上海ロックダウンで露呈した中国経済のアキレス腱
<国内物流の大半はトラック輸送、それも零細な個人事業主が自らハンドルを握るケースがほとんど。大手スーパーも仕入れを彼らに頼っている。それが行く先々でウイルスを恐れる役人に行く手を阻まれ、休業に追い込まれるなどで、高速道路を走るトラックは激減している>
ロックダウン下で不足しがちな食料の配達を待つ住民(4月13日、上海) Aly Song-REUTERS
新型コロナウイルスの感染拡大で厳戒態勢の上海では、一部地区で外出制限が解除されたものの、今も多くの市民が自宅に足止めされており、2400万人都市のロックダウン(都市封鎖)による混乱は一向に収束する気配がない。【ジェームズ・パーマー(フォーリン・ポリシー誌副編集長)】
一部のスーパーマーケットは営業を再開したが、1カ月以上も封鎖が続く集合住宅もあり、解除された地区もたった1人新規の感染者が出れば、即座に外出制限に逆戻りする。 新規感染者は減少傾向にあるとはいえ、不自由な生活の終わりが見えず、市民はいら立ちを募らせている。
中国政府が「ゼロコロナ政策」を続ける限り、他の主要都市でも上海のような大混乱が起きる可能性がある。過剰とも見える感染対策のおかげで、中国本土では過去2年間ウイルスを抑え込めてきたが、感染力の強いオミクロン株の登場で、ゼロコロナ戦略はあえなく破綻した。
上海のロックダウンは世界のサプライチェーンに打撃を与え続けるだろうが、最も深刻な被害が出ているのは中国国内の物流だ。 中国の経済活動を支える運送業はロックダウンで大打撃を受けている。零細業者が多く、政治的な力を持たない中国の運送業はもともと突発的な事態に弱い。新型コロナのロックダウンはこの業界の最大の弱点を突いた。
<冷蔵・冷凍食品が腐る>
中国では道路運送が貨物輸送の76%を占める。その担い手はほとんどがオーナー兼運転手の零細な個人事業主で、その割合はトラック運送の90%を占める(ちなみにアメリカでは約9%にすぎない)。
しかも中国の小売大手は自前の運送部門を持たず、大手スーパーでさえ個人のトラック運送業者と契約を結び、仕入れ配送を委託している。 中国のトラック保有台数は2800万台。そのほとんどは個人事業主が所有しているが、個人の運送業を取り巻く環境はここ数十年厳しさを増す一方だ。現在、個人のトラック運送業者の年収は2万ドル前後で、中国人の平均年収の2倍に近く、比較的恵まれているように見える。しかし当局の意向次第で経費が変わるため、経営は不安定で、個人経営のためコロナ禍などによる休業補償もない。加えて、多くの業者は商売道具のトラックのローン返済に追われている。 こうした状態では装備を改善する余裕もなく、冷蔵・冷凍車の購入など夢のまた夢だ。荷台の温度を適正に保って商品を顧客に届ける「コールドチェーン(低温物流)」などとても望めず、輸送中に生鮮食品が腐敗する割合が20~30%と、先進国よりはるかに高い。これは食の安全に対する消費者の不安の一大要因ともなっている。 ロックダウンは、このコールドチェーンの不備が食料品の不足に追い打ちをかけている。配送が遅れると、冷蔵・冷凍が必要な商品は廃棄せざるを得ないからだ。 さらに、仲介業者のピンはね、恣意的に変わる高速料金、ウイルスの流入を過度に警戒する自治体の交通規制などが運送業者を苦しめる。
<ダンピング競争を強いられ>
中国では比較的最近まで、小売業者と運送業者を結びつける仲介業者が高額の仲介料を取っていた。2010年代に筆者がトラック運送業者に行なった聞き取り調査では、運送業仲間で組合を作り、中抜きで小売業者と契約を結ぼうとしたが、仲介業者に恫喝じみた妨害を受けたとか、仲介業者は小売大手が自前の配送部門を持たないよう圧力をかけているといった話を聞いた。 その後にウーバーのトラック版とも言うべき携帯電話アプリが開発され、2010年代後半にはこの分野に多額のベンチャー資本が流入して、昔ながらの仲介業者は廃業に追い込まれた。 だが新システムはかつての仲介業者に劣らぬほど搾取的だった。2017年に敵対的買収で生まれたトラック配車サービス大手・満幇集団が今では市場の90%超を牛耳り、運転手たちは仕事にありつくために赤字覚悟のダンピング競争を強いられている。 一方、中国の高速料金は世界でも最も高いことで知られる。2020年に中国でコロナ禍が猛威を振るい始めた当初、中国政府は物流を支えるため全土の高速道路と有料道路の通行料を無料にし、運送業者は一息つくことができた。だが無料の期間が終わった途端、破綻寸前に追い込まれていた道路管理会社が損失補填のため料金値上げに踏み切った。 値上げ以前から運送業者は高すぎる通行料に苦しみ、過去20年間デモを行い、ストライキを計画するなど、当局に値下げを訴えてきた。だが労働争議にもすぐ治安部隊が出動する中国とあって、この運動も実を結んでいない。 <軍隊が配送を担うか> 最近の規制は、弱い立場のトラック運転手をさらに痛めつけている。当局は運転手がウイルスを広げることを恐れて携帯電話のアプリでトラックを追跡しており、中国の独立系メディア・財新の調査によると、トラック運転手は恣意的に拘束されるリスクが普通の人より高い。地方自治体の当局者が高速道路でトラックを止め、管轄地域への進入を拒むこともある。中国当局が一時唱えた「冷凍食品に付着したウイルスが感染を広げる」という陰謀論のために、必要以上に積荷を調べられることもしばしばだ。 トラック運送業者は個人事業主だから、外出制限が課されれば2週間あるいはそれ以上の期間、収入がゼロになる。そのため大半の業者は感染リスクの高い地域への配送を断るか、料金を上乗せしている。そのため、高速道路が比較的空いている。トラックの交通量が減っているのだ。トラック輸送の減少は既に上海の製造業の再開を妨げる大きな要因となっており、今後主要な中継地でロックダウンが起きれば、今以上に生産再開が滞ることになる。今は作物の植え付けシーズンだが、種子は倉庫に眠ったまま、農地に運ばれる日を待っているありさまだ。 長期的には今の危機をきっかけに運送業界の改革が進む可能性もある。だが短期的には、中国政府がゼロコロナ政策を捨てずに物流を維持したいなら、考えられる対策は3つしかない。まず高速料金を再び無料にすること。それがトラック運転手を道路に戻らせるインセンティブになる。 官僚的な手続きに時間がかかるがより高架的なのは、コロナで休業を強いられた運転手を救う補償制度の創設だ。この制度があれば、感染が広がる中でも運転手の生活は保障され、安心して配送を担える。 とはいえ中国政府が打ち出す可能性が最も高いのは3つ目の対策だ。それは、人民解放軍に配送を担わせること。中国政府は2020年に武漢で感染が拡大した時期にこれを採用したが、軍隊が出動すれば市民がパニックになることが分かり、以後はこの方法を控えてきた。だが今の危機の規模からすると、この選択肢も検討せざるを得ないだろう。
⇒最初にクリックお願いします
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます