42年10月、アーサーはふたたび海軍入隊を決意し、家を出る。入隊前にもう一度だけフロッシーに会ってあいさつしたい。「黄色い悪魔(日本兵のこと)」をやっつけるために入隊するのだから、自分は英雄だ。ロマンチストのアーサーは映画の一場面を思い描いた。汽車に乗って海軍へと出発する。汽車の窓から身を乗り出し、恋人フロッシーに別れを告げる。「行かないで、お願い!」といいながらあとを追ってくるフロッシー。映画にするならフロッシー役はジェニファー・ジョーンズがいいな、などと空想するアーサー。
当時、女子大だったノースカロライナ大学を目指してヒッチハイクを開始する。家には「陸軍に入隊する」と書き置きしてきた。海軍に入隊を希望しているのに陸軍とカムフラージュしたのは、海軍を捜索され、連れ戻されることを恐れたからだ。途中、旅費を稼ぐためにダーハムで肉のパッケージングのアルバイトをする。冷蔵庫内での作業で、体中が凍傷になってくる。1週間しかもたなかった。賄い付きの部屋を借りて住んだが、朝食だけは豪華だった。
凍傷だらけになった体で、グリーンズボロの学生寮、フロッシーの部屋へたどり着く。その日は金曜日だった。フロッシーは別の男とダンスパーティーに行くことになっていた。相部屋の女の子を紹介され、彼女と一緒に同じダンスパーティーへ行くことになった。タキシードはフロッシーの知り合いが置いていったものを借り、靴はなけなしの金をはたいて古いものを買った。これでYMCAの部屋代だけしか手元に残らない。だぶだぶのタキシードといまにもずり落ちそうなズボンに身を包み、借りもののデート相手を連れてダンスパーティーへ。これもすこしでもフロッシーのそばにいたいがための窮余の一策だった。いっぽうフロッシーは華やかな服装で、彼氏を連れてさっそうと会場入りした。フロッシーの心はすでにアーサーから離れていたことがうかがえる。フロッシーの心が離れる決定的な出来事はそのあとに起こった。(つづく)