっち、と、手を招く。
 彼女は彼に続く。

 田畑の道。

 彼女はあたりを見る。
 木の葉が舞う。

 彼が立ち止まり、声を出す。

「おーい!」
「?」

 彼女は彼が見る方向を見る。

「ここ場所借りてもいい!?」

 畑で作業をする東一族が顔を上げる。
 ふたりに気付く。

「何だ。毎年のあれか!」
「そう、あれ!」
「もちろん合点! 楽しみにしているよ!」

 収穫の終わった畑の隅に、彼は、枯れ葉を集めはじめる。
 彼女も真似をする。

「火を起こすのね」
「そう。落ち葉はたくさん集めるんだ」

 ふたりは、せっせと落ち葉を集める。

「兄様、こんな感じ?」
「いやいや、もっとだ」
「もっと? これじゃ足りないの?」
「当たり前だ!」

 彼はなぜだか、胸を張る。

「みんなの分を焼くからな!」
「みんなって?」
「家族と友だちと、……媛さんの家族も食べるだろう?」

 知り合いが多いと、大変なのである。
 彼女と彼は、落ち葉を集める。

「兄様、芋好きなの?」
「そうなんだよー、芋好きなんだよなー」

 彼は笑う。

 芋を水で濡らし、くるむ。
 落ち葉に火を付ける。

(よい子は大人の人とやろうね!)

「はあ、楽しみだなぁ」
「うんうん」

 彼はさらに落ち葉を集める。
 彼女は火を見守る。

「ねえ! もういいかな?」
「まだ!」
「兄様ー!!」
「まだだって!」
「これいつ出来るの!?」
「俺に任せろ!」

 鍋奉行ならぬ、焼き芋奉行。

 彼は集めた落ち葉を、横に置く。
 火加減を見る。

「よしよし」
「もう食べられる?」
「これは焼けてる」

 彼は、焼き芋を彼女に渡す。

「あっつ!!」
「熱いから気を付けろよ~」
「遅っ!!!」
「焼き立てなんだから、当たり前だろう」

 彼女は手のひらを、ふうふうする。

「おっ、うまそう」

 彼は焼き芋を半分に割る。
 ほくほくの中身が現れる。

「おいしそう!」
「うまいぞ!!」
「おいしい!」
「うまい!!」

 彼女と彼は、芋をほおばる。

「懐かしい味ー」
「なふふぁひい??」

 もぐもぐしながら、彼が訊く。

「何、懐かしいって?」
「判らないけど、懐かしい味」
「焼き芋が?」
「誰かにもらったのかなぁ」
「ふーん?」

 彼女は空を見る。

「空が、高い」
「だな!」

「兄様」

「何?」

「またやろうね!」
「もちろん!」





NEXT



「辰樹と媛さん」7

2019年10月25日 | T.B.2019年


 媛さんは、高位である。(たぶん)

 東一族の高位家系は、墓場の中心部に、その墓石を構える。
 歴代の宗主をはじめ、高位の名まえがその墓石に刻まれている。

 当然、媛さんの母親も高位であるはずなのである。

 なのに

 こんな墓場の端に埋められ

 しかも

 東一族がかたどる墓石とは違う、ただの石?

 さらに

 その墓石には、名まえが刻まれていない。
 刻まれているのは、数字。
 つまり、亡くなった母親の生年である。

(1985 ― 2017年)

「名まえが書いてないんだもの、そりゃあ判らないわよね」
「……媛さん」
「何?」
「媛さんは、母親が亡くなったとき、葬儀に立ち会ってないのか?」
「それが、覚えてないんだよねぇ」

 彼女が首を傾げる。

「でも、父親は立ち会ったはずだろう??」
「ううん」
「ううん?」
「父様は死んだことさえ知らなかったんだって」
「何と!!」
「とにかく、誰も知らなかったのよ」
「なぜに、そう云う状態に……」
「だから、知らない人が埋めてくれたの」
「知らない人、すげぇ」

 媛さんの家族、いったいどうなっている。

 母親が死んだことも知らない。
 埋められた場所も判らない。

「いいのよ」

 彼女は、簡単に掃除をする。

「どんな形であれ、母様のお墓なんだから」
「そう、か」

 彼は、彼女を手伝う。
 墓石に水を掛け、花を供える。

「よかった。母様、きれいになったねぇ」

 彼女は頷く。

「あれ?」

 彼は気付く。
 彼女の母親の墓の横に、もうひとつ石があることを。

「これもお墓だよ」

 彼女は、その墓石にも水を掛ける。
 花が供えてある。

「媛さんが?」
「ううん。この花は違うよ」
「じゃあ、誰が、」
「母様のお墓を教えてくれた人じゃないかな」

 つまり、知らない人。

「…………」

 彼はその墓を見る。

 その墓には、

 ……名まえが刻まれている。

「兄様?」
「…………」
「どうかした?」
「…………」
「ひょっとして、知っている人?」

「あ、いや……どうかな?」

 彼女は、彼を見る。
 墓石の生年を見る。

「そうね。兄様と同い年の人よね」

 彼女は、何かを取り出す。

「と、云うことで」
「突然!?」
「おやつの時間!!」
「おまっ、もしや、それは!!」

 取り出したのは包み。
 そして、それを開くと、

「南一族の、餡で餅をくるんだと云う菓子!!」
「ふふ、この時期のお墓参りはこれを食べるのよ!!」

 正確には、供えるのである。

「従姉さんが持たせてくれたのー」
「それは、食べなければならないな!」
「もちろん!!」

 ふたりは、もう一度墓に手を合わせ、
 お供えものを、おいしくいただきました。





NEXT