6時に起きる。シャワーを浴び、チェックアウトの準備。残念ながら朝食は
食べ損ね。ホテルについて訂正。ちゃんとジムもスパもあった。それに気付かず、
使わず仕舞だったことが残念……。
7時15分頃、迎えのミニバスが到着。ピピ島へのフェリーが出る波止場へ。
K君O君とはこの波止場で待ち合わせのはずだったのだが、彼らから電話。
「先生、迎えのバスが待っても待ってもこないんです。もう30分も待っています。
どうしたらいいでしょう?」
「ともかくタクシーを捕まえて波止場まで来い!」と言ったのだが……。
後でわかった話だが、パトンビーチのホテルを周りピックアップするミニバスが
事故を起こしたとのこと。代わりのミニバスは出したのだが、8時30分のフェリー
出航には間に合わず。事故ゆえ旅行会社に文句を言う訳にもいかなかったが、
会社もさすがにそこは「メシの種」を怒らせるようなことはしない。という訳で、
乗り遅れた面々はジェットボートでフェリーを追いかけることに。
ピピ島。
話には聞いていたが、本当にこぢんまりとしたきれいな島。ホテルは奮発して
エクストラベッドを入れて3人分で約16,000円。まぁ、K君O君の新婚旅行リハーサル
経費を持ってあげた、というところ、か。
荷物を解き、さっそくまちへ。といっても、10分も歩けば波止場に着くような
小さな島。久しぶりに素足に砂を感じながら歩く。それにしても、日本人の姿を
ほとんど見ない。「被災地が観光地なら、遊びに行ってお金を使うことが最大の
復興支援になる」という厳然たる事実は、日本人のメンタリティーでは理解し得ない
ということなのか……。
南側に開いたトンサイ湾(個人的にはビーチと呼ぶべきだと思う……。)
ビーチ沿いの店はどれも真新しい。津波ですべてを持っていかれた後、何とか
再開にこぎつけたということであろうか。観光客が増えていくのを願うのみ。
タイ料理を中心とした昼食。同行動中は学生にメシを食わせるのは教員の仕事の
うちと思おう。夕食を一緒にすることにして、しばらくは個別行動に。
町と言っても100m×300mにほとんどが収まるような小さな町。ともあれ、
写真を撮りながらいろいろと歩く。数多くみかけるタイ式マッサージ店の一つに入り、
背中と首と肩のマッサージ、1時間350B。肩こりや首の張りは僕らの職業病のような
もの。少しは運動をしろ、ということなのだろうが、まぁ、ここは地元にお金を
落そう、と。
展望台まで10分ほど歩く。まちの全体像が理解できた。白い砂浜とエメラルド
グリーンの海。本当に絵に描いたような南の島。まち中にダイビング・ショップが
多いのもうなずける。海岸沿いにレストランやバンガローがあるのも当然のこと。
津波に襲われるかもしれないから、そんな場所に店を建てるな、とは誰にも言え
ない。
「9999日は恵みをもたらすが、一日荒れ狂う。そんな海とどう付き合うか」
一昨年、宮古市の鍬ヶ崎小学校で行なったDIGの最後の課題だったが、多分、ここ
ピピではもう少し発生頻度は低いだろう。そして次の津波も遠地津波ならば、財産は
ともかく、人命の損失をゼロにすることは十分可能だと思った。その日まで、人々の
記憶を、世代を超えてどう伝えていくかが大きな課題だが。
夕食は、あえて『地球の歩き方』にある「欧米人のたまり場」というステーキ・
レストラン。二次会は、「避難施設」の看板が出ているオープン・エアのバーへ。
『地球の歩き方』には、毎週月曜日にはニューハーフ・ショーがあるバーの紹介も
あったが、残念ながらこの日は月曜日ではなく、という訳で、こいつは次の機会に。
(3月22日記す)
(遅れ馳せながら4月15日アップ)
食べ損ね。ホテルについて訂正。ちゃんとジムもスパもあった。それに気付かず、
使わず仕舞だったことが残念……。
7時15分頃、迎えのミニバスが到着。ピピ島へのフェリーが出る波止場へ。
K君O君とはこの波止場で待ち合わせのはずだったのだが、彼らから電話。
「先生、迎えのバスが待っても待ってもこないんです。もう30分も待っています。
どうしたらいいでしょう?」
「ともかくタクシーを捕まえて波止場まで来い!」と言ったのだが……。
後でわかった話だが、パトンビーチのホテルを周りピックアップするミニバスが
事故を起こしたとのこと。代わりのミニバスは出したのだが、8時30分のフェリー
出航には間に合わず。事故ゆえ旅行会社に文句を言う訳にもいかなかったが、
会社もさすがにそこは「メシの種」を怒らせるようなことはしない。という訳で、
乗り遅れた面々はジェットボートでフェリーを追いかけることに。
ピピ島。
話には聞いていたが、本当にこぢんまりとしたきれいな島。ホテルは奮発して
エクストラベッドを入れて3人分で約16,000円。まぁ、K君O君の新婚旅行リハーサル
経費を持ってあげた、というところ、か。
荷物を解き、さっそくまちへ。といっても、10分も歩けば波止場に着くような
小さな島。久しぶりに素足に砂を感じながら歩く。それにしても、日本人の姿を
ほとんど見ない。「被災地が観光地なら、遊びに行ってお金を使うことが最大の
復興支援になる」という厳然たる事実は、日本人のメンタリティーでは理解し得ない
ということなのか……。
南側に開いたトンサイ湾(個人的にはビーチと呼ぶべきだと思う……。)
ビーチ沿いの店はどれも真新しい。津波ですべてを持っていかれた後、何とか
再開にこぎつけたということであろうか。観光客が増えていくのを願うのみ。
タイ料理を中心とした昼食。同行動中は学生にメシを食わせるのは教員の仕事の
うちと思おう。夕食を一緒にすることにして、しばらくは個別行動に。
町と言っても100m×300mにほとんどが収まるような小さな町。ともあれ、
写真を撮りながらいろいろと歩く。数多くみかけるタイ式マッサージ店の一つに入り、
背中と首と肩のマッサージ、1時間350B。肩こりや首の張りは僕らの職業病のような
もの。少しは運動をしろ、ということなのだろうが、まぁ、ここは地元にお金を
落そう、と。
展望台まで10分ほど歩く。まちの全体像が理解できた。白い砂浜とエメラルド
グリーンの海。本当に絵に描いたような南の島。まち中にダイビング・ショップが
多いのもうなずける。海岸沿いにレストランやバンガローがあるのも当然のこと。
津波に襲われるかもしれないから、そんな場所に店を建てるな、とは誰にも言え
ない。
「9999日は恵みをもたらすが、一日荒れ狂う。そんな海とどう付き合うか」
一昨年、宮古市の鍬ヶ崎小学校で行なったDIGの最後の課題だったが、多分、ここ
ピピではもう少し発生頻度は低いだろう。そして次の津波も遠地津波ならば、財産は
ともかく、人命の損失をゼロにすることは十分可能だと思った。その日まで、人々の
記憶を、世代を超えてどう伝えていくかが大きな課題だが。
夕食は、あえて『地球の歩き方』にある「欧米人のたまり場」というステーキ・
レストラン。二次会は、「避難施設」の看板が出ているオープン・エアのバーへ。
『地球の歩き方』には、毎週月曜日にはニューハーフ・ショーがあるバーの紹介も
あったが、残念ながらこの日は月曜日ではなく、という訳で、こいつは次の機会に。
(3月22日記す)
(遅れ馳せながら4月15日アップ)