ボクシングレヴュー

「TM」はタイトルマッチ、階級名につく「S」はスーパー、「L」はライトの略です。

日本Sバンタム級TM 下田昭文vs塩谷悠

2007年08月04日 | 国内試合(日本・東洋タイトル)
下田昭文は、まだまだ発展途上のボクサーだ。
下田の美点はスピードと、高い身体能力。だがスタミナ配分も
含めた試合運びの面では、未熟さをさらけ出してしまう。
だが、そんな「危うさ」がまた、下田の魅力でもある。

飛び跳ね、ぶん殴り、ぶっ倒し、追い上げられ、ヘロヘロになり、
そして踏ん張り。実に騒々しく日本タイトルを奪い取った下田の
初防衛戦。その相手は、26歳ながら「老獪」という言葉が
よく似合う、非常にやりにくい選手だった。


かつて世界王座を6度も守り、その高い防御技術から
「アンタッチャブル」の異名を取ったテクニシャン、川島郭志。
その川島氏の最初の弟子であり、初のタイトル挑戦者となった塩谷。
無敗とはいえ、新人王になったということ以外に目立った戦歴はない。
そんなことも含め、下馬評では下田が有利という声が多かったように
思うが、あの川島氏が参謀に付いているのだ。きっと何か秘策を
授けているに違いない。


会場は大入り満員。若き王者、下田のきらびやかなボクシングは、
急激にファンを増やしている。それに加え、塩谷の支持者たちも
熱い声援を送る。

下田はいつものように、ハングリーな精神を前面に出したギラギラした
表情、塩谷は対照的に飄々とした顔付き。それはそのまま、両者の
ボクシングスタイルを反映していた。


ゴングが鳴った。いきなりハイスピードの駆け引き。お互いに細かく
体を動かし、フェイントを掛け合う。息のつけない戦いになりそうだ。

足を使って距離を保つ塩谷。長身でいかにもリーチの長そうな
この相手に、下田はなかなかパンチを当てられない。しかし、それでも
下田はじりじりとプレッシャーをかけ、左ストレートをきっかけに
一気に踏み込む。この一瞬のスパークこそが、下田がファンを
惹き付ける要因だ。塩谷もうかつには攻められない。お互いに
ディフェンスがいいためにクリーンヒットは少ないが、前半は
下田のプレッシャーとスピードが試合を支配しているように見えた。

塩谷は遠いところからパンチを放ち、接近したらクリンチ。
下田と真正面から打ち合うことだけは避けたい様子だ。
これを巧みなアウトボクシングと取るか、消極的な姿勢と取るか。
この辺り、ジャッジも判断に悩むところだろう。ただ、もう少し
ヒットの数を多くしなければ、明確な攻勢点を取るのは難しいように
思えた。巧くもあり、物足りなくもあり、といった印象なのだ。


そのような展開が3ラウンドまで続き、微差ではあるものの、
僕はここまで全て下田にポイントを振った。4ラウンドも似たような
形で終わるかと思われたが、ゴング間際に塩谷の左フック、
左アッパーが鮮やかにヒット。今日一番の力強さだ。これで、
このラウンドの採点が分からなくなってしまった。

これで勢いに乗ったか、5ラウンドからは塩谷のボクシングが
冴えを見せる。試合の展開そのものはさほど変わらないのだが、
塩谷のパンチが当たる場面が目立ってきたのだ。ただし、顔面に
なかなか当たらず苦労していた下田は、ボディ狙いに切り替え、
それもたびたび当たっている。採点はやはり微妙だ。

7ラウンド辺りからは、打ち合い、そして揉み合いも多く
なってきた。中盤にやや疲れるのは、下田のいつものパターン。
ただし、パンチが当たらず疲労が溜まる展開でありながら、
これまでに比べればスタミナはまだ持っている。

フェイントこそかけるものの、下田は真正面から、これといった
策もなく打っていく。「あくまで正面突破」のその姿勢は
ある意味で清々しいが、空回りすることも多い。

最終ラウンド。コーナーで、塩谷は笑顔を浮かべている。
自分のボクシングが出来ているという気持ちなのだろうが、
微妙な展開であることを、果たして自覚しているのだろうか。
一方の下田は、追い詰められた、飢えた狼のような表情。
最後は激しく打ち合って試合が終わった。


微妙なラウンドが多かったため、途中で採点を止めてしまった
のだが、大雑把に言うと、前半は下田のプレッシャーが試合を
支配し、中盤は塩谷のテクニカルなボクシングが冴え、終盤に
下田が再び盛り返した、といったような展開だっただろうか。
とはいえ、一つのラウンド内でも攻守が目まぐるしく入れ替わるので、
そうそう単純に言えるものでもないのだが。

そして判定。1ポイント差、2ポイント差、5ポイント差と
ジャッジによってバラつきはあったが、いずれも下田を支持。
初防衛に成功した。


塩谷は、さすが川島郭志の教え子、という巧さを見せたが、
明確に勝ちをアピールするだけの攻勢が足りなかった。一方、
下田は相変わらずの雑な試合運びを見せてしまったものの、
必死に攻め込んで勝利に漕ぎ着けた。

どちらがより自分のボクシングを遂行できたかと言えば、
それは塩谷の方だろう。しかし敗者は塩谷だ。逆に、思うような
ボクシングをさせてもらえなかった下田だが、それでも
何とか勝つことはできた。お互い違った意味で課題の見えた
試合でもあった。


試合前、下田は「挑戦者のつもりで行く」と語っていたが、
チャンピオンらしく綺麗に勝とうという意識があったように思う。
終盤に見られたように、塩谷を押し潰すような勢いで多少強引にでも
攻めて行く場面が多ければ、また違った展開になったかもしれない。

しかし、その表情だけは、相変わらず「挑戦者」のようだった。
豊富なアマチュアのキャリアを持ち、スマートな印象の選手が多い
最近の帝拳ジムにおいて、下田のようなキャラクターは珍しい。
実を言うと、僕はそこに最も魅力を感じているのだ。

どちらかがダウンしたり大きなダメージを負ったりする場面はなく、
後半は揉み合いも多かったことから、この試合を「凡戦」と見る
向きもあるだろう。しかし、僕はそうは思わない。
「相手の良さを封じ込める」だけの巧さに欠ける下田は、常に
相手の美点を引き出してしまう。だから熱戦になるのだ。

と同時に、今回は塩谷の方が下田の良さを封じる巧さを持って
いたため、下田の才能を堪能したいという人からすれば、やや
不満の残る試合でもあっただろう。


やりにくい挑戦者を下したにもかかわらず、インタビューでの
下田は反省ばかり。未熟であるがゆえ、精神的な渇きはまだまだ
収まらない。下田はきっと、もっと強くなるだろう。

その才能が完全に開花する日が、いつか来るのだろうか。
それはまだ、誰にも分からない。