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オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「辰樹と媛さん」5

2019年10月11日 | T.B.2019年


「…………」
「…………」
「……どうした?」
「何が?」

 ひとりで屋敷の部屋に入ろうとした彼女は、呼び止められる。

「……何と云うか」
「何?」
「…………」
「父様?」

 父親は、彼女を上から下まで見る。

 結構、口周りがべたべたで
 着ている服が普通では汚れない、汚れ方。

「…………」
「あっ、そっか。手を洗わなきゃね!」
「手……」
「これ、父様におみやげぇい!」

 これまた汚れている布を、がさっと父親に持たせる。

「おいしかったよ~」
「これは……」
「橙色の実!」

 柿である。

「獲ったのか?」
「兄様がね!」
「…………」
「お腹いっぱいだから、夕飯いらない!」
「…………」

 父親はいったん、息を吐く。
 思っていた以上に、これは……。

「何、父様?」
「いや、」
「今度、一緒に行く?」
「それは、何と云うか」

 父親は、近くにいる者に、声を掛ける。
 柿の入った布を渡す。

「従姉を呼んできてくれ」

 彼女に向く。

「ここにいなさい」
「はーい」

 歩き出そうとして、父親は立ち止まる。
 振り返り、云う。

「楽しかったのか?」
「うん!!」

 満面の笑みで

「めっちゃ!!」
「……そうか」

 父親がいなくなり、彼女は鼻歌を歌う。
 云われた通り、待つ。

 と

 足音。

「ひぃ! どう云うことぉおお!?」

 彼女の姿に驚いた従姉が、慌てて向かってくる。

「従姉様」
「何何々! どうしたら、こんな汚れ方をするの!!」
「そうよね~」
「あっ、これ! 何かの汁を服に擦り付けたわね!?」
「拭くものがなくて」
「いやいやいや!」
「すごいよね、この案!」
「案ではない! すごくない! 男子か!!」
「へへ~」
「てか、顔! 口周りがかゆいっ!」

 浴場へ行こう、と、従姉は彼女の手を引く。

「まったく……、どこで覚えたの」
 従姉はぶつぶつと云う。
「そもそも、遠くへ行っちゃいけないんでしょうに」
「行ってよくなったんだよ」
「いつから?」
「今日から」
「今日から!」
「父様が、一緒なら行ってもいいって」
「誰とよ」
「ねぇ。公衆浴場行きたい」
「話を変えるな!!」

 そんなことも覚えてきて……と、さらにぶつぶつ。

「従姉様ぁ、公衆浴場がいいよ~」
「駄目! 今日はお屋敷の浴場!!」
「そんなぁ」

 引きずられて、彼女は浴場へと連れて行かれる。





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