鼠喰いのひとりごと

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ホテル カクタス

2005-06-07 23:56:44 | 本(小説)

「ホテル カクタス」 
著/江國香織 画/佐々木敦子
集英社文庫 2004年

***

読んでホっとする本。
相性がいいのか、単純に肌に合うのか、
私にとって江國さんの文章は、水のようにさらさらとしていて、
読んだ後、すうっと自然に身体に馴染むような気がします。


さて、「ホテル カクタス」。
小説というよりも、大人のための童話です。
「ホテル カクタス」に住む、性格も生き方もまるで違う3人(?)の
さりげない日々の暮らしと友情の物語。
コラボレーションした画家さん、佐々木敦子さんの
穏やかな色彩の絵も綺麗に嵌っていて素敵でした。

3人(?)
今、このクエスチョンマークは何? と思ったかたは鋭い。
童話だと言ったのにも理由がありまして、実は、登場人物は
「帽子」と「きゅうり」と「数字の2」なのです。
比喩でも、あだ名でもありません。
そのまんま、「帽子」は頭に被るやつ、「きゅうり」は野菜、「数字の2」は数字。
…ビジュアル想像しずらぁぁぁ(笑)

しかも、彼らのその姿は、そのまま彼らの性格を暗示しており、
「帽子」はくたびれた世捨て人、「きゅうり」は性根の真っ直ぐなスポーツマン、「数字の2」は几帳面で神経質といった、思わず「そうそう、そうじゃなくちゃね!」と頷いてしまうような、百万馬力の説得力でこちらに迫ってくるのです。

3人はふとしたことで知り合い、互いの部屋へ遊びにいくようになり、たくさんの楽しい時間を過ごした後また別れていくのですが、それらがまた江國さんの魅力的な文体で淡々と語られていて、とても優しい。

さらさらと、水が流れるように、作中の時間は静かに流れていきます。
ごく自然に出会いと別れを受け止めて、三人もまた自分の人生に戻っていきます。
全く性格も嗜好も違う三人、本来なら友人にはならなかっただろう三人は、
「ホテル カクタス」という名の場所を接点にして、しばし、人生の道連れとなるのです。

この本を読んで、一番に思ったのは、なんだか下宿とか、部活とか、学校生活みたいだな、
ということでした。
普段…特に大人になると、自分と全く嗜好の違う人間と付き合うことは稀です。
嗜好の同じ人間のほうがそもそも一緒にいて楽ですからね。
違う趣味の人間とは、自然と疎遠になっていく。

ただ、毎日のように有無をいわさず顔を会わせる関係から、
思いがけない絆が生まれるということもあるわけで。

学校や会社で、全然付き合いの無い人間と、ある日たまたま何かで一緒になったら、
案外いい感じのひとだった、とか。
自分と全然違う見解がまた新鮮に感じてしまうとか(笑)
これは、そんな感じのお話です。

とはいえ、感性が違うもの同士が付き合っていくには、コツがありますね。
この本でとても感心したのは、3人の距離の取り方のうまさ。
互いの言うことや主張をまず認め、それでいて、自分の感性も大切にするという、
自立したオトナ同士のスタンスが印象的でした。

中の一節に、妙な固定観念に囚われて抜け出せない「数字の2」を他の二人が
変わっていると思う場面があるのですが、結局二人はそれには何も言わず、
ただ帽子が「人にはそれぞれ事情があるな」と呟くシーンがあります。

「数字の2」の妙な拘りを、意見したり正したりすることなくありのまま受け止めて、
「それぞれ事情があるな」と纏めるあたりがとっても上手い。
そのほかのシーンにも、随所にこの、出すぎたところの無い思いやりや、
言葉にならない優しさが溢れていて、物凄く癒されますー。

他人の価値観や生き方を、ただ認め、受け止める、ということ。
簡単そうで難しい。
だって、自分と正反対の生き方の人間が傍目に幸せそうだったら、
それだけで自分の生きかたを否定されたような気持ちになることもあるでしょう。
訳もなく相手の粗探しをしてみたり、あれじゃダメよ、と無理矢理否定してみたり。
自分を顧みても、こういうのは、案外無意識でやってるだけに始末が悪いのですよね。

いつか、作中の3人(?)のような、包容力のある人間になれるといいのだけど。

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