TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「辰樹と天樹」9

2015年09月11日 | T.B.2016年

 少しだけ、日差しが緩くなる。

 村全体の木が、紅葉をはじめる。

「大変だ、天樹!」
「何が」

 いつものように遅刻して、辰樹がやって来る。

「大変だよ!」
「だから、何が」
「時期はずれの花だ!」

 辰樹と天樹は、いつだったか、ふたりで登った木のところへやって来る。

「ほら!」
「本当だ……」

 花の咲く時期ではないのに、高木に、白い花が咲いている。
 ほんの、数輪。

「このまま寒くなるはずだったのが」
 天樹が云う。
「ここ最近、暖かさが戻ってきて。……それで咲いたんだな」
「これ、すごいよな!」
「うん」

「記念に、花をとろう」

 辰樹は、木を登り出す。

「気を付けろ」

 天樹は、木の下で声をかける。

「天樹もいるー?」
「俺はいいよ」

 辰樹は、ひとつだけ花をとり、そのまま飛び降りる。

「どうだ、これ」
「うん」
「時期はずれ記念」
「どう云う記念?」

 辰樹は笑う。

「天樹も、時期はずれ記念に、母ちゃんに持って行ってやれよ」
「……いいよ」
 天樹が云う。
「記念、て、よく判らないし」
「持って行ってやれば、喜ぶって!」

 辰樹は、天樹の肩を叩く。

 天樹は首を振り、訊く。

「辰樹の母さんは、喜ぶのか」
「もちろん」
 辰樹が云う。
「一瞬、謝罪の花とか思われるけど!」
「……へえ」
「でも、やっぱりそうなんだよ」
「何が」
「女の人は、花が好きなんだって!」
「そうとは、限らないだろうけど」
「だよな!」
 辰樹が笑う。
「兄さんは男だけど、花を好きだもんな!」

 辰樹は、いちいち声がでかい。

 満足そうに、花を持ち帰ろうとする。

「辰樹!」
「何ー」

 天樹が云う。

「花を置いたら、戻って来いよ!」

 ……そう云えば、務めはこれからでした。


 数日後。


 辰樹は、その高木の近くを通りかかる。

「まだ、花はあるかなー?」

 辰樹は、木を見上げる。

 高木には、まだ、数輪の花。
 時期はずれの、白い花。

「……あれ?」

 だが

「減ってるな」

 辰樹は、花の数を数える。

 天樹と見たときより、ふたつ少ない。

「…………」

 辰樹は首を傾げる。

 が

「そうか!」

 すぐに、手を叩く。

「天樹、やっぱり花をとったんだな」

 誰のためにかは知らないが。

 きっと、天樹も誰かに渡したのだろう。

 うんうん、と、辰樹は頷いた。



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「辰樹と天樹」8

2015年09月04日 | T.B.2016年

「天樹! 川で泳げちゃう日和!」

「泳がないし」

 いやいや、と、辰樹は頷く。

「こんなに暑いのに、泳いでいられない!」
「辰樹」
「お天道様がにくいぜ!」

 辰樹は服を脱ぎ、川に入る。

「天樹、入らないのー」
「俺はいいよ」
「何でだよー」
「人と裸とか、嫌だ」
「お前、本当に女子だな!」

 天樹は、日陰に坐る。

 辰樹は泳ぎ出す。

「冷たくて、気持ちいいー」

 日差しは強い。

 流れに逆らうように、辰樹は泳ぐ。

 辰樹の横で、動物の親子も、水浴びをしている。

 辰樹は潜り、川の中を見る。
 魚が泳いでいる。

「天樹、魚だ!」
「へえ」
「たくさんいる!」
「あまり、驚かせるなよ」
「俺、飼おうかな!」
「やめろって」

 辰樹は泳ぐ。
 同じところを、何度も何度も。

 やがて

「あー楽しかった!」

 満足げに辰樹は、川から上がってくる。

 日陰に坐っている天樹の横に来ると、そのまま、寝転ぶ。

「寝られちゃう!」
「どうぞ」

 しばらく、どちらも話さない。

 風が吹く。

 緑が揺れる。

 空では、雲が流れている。

 やがて、天樹が口を開く。

「こんなこと云うの、何だけど」

「何ー?」

 辰樹は寝転がったまま、天樹を見る。

 天樹が云う。
「昔、川で溺れたことがあって」
「天樹が?」
「そう」
「……え? 天樹が!?」
「そうだって」
「いつだよ?」
「本当に、小さい頃」
「じゃあ、仕方ないな」

 辰樹が訊く。

「それで、川で何していたんだよ?」
「覚えてない」
「泳ごうとしたんじゃないのか」
「かもね」

 天樹が云う。

「でも。よりによって、雨の日だった」
「それは、」
「川は荒れていて」

 どこまでも、どこまでも、流されて

「苦しかったのを、覚えている」
「そうだろ」

 辰樹は、目を閉じる。

「よく助かったよな」
「気付いたら、病院にいた」
「……どうやって?」
「さあ?」

 天樹は、空を見る。
 日差しが、強い。

「誰かが、……助けて、くれたんだろうな」
「でも、医師様も誰も、どうやって助かったのか、教えてくれなかった」
「……へえ」

 辰樹が呟く。

「カッパか……」
「そう云う話をしたいんじゃない」

 天樹は、あきれて、辰樹を見る。

 けれども、

 辰樹を見て、天樹は、ますますあきれる。

 辰樹は、眠っている。



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「辰樹と天樹」7

2015年08月28日 | T.B.2016年

「おお、未央子(みおこ)!」

 従姉を見つけて、辰樹は手を上げる。

「辰樹、何ふらふらしてるの」
「俺が、いつふらふらしてるって?」
「あ、ごめん。いつものことでした」

 そう云うと、未央子は汗を拭う。

 見ると、未央子は、豆を大量に抱えている。

「何それ」
「豆」
「見りゃ判るけど。そんなにたくさん?」
「お屋敷に運ぶのよ」
「ああ。なるほど」

 未央子の言葉に、辰樹は頷く。
 東一族宗主の屋敷用と云うことだ。

「手伝うよ」

 辰樹は手を出す。

「大丈夫」
「大変だろ」
「いいの、いいの」

 未央子は歩き出す。
 辰樹も続く。

「今度、宗主様のお屋敷の使用人になった子がいてね」
 未央子が話し出す。
「その子が、この豆をむいてくれるのよ」
「へえ」
「前は、病院で下働きをしていた子。知ってる?」
「えーっと」
 辰樹は考える。
「あの、目がちょっと悪い子か?」
「そうそう」
「にこっとすると、かわいいんだよな!」
「……辰樹」
「でも、従姉さんもにこっと笑えば!」
「どう云う意味」

 未央子は、冷たい視線を送る。

「……その子、目の病気が進んでるみたいで」
「うん」
「ご子息様にいじめられないか、心配よね」
「おお!」
 辰樹が、うんうんと頷く。
「あの、わがまま太郎か」
「あんた、言葉に気を付けなさいよ」
「ありえるな!」

 辰樹が云う。

「だって、あいつ。たまに肉食いてぇ、とか云うんだぜ!」
「ええ!?」

 東一族は菜食主義。

 けれども、肉を食べること自体は、禁止されていない。

 つまり、食べてもいい、のだが。

「そんなこと云うの、ご子息様」
「すごいだろ。そこは尊敬する」
「……そうね」
 未央子は、辰樹を見る。
「それで、……食べたことあるの?」
「さあ?」
「食べたのかしら?」
「かもね。だから、ちょっと変なのかも」
「あんた、言葉に気を付けなさいよ」
「未央子だったら、何の肉食べる!?」
「私!?」
「俺だったら、えーっと、にくだんご、からだな!」
「にくだんご!」

 にくだんご、は、何の肉なのか。

「やめてよ、辰樹!」
「冗談だよ、未央子」
「だんだん、何の話? になってるわ!」

 辰樹は、笑う。

 未央子は、豆を抱えなおす。

「それにしても、強い日差しねー」

 未央子は、空を見上げる。
 辰樹も同じように、空を見る。

 強く輝く、お天道様。

 そして

 雲ひとつない、青空。

「暑い!」
「本当ね」

「川に泳ぎに行こうかな!」

「あんた、遊んでばっかり!」



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「辰樹と天樹」6

2015年08月21日 | T.B.2016年

「あっついなー」

 雨の時期も終わり、気温が上がる時期に入る。
 日差しも強い。

「とりあえず、風呂行くか!」
「何で!?」

 天樹は、あまりの予想外に驚く。

「何で! 辰樹、何で!?」
「急に、お風呂の気分だからー」
「この前も、云っていたよね!?」

 東一族は、公衆浴場。
 ほとんどの家に、風呂はない。

「行かないし!」
「天樹と風呂で会ったことがないじゃん」
「行かないし!」
「入りに行こうぜー!」
「行、か、ないし!!」
「何恥ずかしがってんだ。お前は女子か!」
「女子でも何でも、とにかく行かない!」
「お風呂で、天樹といろいろお話ししたい!」
「女子はお前だ!」

 辰樹が手を伸ばしたので、天樹は身を引く。

「おいおい。動揺しすぎだろ」
「待ってるから、行ってこいよ」
「兄さんー、付き合い悪いよー」
「いいよ、悪くて」

「その付き合いの悪さで、お前、同じ一族でも知らない人扱いだぞ」

「何が?」
「他のやつらに云っても、みんな、お前のこと知らないんだから」
 辰樹が云う。
「あぁ、顔は見たことあるけど、名まえ何? どこの家の子? みたいな!」
「それで、結構」
「俺が紹介するよ。きっと仲良くなれる!」
 天樹は首を振る。
「いいって」
「宗主の息子にいじめられても、仲間がいれば、対抗出来る!」
「平気だし。てか、いじめられてないし」
「仲間を作ろう!」

 辰樹は、天樹の腕を掴む。

「あ、ちょっ!」
「行こう!」
「行かないから!」
「なら、入り口まで来てくれよー」

 辰樹は、天樹のいっこ下だが、背が高く体格もいい。
 反面、天樹は、小柄でやせ形だ。

 辰樹は、ずるずると天樹を引きずる。

「辰樹!」

 人通りの多い市場に差しかかるところで、天樹は身体をねじる。
 辰樹を振り払う。

「ここまででいいだろ」
「天樹ぃ」
「ここで、待ってるから」
「えー」

 ふと呼ばれて、辰樹は振り返る。

 同世代の子たちがいる。
 彼らも、公衆浴場に行くのだろう。

「あー。待って」
 辰樹は、天樹を見る。
「こいつも一緒に」

 が

 そこに、天樹はいない。

「……あれ?」

 辰樹は慌てて、天樹を探す。

「あれ? あれあれ?」

 同世代の子たちは、辰樹を見て、首を傾げる。
 辰樹の肩を叩き、公衆浴場へと歩きを促す。

「天樹ぃー! 天樹ぃい!」

 騒がしくも、辰樹は公衆浴場へと入っていく。

 しばらくして。

 辰樹は、天樹と別れた場所へと戻ってくる。
 天樹を探す。

 人通りのないところに、天樹がいた。

「天樹!」

 辰樹は、天樹に駆け寄る。

「嘘ついたな!」
「ついてないよ」
「待ってると云ったのに、いなくなったじゃないか」
「いたよ」

 天樹は、空を指差す。

「木の上にね」



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「辰樹と天樹」5

2015年06月12日 | T.B.2016年

 雨の日が続いている。

「うん。遅刻な予感!」

 辰樹は、課業に行く準備をする。
 外に出て、宗主の屋敷へと向かう。

 課業も鍛錬も、宗主の屋敷内で行われる。

 中に入ると、すでに課業ははじまっていた。

 辰樹は、空いている席に坐る。

 そして、周りを見る。

 天樹は来ていない。
 昔は来ていたような気がする。
 でも、最近は、ここで会うことはない。

「辰樹!」
 隣の席の者が、辰樹を呼ぶ。
「お前、遅刻しすぎだよ」
「そうかなぁ」
「毎、回、遅、刻!」
「えー」
「云いつけるぞ」
「陸院、勘弁!」

 隣にいたのは、宗主の息子だった。

 普通、
 東一族の男性は「樹」の文字が名まえに入るが、
 高位家系になると「院」の文字が入る。

 陸院(りくいん)。

 何とも呼びにくい名まえ。

「てか、呼び捨てにするなよ」
「悪い」
 辰樹は、手をひらひらさせる。
「つい」

 陸院が云う。

「お前、この前の務め、ちゃんと出来なかったろ」
「そりゃあ」
 辰樹は窓を指差す。
「雨が非道くて。地点見つからず」
「云い訳かよ」

 陸院が少し考えて、云う。

「あいつも一緒だった?」
「あいつ?」
「あいつだよ」
「ああ、」

 陸院は、天樹のことを云っている。

「務めなんだから、一緒だったよ」
「そうか。いい気味」

 陸院はにやりとする。

「何、仲悪いの?」
「悪い! あいつとは仲悪い!」
「ひょっとして」
 辰樹が云う。
「あいつの方が能力的に上で、妬んでる?」
「違っ!」

 陸院は、顔を真っ赤にさせる。

「宗主の息子なのに、あいつより弱いから?」
「何を云う!」
 陸院が云う。
「あいつより弱いって、どこに証拠が!」
「うーん……」

 辰樹もいろんな相方と組んだが、一番能力があるのは天樹だ。
 間違いない。

 陸院が云う。
「だって。あいつが鍛錬で勝ったのを見たことある?」
「鍛錬で?」
「鍛錬の試合」
「……そう云えば、ないね」
「だろ!」

 鍛錬に参加する天樹は、勝つことがない。
 天樹はいつも、負けている。

 でも、辰樹は判る。

 わざとだって。

「あいつ、俺らの世代では一番だと思ったけど」

 陸院は、席に坐ったまま、地団駄を踏む。

「何とでも云うがいいさ!」
 陸院は、机を叩く。
「この前の務め、ちゃんと出来なかったから、あいつはお仕置きだからね!」
「お仕置き?」

 辰樹が首を傾げる。

「誰が?」
「あいつだよ」
「誰から?」

 陸院は、再度、にやりとする。

 それ以上、何も云わない。

 辰樹は首を傾げる。

 まあ、いくら宗主の息子の陸院が手を出したところで、
 天樹が負けるはずがない。

 気にすることではない。

 辰樹は、窓の外を見る。
 雨が降っている。

 けれども、

 もうすぐ、雨の時期も終わる。



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