天然居士のとっておきの話

実生活には役に立たないけど、知っていると人生が豊かになるような話を綴りたいと思います。

日清戦争帰還兵検疫事業

2020-12-20 | Weblog
 先日、岩手県奥州市(旧水沢市)の後藤新平記念館に行って来ました。
 後藤新平は旧水沢市の出身の医者で、
 東京市の市長を務め、関東大震災の東京の復興に大きな力を発揮した人です。

 記念館では、緊急特別展として、
 「日清戦争帰還兵検疫事業」を開催していました。
 新型コロナウイルスに関連するテーマなのでしょう。

 日本では、1877年(明治10年)の西南戦争の後、
 その帰還兵からコレラが広がり、神奈川、神戸、長崎などでコレラが大流行となり、
 患者13,816人、死者8,027人となりました。

 日清戦争は、1894年(明治27年)7月25日から
 1895年(明治28年)4月17日にかけて行われました。
 人的な被害は、戦死・戦傷死1,567名、病死12,081名、変死176名、計13,824名で、
 実際の戦闘よりは、病死の方が圧倒的に多い状況でした。
 戦地では、衛生状態が悪いこともあり、伝染病が流行し、
 コレラや赤痢、腸チフス、マラリアなどに罹る者が多く、
 また脚気に罹る者が多数にのぼりました。

 その状況を重く見て、また西南戦争後の感染も踏まえて、
 すべての帰還兵に検疫を行うと決めたのは、
 陸軍軍医のトップである陸軍省医務局長になっていた石黒忠悳です。
 しかし石黒忠悳は旅順への赴任が決まっていたため、
 臨時陸軍検疫部の設置が決まり、そして軍部に睨みをきかせるため、
 軍人の児玉源太郎少将が検疫部長に、医師として後藤新平が事務官長に就任しました。
 この時後藤新平は37歳でした。

 任命の2日後には、友人の北里柴三郎をはじめとした医学や衛生学の権威を集めて、
 似島(広島県)、彦島(山口県)、桜島(大阪府)の国内3カ所に
 検疫所を建設する事を決定しました。
 4月3日、 関係者会議を開催し検疫実施上の技術的大方針決定します。
 7月からの開始を想定すると、その完成期限はわずかに3ケ月で、
 その間、海を埋め、樹を切り払い地ならし家建て、屋根を葺き、
 諸道具一切運び込み、電信話灯の設備を設置し、
 加えて全く類例のない大消毒汽缶を製造して備え付けるという大事業でした。
 しかも、凱旋兵帰還 が1ケ月早まることになったため、戦場のような騒ぎになりました。
 後藤新平自身も3時間以上寝たことがないとの事です。
 その結果、3検疫所で総建坪22,660坪、401棟の検疫所を完成させました。

 記念館に展示されていたチャート図によると、
 輸送船がやってくると検査官が乗り込み、
 感染者、もしくは感染の疑いのある人がいないか確認し、いた場合は隔離します。
 消毒の必要がない健康者は、入所点検所に行って、所持品を預かってもらい、
 待合室に移って、浴室に行きます。
 健康な人は入浴して身体を洗い、
 その間に最新の大型ボイラーで衣類や持ち物を熱気消毒しました。

 6月1日から始まった検疫事業は8月に入るとほぼ終了しまた。
 この間、検疫総船舶数は 687艘、検疫総人員 232,346 人、
 消毒船舶16艘、局部消毒290艘、
 船内伝染病患者コレラ369人、コレラ疑似313人、腸チフス126人、赤痢179人、
 痘瘡9人、計 996 人、停留人員 46,699 人でした。
 世界の歴史始まって以来大検疫事業で
 後に編纂された「臨時陸軍検疫部報告摘要」は
 和文と英文の二様に作成され 、陸軍省から欧米諸国寄贈しました。
 ドイツのヴィルヘルム2世がこれを読んで、
 「戦争に勝った国はいくらでもあるが、あと始末をきちん行った国は少ない。
  日本は凄い国だ」と激賞したとの事です。

 この検疫を行う際、後藤新平は大きな不安がありました。
 西南戦争では検疫医官を無視して上陸した兵がコレラを広げてしまいました。
 医師である後藤新平が何を言っても軍人は無視するのではないかと考えました。
 そのため、児玉源太郎に相談します。
 すると児玉源太郎は「それは訳ないことだ。俺に名案がある」と簡単に答えました。
 そして、征清大総督を務めた小松宮彰仁親王に、
 天皇に会うのには検疫が必要だと話して、検疫を受けてもらいました。
 そうなると、各師団長も消毒・検疫を受けざるを得ず、
 部下もそれに倣うと言うように、軍隊の性質を実に上手く利用しました。

 日清戦争の大検疫事業が始まると
 「軍人をばい菌扱いするな」、「早く故郷へ帰してやれ」などと、
 検疫に反対する世論も起こりました。
 児玉源太郎のもとには後藤新平に対する不満や悪口の電報が多数届きましたが、
 児玉源太郎はこのような電報を箱に収め、
 検疫が終わると後藤新平に渡したとの事です。

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