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人間関係づくり・人間力育成の授業

「RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語」から見える主体性とキャリア(4)

2011-11-11 20:44:10 | コラム
RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語 (小学館文庫) RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語 (小学館文庫)
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Railways

映画「RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語」公式HP

「RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語」から見える主体性とキャリア

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【「依存的なあり様」から「主体的なあり様】へ(2)】

肇は、エリートサラリーマンだったころ、依存的な生き方をしていました。家族や自分のまわりで起っていることに関して、「自分の与えられた枠組みの中で、一所懸命にやっている」「一所懸命にやっているのだから、仕方がない。」「なぜそんな自分の姿を家族はわかってくれないのか。」という発想をしていたのです。小林弘利さんと錦織良成さんが小説にあらわしている部分は次のような光景です。

*************

工場の閉鎖のために肇と、大学の同期である友人であり、閉鎖される工場の工場長である川平とのやりとりから抜粋しました。

川平「ものをつくるってのがどういうことかお前にわかるか?」

肇 「誰かのためになることだろう。自分が楽になる。誰かの役に立つ。あるいは誰かを楽しませる。物をつくるっていうのはそういうことだ」

川平「なのにものをつくってる会社が工場を閉めていったい何をするつもりなんだ」

肇 「コツコツと良いものをつくってれば商売になった。そういう時代はとっくに終わっちまったんだよ、川平」

川平「終わって、何が始まる? マネーゲームか? それも行き詰って、アメリカがぶったおれたんじゃねえのか? 教えてくれ。これからは何を商売にするんだ? お前は何をつくるんだ。誰を楽にして、誰を楽しませて、社会にどんな貢献とやらをしていくんだ?」

川平「何を急いているだか知らないがな。地方まで足を伸ばしたら、ゆっくりと地酒を飲むくらいの余裕を持てよ。俺たちのつくったもんが世の中を便利にしたのは、人間を走り回らせるためじゃないんだ」

後に、川平から工場の整理が順調に進んでいると聞いて・・・

肇 「ありがとう助かるよ。なあ、川平。専務も了承してくれたよ。だから本社に戻って来い。お前なら、一緒にガンガンやれる」

川平「俺はコツコツといいものをつくり続ける。その芯さえ見失わなきゃ働く場所はどこにでもある。この会社が俺を楽しませてくれないなら、この会社を俺は捨てる」

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家族との関係で・・・

(小林弘利さんと錦織良成さんの描写より)

変わってねえな。川平がほっとしたような笑みの中でそう言った。

そうなのかもしれない。変わったつもりでいるのに、本当は何も自分の中では変わっていないのかもしれない。それとも、リストラを断行する冷徹さを保てそうもない自分の企業人としての弱さを認めたくなくて、それで大学生のように理想を語る青さを失っていないのだと、無理に納得してみようとしているだけなのかもしれない。

肇は自宅の玄関ドアを開けるときもそういうことを考えていた。すべてはくらしを守るためだ。自分に言い聞かせる。働くということは、こういう汚れ仕事も引き受けるということだ。会社での地位が上がるということは、利益のためなら誰かの楽しみを奪い取ることにも感情を動かさない術を身につけるということだ。

ドアを開け、まず気づくのは妻の靴がそこにないということだ。つまり、妻はまだ帰宅していない。重いため息をつきながら肇は、靴を乱暴に脱いでドンと音を立てて上がり框に足を乗せた。不機嫌であることをそんな仕草で表現する。毎日三つ指ついて出迎えろと言っているのではない。今日のような日は、帰った場所に妻の気配を感じたかった。家庭というものはそういうものを望んでいいはずの場所じゃないのか。

***********

娘・倖との関係・・・

(小林弘利さんと錦織良成さんの描写より)

「いたのか」

そう言ってリビングに足を踏み入れ、天井のスイッチを入れる。二度三度と瞬いてから明るい光が室内に投げ下ろされると、驚いたように目を開けて娘はこちらを振り返った。突然の侵入者におびえた顔になっている。

帰宅した途端に実の娘からそんな顔で迎えられるのは心楽しいものではない。肇はさらに不機嫌になる。

「何してるんだ。真っ暗な中で」

「音楽を聴いていたのか」

「だったら何?」

お帰りなさいお父さん。そんな言葉は期待していない。しかし、「だったら何?」というのはあんまりじゃないか。思いつつ、それは言葉にはしない。肇の口から出たのは「母さんは?」という言葉だ。

「母さんはどうした。出かけているのか?」

倖は答えずにまたイヤホンを耳に戻そうとする。自分の言葉が音楽に遮られてしまう前に肇は問いを重ねる。

「母さんはどうした? 出かけているのか?」

倖は答えない。彼女はソファーから立ち上がると、自分の部屋へ行こうとする。

「おい、母さんはと訊いているんだ」

「何であたしに訊くの? 夫婦なんでしょう。電話でも何でもして、自分でどこにいるんだって訊いたらいいじゃない」

「出張から戻ってきたんだ。お帰りなさいぐらい言って欲しいね」

「何甘えてんの」

言いながらも倖は菓子を受け取ると、さっそくその包みを破りはじめる。

「お母さんがハーブの店を始めたことを覚えているよね?」

「当たり前だ」

「だったらどこにいるんだ、なんて訊くまでもないと思うけど」

「どうだ就活は」

「どうだって、何が?」

「もう三年だろう。うかうかしているとろくな仕事にありつけなくなるぞ。もうみんな面接受けたり、コネクションつくったりしてるんじゃないのか? なのになんだお前は。真っ暗な部屋でのんきに音楽か」

「何カリカリしてんの?」

「カリカリなんかしていない。いいか。のんびり遊んでいる人間の面倒を見てくれるほど社会ってところは」

「甘い!」倖が声を上げる。「これ甘すぎる!」

倖は危険物であるかのように菓子箱を自分から遠ざけ、そのままリビングから早足で出て行く。

**************

妻・由紀子との関係・・・

(小林弘利さんと錦織良成さんの描写より)

「お店の名前、《ハーブトーク》にしようと思うの」

「うん」

「それでいいと思う? お客さん来てくれそう?」

「ああ」

これは会話ではない。だから夫との間に、もう会話はない。会話らしい言葉の応酬があるとすれば、それは喧嘩をしているときだけだ。そのときだって互いに自分の言いたいことを言っているだけで、相手の言葉に耳を傾けているわけじゃない。自分の主張の正しさを申し述べ、相手をねじ伏せることしか考えていない。いや、ただ相手を傷つけるだけならそれでいい。とさえ思っている。違う意見であってもそれを投げ合うことで、互いの一致点を見つけ出していく。そんな建設的で愛情のある言い合いですらないから、こちらも黙ってしまう。喧嘩になるくらいなら、黙っていたほうが互いのストレスが軽減する。そう思う。そしてそんな考え方こそがストレスの最大の源だと気づいたときには、もう夫婦の間には大きな亀裂ができてしまっている。

由紀子は夫の肇との会話のない空白を埋めるためにハーブを使うようになった。そのハーブの持つ芳醇なる沈黙に魅せられて、すっかりハマり、その店まで出してしまった。自分の中の可能性が見えてきた。やわらかな時間、穏やかな会話、香りに癒される人の唇に浮かぶ、微笑み。それを見つめる幸福感。それらはみな、会話のない夫との関係が発端となって生まれてきたのだ。

必要としているものを何も与えてくれない夫が、いちばん必要としていたものを与えてくれた?

人生はそんなパラドクスでいっぱいだ。理屈と計算で成り立っているわけじゃない。世界はもっとファジーでトリッキーな矛盾の中で回っている。

きっと何をおいてもまず、店の存続を最優先に考える。店を持つとはそういうことで、それは何をおいてもまず自分の仕事を考える、そんな夫の姿に似ているのかもしれない。

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そんな家庭環境の中、娘の倖は、自分の進路について、こう悩んでいたのです。

(小林弘利さんと錦織良成さんの描写より)

倖は大学のキャンパスを歩いているところだった。

学生課の掲示板に新しい新卒者募集の張り紙が、幾つか出されているらしい。どんな職種のものがあるのかチェックしておこう。友人とそう話していた。

学生は自分の進むべき道を決めるものだと思っていた。自分の進路を決めるために、学識を広め、深めているのだと。けれど、実際はそうではない。学生は進路を選べない。掲示板に貼り出された募集の紙が、君の進路はこれとこれだと告げるのだ。

「何かあった?」

掲示板を見上げながら友人に訊く。

「やっぱ食品かなあ。どんな不景気のときだって人は何かしら食べなきゃいけないんだもんね。こうゆう時代はやっぱり食品メーカーが無難なんじゃない?」

確かに。無難というなら食品は無難なのかもしれない。けれど倖は無難だというだけで、自分の将来を決めてしまうことにどうしても尻込みをしてしまう。食品が嫌だというのじゃない。どんな仕事、職種だろうと、そこにやりがいを見出せると思う。女子大生なのだから仕事選びはとりあえずの腰掛け気分でいい。どうせすぐに結婚するんだし。だから本当の狙いはどんな男を選ぶかだと、そう言う友人も多い。

それもまた確かに、とうなずかざるを得ない。そしてやはり、けれど、と倖は思ってしまう。未来は選んだ男次第だなんて、そんな消極的なギャンブル的発想でしか、私たちは未来を思い描くことができないのだろうか。

倖は掲示板を見つめる。たくさんの募集を見つめる。この中に自分の未来はあるのだろうか。本当に私という存在を賭けて挑戦する価値があるのだろうか。

名前の知られた大企業の募集の前に人だかりができている。

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この小林さんの小説は、監督の錦織良成さんの原案をもとに書かれたものです。映画をもとにノベライズされたものだそうなので、映画でないとあらわされにくい部分や、小説でないと描写できない部分があり、その長所どうしを重ねあわせると、映画を観て、小説を読むと(もちろん、逆もありなのですが・・・)、より、伝わってくるという気がしました。その中で、特に肇の会社での生き様、肇と由紀子の夫婦の関係というものに、依存的なあり様というものが見事に描写されていました。妻、由紀子自身も、依存的なあり様の夫婦の関係から、何かを生み出すという形で「ハーブトーク」というお店を出したというよりも、肇との関係から逃げ出す形での独立というものを求めていたと言えます。そんな家庭の中、娘・倖だけが、就職という人生の節目をむかえるにあたって、「当たり前」に感じられていた就職の形態というものに、疑問を感じていたのでした。

さて、物語は、絹代が行商の途中、「ばたでん」で倒れたことにより、肇の人生の切り替えポイントにさしかかっていくことになります。

(5)へつづく 2011.11.28

Bataden

 

一畑電車HP

 

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