Aのこと
Aは、中学校二年生の6月ごろ20日間ほど学校を休み、二学期になって登校はするものの別室ですごしていた女の子です。話を聴くと、彼女の生活には「依存の連鎖」がはっきりと見え、本人もまわりへの攻撃や妄言を繰り返すうちに、力を失っていきました。9月から別室での生活は始まったのですが、まわりと顔を合わすことができなかったので、早朝7:30には登校していました。わたしと養護教諭の先生ふたりで、彼女をむかえ1時間ほど空間を共有しました。話題は世間話です。家庭のことや学校のことや、ささいなことが話題になるのですが、「~したほうがいい」というフィードバックは一切なしです。
そうしてるうちに、1時間、2時間と授業に入るようになりました。1歩前進、2歩後退、2歩前進、1歩後退、1歩前進、結果、1歩前進。というような感じです。思うようには進みません。しかし、それを出さないように、出さないようにと自分たちに言いきかせながら・・・。そして、6ヶ月後、バレンタインデーの日に完全に学級に戻りました。別室に残されたわたしと養護教諭の先生は、彼女が学級に帰ったあと、こころがからっぽになったようになり、すごい寂しさを感じました。半年つづいた、朝の団欒がわたしたちの中で大きなものへとなっていたようです。このわたしたちの寂しさを、彼女は自分自身の力として持って行ってくれたのでしょう。
わたしのこと
わたしは、2011年3月に32年間の中学校での教員生活を、大阪府松原市立松原第七中学校を最後に終えました。松原第七中学校は、2001年の調査で不登校が約13万9千人となったことを受け、「不登校生支援と、いじめ・不登校の未然防止のための人間関係学科(人間関係プログラム)の設立」を課題として文部科学省研究開発学校になりました。2003年から2010年までの8年間、二度の指定を連続して受けたのです。2007年から4年間、研究開発学校の研究主任として、校区の幼稚園・小学校と連携して幼小中11年間の人間関係プログラムの完成と、不登校の子どもたちへの支援をとりまとめる仕事を担いました。2003年、6%を超えていた松原第七中学校の不登校率は、2009年には2%にまで下がりました。2003年当時の不登校の子どもたちへの支援は「支援」という概念すらなく、わたしも含めて右往左往する教員がほとんどだったのです。そのことを思えば隔世の感があります。
わたしは55歳で退職後、「あいあいネットワークofHRS」を立ち上げ、学校、教育委員会等が主催する教員研修や市民講座、授業コーディネーションに取り組んでいます。現職のころから7年間で、のべ約300カ所、5千人以上の方々とともにファシリテーション研修を経験してきました。
支援はスピード感が第一
松原第七中学校での不登校の子どもたちへの支援は、一週間に1回、時間割内に組み込んだ「不登校生等支援会議」が取り仕切っていました。わたしは2008年から5年間、会議の座長を務めました。構成メンバーは、管理職、教務、生徒指導などの主要ポストの教員、学年代表(主任)、養護教諭、スクールカウンセラーと座長のわたしです。担任からあがってきた不登校の子どもたちに関する情報を学年代表がとりまとめ、会議で報告があります。一週間の情報を集約し、次の週の方向性や方針を出します。担任が一人で悩むのではなく、支援に必要な人員をそろえ、支援チーム(学年教員)として子どもに関わるのです。支援はスピード感が第一だと言えます。必要とあれば、生徒指導担当・管理職が入ってケース会議を持つこともあります。
ケース会議に関係諸機関の援助が必要と判断をすれば、管理職を通じて教育委員会、子ども家庭センター(児童相談所)と連絡をとります。そういうことを即決できるために、学校の主要メンバーで構成していたのです。不登校の子どもたちへの支援は、「待つ」ということが非常に大切なことなのですが、「待つ」ということは、じっとして何もしないのではなく、ちゃんと見守っている中で「待つ」のです。緊急事態の場合、関係諸機関とのケース会議のお膳立てもします。内容を精査し、要求と課題を明確にして教育委員会へもっていきます。児童相談所や教育委員会が多くの事案をかかえて多忙を極めているこの時代、学校が主導権を握り、関係諸機関との連携をつくっていく必要性を特に感じるのです。
不登校生支援の源は・・・
文部科学省研究開発学校の研究主任という重責を与えられたわたしですが、松原第七中学校の先生方には、ほんとうに助けていただいた感があります。不登校生への支援について言えば、先生方が子どもや保護者に関わる驚くべき多くの情報をお持ちだったということです。支援会議の時間は50分なのですが、その多くの時間は、報告の時間になります。一週間に1回の会議なので、学校の営業日は5日しかないのですが、担任や関わる教員を通じて得た情報を学年代表の先生が、ことこまかく報告をしてくれるのです。もちろん家庭事情も含めて、友人関係に至るまで、ひとりの不登校の子どもに関して、得ることができる可能な情報を複数の人たちから聴き取っていました。このような情報収集力こそが、関係諸機関をも動かす力になっていたのです。「よくぞここまで知っているなぁ!」と感動すら覚えるような情報収集力の源は、実は人間関係プログラムの授業に取り組んできたというところにありました。
その源のひとつめは、人間関係プログラムは、ファシリテーション・ワークショップ型の授業であるということです。最近、アクティブラーニングという概念が確立し、ファシリテーション・ワークショップの効用が謳われていますが、2003年頃から全国各地で部分的に取り組まれてきたガイダンス・カリキュラムが提起してきた授業手法なのです。長くガイダンス・カリキュラムに取り組んできた人たちにとっては「やっと来たか!」という感が強いのではないでしょうか。
ファシリテーション・ワークショップ型の授業には、必ず①インストラクション(ねらいの共有)、②エクササイズ(アクティビティ)、③ふりかえり&シェアリングというものが組み込まれています。「目的を立てて行動し、その行動をふりかえり、まわりの意見を聴いて、次の行動に生かす。」という人間の成長にとってあたりまえの事として必要なものが毎時間組み込まれているのです。しかし、残念なことにこれまでの教育課程の中では、あたりまえではありませんでした。
ふたつ目の源は、その授業内容にあります。おおまかに分類すると①エンカウンター(自己と他者とのこころの出会い、ふれあい)、②ストレスマネジメント、③アサーションです。わたしは、人間の成長の基礎になる力は、自己管理力と共感性だと思っています。この二つの力を欠いて、いくら知識やスキルを積んでも砂上の楼閣なのです。エンカウンターで共感性を養い、ストレスマネジメントで自己管理力を鍛えます。そして、「相手の気持ちを想像しながら主張する」というアサーションへと向かっていくのです。
つまり、人間関係プログラムを扱う学校の教員は、読んだり、聞いたり、見たり、体験する以上に「教える(ファシリテートする)」ことにより、子どもたちとともに大人の成長を成し遂げると言えます。まさに、現職当時のことをふりかえると、松原第七中学校は別世界でした。アサーションによって生み出される相乗効果が成果を生み出し、居心地の良い職場が形成されました。「訊いて聴く」という相談力がいかんなく発揮され、子どもたちに関わる情報が山のように積み上がっていくのです。わたしが座長を務めた5年間「モンスター」と呼ばれる保護者はひとりもいませんでした。「モンスター」などと呼ばれる人は、実は、学校がつくりだしているのです。
成長のプロセス
人間は、生まれてきたときには他者の力をもらわないといけない「依存的」な存在です。そして、大人からの愛情や他者からの支援を受けながら自立・自律できる「主体的」な人間へと育っていきます。これが、人間としての成長のプロセスなのです。主体的な人は、自分の行動による結果を、決して人や環境のせいにすることはありません。そして、自己を開示するともに、他者の話を最後まで聴くことができます。①否定したり、②遮ったり、③無視したり、④話題をすり替えたりすることはないのです。子どもは子どもであるということだけで、依存的です。子どもだけで生きてはいけないという事実をもってしても明らかです。不登校の子どもの多くは、子どもというだけで困難を抱えている上に、DVや虐待やモラハラによってこころへの侵入を受けています。つまり、こころの成長が止まっているのです。ですから、自己中心的な行動を連発してしまうことで、人間関係に難しさをかかえてしまいます。また、そんな自己中心的なこころを自己否定して「あるべき姿」を強いられた子どもは、ちょっとした引き金で赤ちゃん返りをしてしまうのです。
支援会議で不登校の子どもが「自分勝手だ」という愚痴をよく聴きました。その時、わたしは「不登校の子どもが自分勝手なのはあたりまえじゃないですか? 自分勝手じゃない子どもは不登校にはならないですよ。」とフィードバックを返すのです。今ある姿をそのまま「受け容れる」。大事なことですね。
2016.6 「月刊生徒指導」に寄稿
あいあいネットワークofHRS(http://www.aiainet-hrs.jp)深美隆司
【参考文献】
*松原第七中学校について
『子どもが先生が地域とともに元気になる人間関係学科の実践』 森田洋司監修 共同執筆
2013年 図書文化社
*いじめ・不登校のメカニズム、人間関係プログラムの理論について
『子どもと先生がともに育つ人間力向上の授業』 深美隆司著 序文 伊藤美奈子
2013年 図書文化社
*人間関係プログラム支援プラン集
『いじめ・不登校を防止する人間関係プログラム―アクティブラーニングで学校が劇的に変わる!』
深美隆司、松江市立第一中学校「こころ♡ほっとタイム」研究会 編著
2016年 学事出版
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