「…………」
「…………」
「……どうした?」
「何が?」
ひとりで屋敷の部屋に入ろうとした彼女は、呼び止められる。
「……何と云うか」
「何?」
「…………」
「父様?」
父親は、彼女を上から下まで見る。
結構、口周りがべたべたで
着ている服が普通では汚れない、汚れ方。
「…………」
「あっ、そっか。手を洗わなきゃね!」
「手……」
「これ、父様におみやげぇい!」
これまた汚れている布を、がさっと父親に持たせる。
「おいしかったよ~」
「これは……」
「橙色の実!」
柿である。
「獲ったのか?」
「兄様がね!」
「…………」
「お腹いっぱいだから、夕飯いらない!」
「…………」
父親はいったん、息を吐く。
思っていた以上に、これは……。
「何、父様?」
「いや、」
「今度、一緒に行く?」
「それは、何と云うか」
父親は、近くにいる者に、声を掛ける。
柿の入った布を渡す。
「従姉を呼んできてくれ」
彼女に向く。
「ここにいなさい」
「はーい」
歩き出そうとして、父親は立ち止まる。
振り返り、云う。
「楽しかったのか?」
「うん!!」
満面の笑みで
「めっちゃ!!」
「……そうか」
父親がいなくなり、彼女は鼻歌を歌う。
云われた通り、待つ。
と
足音。
「ひぃ! どう云うことぉおお!?」
彼女の姿に驚いた従姉が、慌てて向かってくる。
「従姉様」
「何何々! どうしたら、こんな汚れ方をするの!!」
「そうよね~」
「あっ、これ! 何かの汁を服に擦り付けたわね!?」
「拭くものがなくて」
「いやいやいや!」
「すごいよね、この案!」
「案ではない! すごくない! 男子か!!」
「へへ~」
「てか、顔! 口周りがかゆいっ!」
浴場へ行こう、と、従姉は彼女の手を引く。
「まったく……、どこで覚えたの」
従姉はぶつぶつと云う。
「そもそも、遠くへ行っちゃいけないんでしょうに」
「行ってよくなったんだよ」
「いつから?」
「今日から」
「今日から!」
「父様が、一緒なら行ってもいいって」
「誰とよ」
「ねぇ。公衆浴場行きたい」
「話を変えるな!!」
そんなことも覚えてきて……と、さらにぶつぶつ。
「従姉様ぁ、公衆浴場がいいよ~」
「駄目! 今日はお屋敷の浴場!!」
「そんなぁ」
引きずられて、彼女は浴場へと連れて行かれる。
NEXT