日本兵がお年寄りをおんぶする写真、出版社「直ちに発行停止し廃棄、責任者を処分した」―中国
2022年06月01日 12時00分 RecordChina。
中国の小学校の補助教材に、旧日本軍の兵士とみられる男性が高齢女性を背負って運んでいる写真が掲載され物議を醸した問題で、出版社が経緯を説明した。
問題となっているのは小学2年生向けの国語の補助教材で、写真は中国で人助けと無私の奉仕を象徴する「雷鋒」の精神を学ぶページに掲載されていた。教材は陝西新華出版伝媒集団と陝西人民教育出版社が共同出版したものだった。
騒動を受け、陝西人民教育出版社は5月31日にSNSの公式アカウントを通じ、「同書は2016年12月に出版したものです。17年2月中旬に社内の自主調査によって写真の誤りを発見し、直ちに発行・販売を停止しました。販売済みの書籍のほとんどを回収して在庫とともに廃棄し、責任者に対して厳正な処分を行いました」と説明した。
同社はまた、「この事件は弊社に強い衝撃を与えました。教訓を真摯(しんし)にくみ取り、品質管理システムをさらに健全化し、社員全員の政治意識、責任意識を高め、検査メカニズムを持続的に整備してきました」「今回の騒動は改めて警鐘を鳴らすもので、弊社は規定をより厳格に実施し、類似の問題が発生することを断固として阻止します」などと徹底管理をアピールした。
背景には5月30日に教育部が学校教材の全面的な調査の実施を発表したことがある。中国では最近、教材のイラストや写真の問題が相次いで指摘されており、教育部は「(調査で)問題を発見した場合は直ちに改善し、違反があった責任者は厳正に処分する」と表明している。(翻訳・編集/北田)
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現在でもこのようなことが罷り通っていることことが、信じられないが中国の事だと知れば納得できる。
中国にとって日本人、特に日本兵は残虐非道の象徴である。 したがって極悪人が善行をするなど、許せないのだろう。
ところが、日本でもわずか50数年前、同じようなことが行われていた。
『うらそえ文藝』の元編集長星雅彦氏が県の依頼で慶良間島を訪問し沖縄戦の聞き取り調査をしたとき体験したことだ。
結局、星氏は「日本兵が集団自決を命令した」という証言は得られなかったので、親切な日本兵に食料を分けて貰ったり傷薬の提供を受けた話も、調査布告に書き入れたら、当時県の資料室に勤務していた安仁屋沖国大教授に怒鳴られ削除させらという。 安仁屋教授に問って日本兵は残虐非道な極悪人という固定観念があったのだろう。
以下は関連ブログの再掲である。
続々・星氏が『鉄の暴風』を批判!県資料編纂所職員の正体
■星氏に詰問した県資料編纂所職員の正体■
最後に星氏の文章の該当部分をしつこく再検証する。
《あれは確か1970年の暮れのことだった。 私は県資料編纂所の職員のAとBの訪問を受けた。 Aは私の書いた原稿について「なぜ日本兵の善行などを書き入れるのか」と詰問してきたのである。 取材は各区長の家に集まってもらい、これを記録するという形で行った。 取材は私一人ではなく資料編纂所の名嘉正八郎と一緒であった。 この取材で日本兵が住民を助ける話も幾つか出たので「そういうものも記録すべきだと思った」とだけ答えた。》(雑誌『正論』より)
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1970年の暮れに星氏を訪問して、星が提出した原稿に「なぜ日本兵の善行など書き入れるのか」と詰問したマルクス主義者の県資料編纂所のA職員のことである。
ご本人の星氏は「A氏はまだ元気で沖縄で活躍されている方なので・・・」と実名を語るのを憚っておられるが、沖縄は狭いところである。
1970年に県資料編纂所の職員であり、このような過激な発言で星氏に詰問する人物は自ずと限られてくる。
安仁屋政昭沖国大名誉教授は、沖国大の前は1967年から5年間、沖縄県資料編纂所の職員であり、そのマルクス主義的発言は現在も衰えてはいない。
なお、安仁屋教授は「集団自決」訴訟の被告側応援団の理論的中心人物であり、宮城晴美氏の恩師であることは夙に知られたことである。
その後、「沖縄県史」から星氏が聞き取りした「日本兵の善行」は削除されたと聞く。
県資料編纂所のA職員は県史編纂時の検閲の役割りを担っていたことになる。
再三述べたが、星雅彦氏は既に鬼籍に入った集団自決関連の重要人物、例えば『鉄の暴風』の著者である太田良博氏や牧港篤三氏などと親交があり、なおかつ議論を戦わした人物である。
さらに、彼ら『鉄の暴風』の著者が集団自決の現場である渡嘉敷島や座間味島に一度も取材することなく、短期間で同書を書き上げたのに対して、
星氏は県の委託を受けていち早く集団自決の現地聞き取り調査をした人物である。
その人物が述べる次の言葉の意味は大きい。
「沖縄戦の体験者は次々と鬼籍に入り、活字として残された記録が検証されることなく真実として流布されていく。
その代表が『鉄の暴風』である。」
「事実をないがしろにした議論ほど無益で虚しいものはない。 それは混乱を生み出すだけだ。解釈はいろいろあってよい。 しかし、事実は一つなのだ。」
星氏が推理小説風の読み物としか捉えていない『鉄の暴風』が、活字として残され、記録が検証されることなく真実として流布されていく。
そして大阪高裁の小田裁判長までも『鉄の暴風』には資料としての価値があると言い出す始末だ。
『鉄の暴風』が残した罪は大きい。
そして、それを真実として頑なに押し通してきた沖縄タイムスの罪はさらに大きい。
さらに付け加えると、それイデオロギーで塗して流布させていった沖縄の左翼知識人も同罪である。
沖縄に現在も居住する星氏が、沖縄の知識人の間では四面楚歌の状況でなおかつ、今回の『正論』の論文を敢えて寄稿したのは、
これまで集団自決に関しては長年沈黙を守り、時々書いたとしても故意に曖昧な表現で終始したこれまでの自分の態度への忸怩たる思いからだという。
論文の文末に「米軍の宣撫工作や同調圧力に洗脳され、米軍のヒューマニズムを過剰に賛美したことへの反省が働いたのかも知れない」と、沖縄タイムスに反省の気があるかのように書いているが、これは40年前の話であり、少なくとも現在の沖縄タイムスには反省の一欠けらもないことは星氏が誰よりもよくご存知だろう。
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