天然居士のとっておきの話

実生活には役に立たないけど、知っていると人生が豊かになるような話を綴りたいと思います。

小池重明

2020-05-22 | Weblog
 かつて真剣師と呼ばれる人たちがいました。
 賭け将棋、賭け麻雀などの勝負事によって生計を立てていた人々の事で、
 この種の賭け事を「真剣」と呼ぶことに由来しています。
 大会やタイトル戦に出場して賞金を得るプロ棋士などとは異なり、
 主に個人的な賭博を行う者を指します。

 将棋の真剣師の一人に小池重明がいます。
 小池重明は、1947年(昭和22年)に、名古屋市で生まれています。
 昭和50年代、東京の新宿の将棋道場に籍を置いて賭け将棋を行い、
 連戦連勝だったようで、「新宿の殺し屋」の異名を持っています。
 1979年(昭和54年)、やはり日本最強の真剣師と言われた、
 大阪の加賀敬治と当時大阪府新世界にあった通天閣将棋道場で対局し、
 2日掛かりで7勝7敗の互角の勝負を行います。

 アマチュア将棋の世界でも、1980年(昭和55年)から2年連続で
 アマ名人のタイトルを獲得しています。
 プロ棋士を相手にも次々と勝ち星を重ね、
 雑誌の企画で大山康晴名人と角落ち戦で対局して勝ちましたし、
 この他、5段当時の田中寅彦9段、8段当時の森雞二9段に平手で勝っています。
 プロ入りの話もあり当人も熱望したようですが、
 過去の寸借詐欺騒動や浪費癖、女性関係のトラブルなど素行の悪さによって、
 プロ編入の話は日本将棋連盟により却下されてしまいました。

 その後生活が荒み、困窮してからは、
 作家であり将棋ファンとしても有名な団鬼六が面倒をみていました。
 団は小池を主人公にした評伝的な小説「真剣師 小池重明」を著しています。
 団はアマチュア6段で文壇でも指折りの実力者でしたが、
 飛車落ちの手合いで小池と50局真剣で勝負し、全敗したとの事です。
 対局中「よければ持ち駒を売りますよ」と小池に声を掛けられ、
 熱くなっていた団は言われるままに駒を買って勝負を続けますが、
 それでも小池の巧みな指し手に手も足も出なかったと自ら語っています。
 このエピソード、僕は好きです。

 小池は、若い頃からの飲酒癖や荒んだ生活が影響したのでしょうか、
 1992年(平成4年)に44歳の若さで肝硬変により死去します。
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古代エジプトのミイラの起源

2020-05-08 | Weblog
 古代エジプトのミイラがいつ頃から作られていたのかは、明らかでありません。
 これまでは、ファラオ時代と考えられて来ましたが、
 最近の研究では、先史時代(紀元前3700年~3500年頃)のエジプト人の遺体には、
 ミイラとなるような保存技術が使われていたとの説も出されていて、
 ファラオ時代の約1500年前に、既にミイラを作っていたとも言われています。

 エジプトの神話の中に、ミイラの由来の話があります。
 「オシリスとイシスの物語」です。
 太陽神ラーから王位を譲られたオシリスは弟のセト神にその人気を妬まれ、
 宴会の席で騙し討ちにされて、箱詰にされた後、海に流されてしまいます。
 彼の遺体は、一度は妻のイシス女神のもとに戻る事が出来ましたが、
 今度はセトによってバラバラにされ、
 エジプト国内のあちこちにばらまかれてしまいます。
 傷心のイシスは、妹のネフティス神や知恵の神で魔法の使えるトト神などの
 親しい神々に助けられて、夫の遺体を各地に探し求めます。
 そして、生殖器だけを残して集める事が出来ます。
 生殖器は、ナイル川の魚に食べられてしまった事になっています。
 それでもイシス神は、オシリスの肉体と交わり、ホルス神を生みます。
 オシリスの遺体を集める事が出来たイシスは、
 山犬の神アヌビスに、白布を使って元の身体に作り上げてもらいます。
 しかしながら、不完全な体だったため、オシリスは現世に留まれず、
 冥界の王として蘇ります。

 以上、神話の部分は村治笙子さんの「古代エジプト人の世界」に載っていた話です。
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