鼠喰いのひとりごと

DL系フリーゲームや本や映画などの感想を徒然に

「"It"(それ)と呼ばれた子」

2006-09-27 14:31:16 | 本(小説)

「"It"(それ)と呼ばれた子」
デイヴ・ベルザー著 田栗美奈子訳

***

完結編を読もうと図書館に行ったら、貸出記録無いのに、本が行方不明でした(汗)
誰だ。こっそり我が物にしたヤツは。
というわけで、いまだに完結編を読んでいません。
幼年期と、それに続くロスト・ボーイだけ。
それだけでレビューを書くのはいささか乱暴かもしれませんが…
この先読む機会があるかわからないしね。
一応、今のところの感想を。

んー、とりあえず『幼年期』は、延々と続く虐待の描写が飽きる。
そして助けられたと思えば、今度は別の罠があったりして、
殆ど『実録、世にも不幸せな物語』って感じ。
実家から救い出されて、里親制度の中を偏見と戦いながら生きていく、
青年期編のほうが、そっちよりも多少はマシかな。
こういう実話な本で、こんなこと書くと鬼でしょうかね?(笑)

だってねぇ。この本は、虐待された本人が書いていることもあって、
とにかく、終始視点が虐待される側。
だから、いかに不条理な酷い虐待を受けたかはよくわかるけれど、
何故、母親がそんな行動に走ったかがわからない。
兄弟が他に3人…兄、弟、虐待が始まってから生まれた赤ん坊といる中で、
何故、彼でなければならなかったのか。
そこが知りたいなぁ、と読みつつ、ふつふつと思うわけです。

そこらへんが全く見えないから、結局、周囲の人間は全て鬼で、
世間は自分を陥れようとする罠に満ちていて、法は救いにならず、
真の正義は、決して表に表れない…神も悪魔もありゃしない。
それが、当時の彼から見た『世界』であったことは疑わないけれど…
これだと、彼の意識でフィルタリングされた状況しかわからんわな。

ついでに言えば、シリーズ通して、いろんな出来事が時系列に書かれている
わけじゃないので、数冊読むとどれがいつの時期の出来事か混乱する。
あと、同じような時期のものでも、考え方や性格において、
全く違う書き方をなされている部分があって、一貫性が無いような…
あ、いや、嘘ついてるって言ってるんじゃないヨ。
ただ、印象として、文章書きなれてない人間が一生懸命、
その時に思いつくまま感じるまま、たくさん書いた、ってイメージ。


作中で書かれる、母親の有様ははっきり言って異常でしたね。
彼の中で、優しかったころの母親は、そらもー素晴らしいまでの完璧ぶりで…
綺麗好きで、いつもきちんとした格好をしていて、料理も素晴らしく、
子供の教育も忘れない。常にパーフェクトを目指している母親…っていうのは、
私には、それだけで相当無理がかかっているようにも思うのですが(汗)
これじゃあ、神経症にもなろうってもんだと思いましたよ(汗)

それが、ある時から徐々に変貌し、その執拗な攻撃は三人兄弟の真ん中に
集中していく。
この豹変振りは、同じ紙の裏表みたいで、あんまり意外には感じなかったな…
…っていうかね、思い込みの強い人が、今までと真逆な方向に
突っ走っただけなんじゃないかと!

本の記述を信用するなら、母親の目指す「完璧」は、
全て『他人の目から見た』ものに感じます。
掃除を完璧にこなすのも、外に出る時、綺麗な服と化粧で武装することも、
各種イベントを、工夫を凝らして楽しく計画することも…
他人のためではなく、自分のために、良き母を演じていたんじゃないのかなぁ。
最後まで彼女が見つめていたのは、夫でも子供でもなく、
自分ひとり、だったように思う。


海外では、この本は嘘に固められたものである、という話もあるようですよ。
ていうかデジャブ。ビリー・ミリガンのときもそうだった(笑)
後からあれは嘘だヤラセだここは間違いだって裁判になってさ。

実在の人物の虐待を描けば、そこには実在の加害者がいるわけで、
周囲にはそれを知ってて知らんふりしたり、
関わるのが嫌で見ないふりした人間もいるわけで、
それぞれに、自分なりの言い分も視点もあるのだろうから、
まぁ、いろいろ文句も言いたくなるだろうな、と。
しかも、この本は…自分で自分のことを書いている分、
嘘のつもりはなくても、多分いろいろあるでしょうしね。
人は無意識に、自分に良いように物事を見るものだから。

そうそう、彼の弟も、兄が家を出た後自分が虐待されたことを、
本にして出してるみたいですよ。
…どうも、この兄弟の出版形態は気に入らないな。
いかにも売りたい目的がほの見えて。


ただ、彼が虐待を生き抜いて、新たな犯罪者になることもなく、
今現在幸せな家庭を築いて、自分の子を愛し暮らしている、その事実には、
素直に拍手。
彼の存在は、同じような境遇の子供たちに、生きる希望を与えてくれる。
この本に価値があるとしたら、多分、そこだろうかな~


「四季 春・夏・秋・冬」 森博嗣

2006-09-15 17:35:11 | 本(小説)

「四季 春・夏・秋・冬」 森博嗣
講談社 新書 4冊組 
2004年
 

***

ううむ。これは…。コメントしずらいです。
一番強く感じたのは…
『森さん、すごく四季女史が好きなんですね?』
…ってことかな…

もともと理系がジンマシン出るほど苦手な私では、
物語を全篇通して埋め尽くす論理・論理・論理が半分も理解できません。
そのため、ツッコミ入れようったって入れられない(笑)
あー…そう、そういうもんなのね? この世界では。と、
丸呑みして納得するしかないカンジ。

んー…さほどねぇ。
マジックの種明かしを見たくないのと同じ理由で、
四季女史の今までや、内面とかは見たくなかった気がするな。

===

物心つくころから天才と謳われ、14歳には天才科学者の名を欲しいままにした真賀田四季。
14歳で実の両親を殺害して研究所に監禁され、
29歳の夏に、自らの血を分けた娘を殺害してそこから逃走した彼女に纏わる
出来事や事件を、春夏秋冬に分けられた、四編の物語が明らかにする。
真に望むものは何か。その頭脳の行き着く先はどこなのか。

===

『秋』には犀川と萌絵が出てくると聞いてちょっと期待したんですが、
それもあくまでゲスト的な扱いで『虚空の逆マトリクス』のオマケという感じ。
とりあえず、森さんの持っているいくつかのシリーズの中でも有名な、
S&MシリーズとVシリーズ、それからSF作品の「女王の百年密室」とも繋がる、
いわば森ワールドのクロスポイント的な物語。
一見別世界だったそれらを繋ぐのが、最高位に君臨する女神・四季という位置関係。

シリーズ同士を繋ぐことに腐心するあまり、物語としてはチョト物足りないかも。
どちらかというと、森ワールド愛好家に対するファンサービスというか…、
んー……おまけ…? 的な感じを受ける。
だから、ちゃんと全シリーズ知らない人には、よく判らない部分があると思うよ。
森作品を知らない人が始めて読むには不適格。
そういう意味では、読者に不親切なつくりとも言えるかな。

森博嗣が好きなひとには、別シリーズのキャラが繋がる感じが面白いかも。


「花まんま」 朱川湊人

2006-09-15 16:48:19 | 本(小説)

「花まんま」 朱川湊人
 2005年 文藝春秋

***

やっと読んだよ直木賞!
で、中身はですね…「死をテーマにしたちょっといい話・第三弾」て感じ。

というか、これは…物語がどうこうというより、舞台設定勝ちじゃないのかなぁ。
1960年代大阪・下町を舞台にした6話の物語は、全て子供の目線で語られ、
程よくリアルな現実に入り混じった幻想世界を作り出しています。
パワフルでごちゃごちゃした感じの郷土色に、登場人物たちの関西弁が
なんともいえな~い独特の世界。

これと同じ話を、どっかの田舎町を舞台にして、標準語で書いていたら、
これほどに騒がれなかったかもしれない。

===

主人公、俊樹の妹フミ子は、4歳のある日高熱を出して寝込んでから、
がらりと雰囲気を変えてしまった。
妙に大人びて、自分を譲らなくなったフミ子に、家族…特に、兄の俊樹は振り回される。

やがて小学校にあがったフミ子は、一人で家を出て行方をくらまし、
遠く離れた京都駅で保護されるという事件を起こした。
理由を尋ねる俊樹に、フミ子は思いがけないことを打ち明けはじめる。
実は、自分は以前死んだ繁田喜代美という女性の生まれ変わりだというのだ。
そして今回、電車に乗って、その女性の住んでいた家を訪ねてみるつもりだったのだという。

そんなことはとても信じられない、と半信半疑の俊樹だったが、
数ヵ月後、フミ子に『一生のお願い』として、
繁田喜代美の家へ連れて行って欲しいと言われ、
しぶしぶそれを引き受けることになる。

繁田喜代美の生きた彦根の町で、7歳のフミ子は懐かしげに、
中学の時の思い出や、昔の同級生について語る。
そして、偶然行き合わせた店で、不自然に骨と皮になった老人と出合った時、
フミ子は言った。『あれは、お父ちゃんや』

(花まんま)

===

雰囲気は、坂東真砂子とか、岩井志麻子とか、高橋克彦の記憶シリーズとか、
そのへんの、時代が少し古くてちょっと不思議な話…と同じ系列。
ちょっと感動とお笑いの要素も入って、ホラー風味『一杯のかけそば』って感じも。
怖いの嫌いでも大丈夫(笑) グロくないから!

しかし、最初と最後に差別ものの『トカビの夜』と『凍蝶』を持ってきていて、
どう考えたってこの構成は、そこらへんのテーマがメインだろうと思わせるのに…
力の入り方も、どう見ても他の作品と違うように感じるのに、
タイトルも受賞作も『花まんま』なんだよね。
こういうテーマって選考に影響するのかな?


「夏の庭」 湯本 香樹実

2006-08-31 14:54:27 | 本(小説)


「夏の庭」 湯本 香樹実
 新潮文庫 1994年


「死をテーマにしたちょっといい物語」第二弾(もういいって)

「中学生はこれを読め!」という書店の煽り文句につられて、
中学生でもないのに買ってしまいましたよ(笑)
(私の地元では、今夏、書店でこういうフェアがあったのだ!)

なんというか、人にはそれぞれ泣き所というか弱点というか、
無条件に吸い寄せられてしまう種類のものがあるモノですが、
私にとってそれは夏であり子供であったりする…のは、もう皆知ってるよね(汗)
その上、テーマに「死」など持ってこられるとねぇ、
もう気分は灯りに吸い寄せられる蛾の如し。
そんなわけで、私にとってはこれ、損の無い本でありました。

内容は、確かに中学生が読むのに相応しい、健全志向。
よく昔、小学生のとき、夏休みに読書感想文コンクールあったでしょ。
あれの推奨本にもなりそうな雰囲気って言ったらわかる?

===

死んだ人間を見てみたい。
そんな理由から、近所の老人を見張ることになった小学生の3人組。
しかし、物陰から眺め続けるうち、彼らは不思議な親近感を老人に感じ、
食べるものを心配し、何げなくごみを片付けていく中で、
老人もまた、子供たちをすこしづつ受け入れはじめる。

水を撒き、草をむしり、花の種を撒き、
一緒に縁側に座ってスイカを食べながら、
老人の昔話を聞き、また、老人も子供たちの話を黙って聞く。
家庭に問題を抱える3人の子供たちは、老人とのかかわりの中で、
それぞれに、何かを掴んでゆくのだった。

そして、その夏の終わりに、別れはやってくる。

===

どうやら1994年に映画化もしたらしいのですが、
小説のほうのレビューが多かったのにくらべ、映画の情報はいまひとつ。
出来が悪かったのか、話題がないですねぇ…レンタルビデオあるのかなぁ。
原作の雰囲気はいいんだけどな。
でも、映画よりは、NHK教育の道徳ドラマのほうが向いてる感じはするかな。

この本の何がいいって、最後の章にある一文がとっても爽快で好きです。
「オレ、もう一人でトイレ行けるんだ。こわくないんだ。
だってオレたち、あの世に知り合いがいるんだ。それってすごい心強くないか!」

きっと、この子供たちはこれから先、死を否定的なものとは捉えない。
人生で一番最初に出会う死の形が、こんな素敵なものであったなんて、
最高にラッキーなことだと思う。

というか、多分、もともと日本人の持っているお盆とか彼岸とかいう死生観は、
こんなイメージだったのだろうな、と感じます。
死者は決しておどろおどろしいものではなくて、自分を見守る、身近な誰かであるということ。
見えないところに、ちゃんと自分の味方がいる、という安心感。
んー、なんか、うまく表現できないな。
でも、迎え火も、キュウリやナスの牛馬も、そう考えるとなんか素敵な習慣だよね。


内心、彼らがちょっと羨ましい。



「屍鬼」 小野不由美

2006-08-29 03:40:32 | 本(小説)

「屍鬼」 小野不由美
新潮社 1998年
2002年 文庫化

***

前回のブログの後、改めて読み込んで、なんと人物相関図まで
作ってしまいましたとですよ(笑)
舞台が田舎の村ということで、同じ苗字の親族が一杯出てくるものだからー。
同じ人間が、屋号やら職業やら誰の息子だとやら、
全然違う呼び名で繰り返し登場したりするので、
今回二周目を読んではじめて
「おお、ここのコイツとこっちのコイツは同一人物か」なんて
新たな発見があったりするわけです。
(どっちにしてもマニアな読み方ではあるかもしれない)

書き抜いた登場人物名は、なんと総勢165名。
もちろん、村人の噂話で出てくるチョイ役もあるんですが、
これだけの人数に固有名詞をわりふって、それぞれの生活を作り出した
実力はさすが。
冒頭の、村の立地状況の描写に始まり、日本の田舎の閉塞感というか
怖いくらいの団結っぷりをとてもリアルに描いています。
つか、この人『世界』を立ち上げるのが本当にうまいなー。

===

11月8日、溝辺町北西部の集落で火災が発生した。
折からの乾燥と、初期動作の遅れのため、被害は拡大。
火元である集落…外場村は、周囲の山林を巻き込み、完全に焼け落ちる。
だが、それはひとつの結果にすぎなかった。
その数ヶ月前…7月の終わりに、すでに悲劇の幕はあがっていたのだ。

外からやってきた『余所者』の一家、原因不明の死の病、広がる不安と違和感。
人口1300に満たない、小さくも平和な寒村に、少しづつ何かが入り混じり、
その姿を変容させていく。
「起き上がり」と呼ばれる、蘇る死者たちの背後にいるものは、神か、悪魔か。
果たして、最後に残るのは人間か、屍鬼か。

===

冒頭に、『ジェルサレム・ロットに捧げる』の一文があるとおり、
これはスティーブン・キングの「呪われた町」のオマージュかと思われます。
それにちょっと、アン・ライスの「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」
入ってるカンジ。
呪われた町も、吸血鬼がある田舎村に引っ越してきて、
どんどん村人を襲っていく話ですし、ラストも似てると思った。
呪われた町を事前に読んでいるひとは、ああこれは…と思うんじゃないかな。
ただこの作品は『わぁ似てる』で済まないだけの重みというか、
ボリュームというか、とにかく迫力がありました。
単に設定貰ったよってだけじゃない、本当に、それを芯にして
自分だけの世界…『外場村』という場を作り上げてしまっているのです。

もうね、異常なくらいの過設定ですよ(笑)
絶対、作品にしていないところまで、一人一人の性格とかエピソードを
全部作ってると思う。
小説を読み慣れない人だと、多分、次々出てくる名前の渦に混乱してしまうかも。
閉鎖的な村だけあって、同じような苗字多いし。

そんな調子で、ハードカバー上下巻のうち上巻は、
かなり和製スティーブン・キング風なんですが、
下巻になるとガラリと感じが変わります。
何故なら…そこから今度は、メインの視点が吸血鬼…「屍鬼」側に傾くから。
この辺りから、物語はホラーというより悲哀の色を濃くしていきます。

同じ作者の「黒祠の島」でも思ったのですけど、このひと…
「人間以外のものの常識」からものを見る話が好きなんですね。
考えてみれば、十二国記シリーズも、既存の常識のあてはまらない世界ですし。
その『場』に漂う、見えない空気のような常識感をつくりだすのが上手いから、
作り出す世界にも説得力があるのかな。たぶん。

ちなみに「黒祠の島」は、やはり離島の閉鎖的な村を舞台に起こる惨劇の話です。
殺し方はグロいんだけど、そこがメインの話じゃないんで(笑)
横溝正史が読めれば多分大丈夫。推理小説なのかと思えばそうでもないような。
これもジャンル分けし難い作品でした。

さて、話を屍鬼に戻して。
物語の中で、重要な位置を占めている…主人公格の一人、
人間と屍鬼どちらにもつけない男、寺の若き副住職、静信の迷いは、
正直、途中でちょっとダレ気味。
小説家でもある彼の、執筆途中の作品を通じて、
隠された心理を解き明かすという試みはとても面白かったのだけど…

特に後半部分、私には、彼のその悩みに共感できなかったので。
『何いつまでも悩んでんの? 自分に酔ってるの?』て感じになっちゃって(笑)
『結局お前は見た目13歳の少女に惹かれているんだな? ロリコンめ』
とかさ(笑)

この物語、映画とかアニメにしても、けっこう面白そうなんだけどなー。
ただ、テーマが吸血鬼。そういうのって、メディア側の扱いが雑なんだよね。
キワもの扱いっていうか。
物語のボリュームも凄いし、映画だと入りきらない…
さりとて、連ドラは一般向け用に薄っぺらい話にされるだろうし、
やるとしたら、結局若いアイドルに声優やらせて、そこを一本ピンに立て、
後の人物は添え物として適当に、なんて、原型留めないようなトンデモナイ
ものにされてしまうかも。
着信アリだって、ドラマになったら『なんちゃってホラー』にされたし。
そう思うと…やっぱり小説のままがいいのかな。

「オカメインコに雨坊主」

2006-08-12 01:30:54 | 本(小説)

「オカメインコに雨坊主」 芦原すなお
文藝春秋 2000年

***

薄暗くてすずしい図書館の棚の間からこの本を引き抜いたのは、
別に何か動機があったわけじゃない。
強いて言えば、鳥スキーな私の目に「オカメインコ」の6文字が
飛び込んできたというだけだ。
でも、家に帰ってそのページを開いて、夕方ころに背表紙を閉じた時、
私はこの物語が、とても好きになっていた。

…なぁんてね。
「死をテーマにしたちょっといい物語」第一弾(笑)
内容はね、一人の男が田舎暮らしをする、というただそれだけのモノなんだけど。
なんか雰囲気が良くてねー。
だって、私にとってのどうにもヨワいキーワード、子供、夏、田舎が
揃い踏みなんだもんね。

ひとつ難を言えば、時代背景が古すぎること。
絶対これ50年代とか60年代とか…そのくらいの日本だと思うナァ。
しかも、いつの物語だと作中では書かれていないので、余計に読みながら
「アレ? なんか違うね」と躓くような気分になるのがちょっとね。

乗る列車が手動ドアだったり、旅館に芸者が来て騒いだり、
あと、通学する女の子の格好が凄い。オカッパ頭にランドセル、
片手に絵の具箱、片手に画板…
画板なんて、今、持って歩かないでしょ。
読んでから思わず「…古い本なの?」と奥付を見てしまった(笑)
図書館って、時々おっそろしく昔の本が並んでるから、それかなと。
そしたら出版は2000年。これは多分、著者自身がかなり年齢いってるんだな~

===
妻を亡くした画家の男が、電車に乗り間違ってたどり着いた田舎町。
帰りの電車もなく、宿もなく呆然としている時、
偶然チサノという小学生の少女に出会った彼は、その家に招かれることになる。
一晩過ごすだけのつもりだったその町は妙に居心地がよく、
なんとなしに彼は、間借りしていたチサノの家にそのまま居ついて
しまうのだった。

ゆったりと流れる時間、鷹揚として善良な人々、不思議な猫ミーコ、
昔溺れ死んだ少年である雨坊主、道に迷った主人公を助けに来るねえや。
この町では、人間とそうでないものとが、当然のように互いの存在を
認め合っていた。
===

全体にほのぼのした話が中心で、妙に婆さん臭い口をきくチサノをはじめとして、
登場人物たちが、それぞれいい味出してるんですよ~

特にアイルランド人の英語教師、ノートン・ホワイラーの、
カタコトの日本語で語られる言葉の数々は、とても堅実でまっとうで、
当たり前すぎて誰も口にしない言葉であるがゆえに、なんとなく心を打つものが。

雨坊主が昔、溺れ死んだ子供の幽霊だという話を聞いて、
『それはいけません。それは正しいことではありません』
(本がもう手元に無いのでウロ覚え)
と顔を顰めて言うシーンとか、
自分の親戚が亡くなったことを、虫の知らせで感じ取り、
死は決して無駄なものでは無いのだと自分の考えを説いた後で、
『でも、それでも私は、もう彼がいないということが、本当に悲しいのです』
と感情をポロリと漏らしてみたり、
当たり前のことを、わざわざ真面目に口にできるというまっすぐさが好感持てる。

これにハマって、芦原すなおさんの本を数冊読んでみたのですが、
他のものもそれぞれ時代が古く、あんまりピンときませんでした。
(大学の内ゲバ時代や、60年代ロックの話じゃねぇ)
この本も、時代設定が古いので若い世代のひとにはちょっと
奇異に感じる部分があるかも。

「優しい密室」

2006-08-07 13:10:07 | 本(小説)

「優しい密室」 栗本薫
講談社文庫 1983年

***

最近ブログを渡り歩いていて、ふと目にとまったひとつのブログ。
ネット上ではありふれた、ごく普通の女子高生…なんだけど、
なんとなく気になって、ちょくちょく覗いておりまする。

地元の進学校に通い、絵を描くのが好きで、
できればそれで将来身を立てたいと願っていて、
同じクラスのヲタクたちと同類に見られるのを嫌がり、
彼氏は無く、親や教師に対して反感と嫌悪のないまぜになった感情を抱き、
自分の容姿に自信が無く、それなのに周囲からは可愛いと言われることに
妙な警戒感を持っていて、すごく理にかなった言葉をつむぐ一方で、
自分を認めてくれない周囲に公然と不満を漏らし、
なりたい自分と、現実の自分のギャップに混乱し続けている…彼女。

なんか読んでて、あーー、わかるわ! という気分になる(笑)
そうそう! この年頃ってこんな感じ! みたいな…
一生懸命頑張っているんだけど、やはりどこかがイマイチ甘くて、
でも、それを自分でどうしていいのかわかんないー、て感じがね。

少し前に、古本屋でみつけた「優しい密室」(栗本薫、講談社文庫)
は、まさしくこんな感じの女子高生が主人公。
私がこれを読んだのは高校時代で、しかも同じような女子高紛いの環境であったので、
この本には本当に共感を覚え…そして、作中の伊集院大介の言葉に救われた。

最近の栗本薫氏は、ジェンダーの絡んだ愛憎関係の物語中心だけど、
昔はもちょっとサワヤカ系なお話も書いてたんだわ(笑)

===
名門女子高に通うカオルは、小説家志望の女の子。
退屈な日常をもてあます彼女の前に、ある日、
教育実習でやってきた不思議な教師、伊集院大介があらわれる。
女ばかりの場所に突然やってきた「異性」の存在に、生徒たちが浮き足立つ中、
校内にある体育用具室で、チンピラの他殺死体が発見される。
カオルは、それを自分の力で解決しようと決心するが…
===

なにしろ古いですからねぇ。
今では死後になっちゃった言葉も多いですよ。
妊娠をD、中絶をIと言ったり、スケバン、なんて言葉は今でも使うのでしょうか?(汗)
多分、私と同じくらいの世代の人なら、多分わかると思うんだけど(笑)
で、推理やトリック自体は、さほど凄いものじゃない。
この話の魅力は、まさに伊集院大介が、森カオルに語る言葉の数々だと思う。

「あなたは、何だか、かわいそうですね。
あなたは、あなたのいまいる年齢とぜんぜんあっていないんだね。
でも、そういうのって一時的なものだから…そんな気がするな。
いまに、あなた自身と、あなたのまわりが、ピントがあうからね。
きっとそうなるよ」

作中のこの言葉を心の中でつぶやきつつ、私は今日も彼女のブログを訪れる。

なんか全然レビューじゃないな… やっぱり不調(汗)

「失はれる物語」乙一

2006-08-02 01:07:55 | 本(小説)

「失はれる物語」 乙一
角川文庫 2006年

***

最近お気に入りの乙一さんの傑作短編集です。
他の本に出ていた短編の再録が殆どですが、乙一ビギナーな私にとっては
読んだことのないものばかりで、とても良かった~

内容はね、ホラー…では無い、と思う。
ああ、いやいや、轢死体とか幽霊とか出る話もあるんだけど、
全体的なムードは、全部切ない系&感動系なのよ。
ので、各話の主人公が大体皆、アウトロー気質で欝気味な点さえ許せるなら、
この本は万人にお勧めできます。
ことに「しあわせは子猫のかたち」は泣けるー。

著者については、黒乙一、白乙一なんて言葉があるそうで、
つまり、残酷ブラックものと、切なさ感動系の、両極端な話を書ける方なのですって。
幅広いジャンルを書き分けられるとのは、作者自身のキャパが広いってことかなと思っています。
んと、人間としての幅が広い、と言ってもいいかな。
私が読んだ乙一さんの本は決して多くないので、あまりエラソーに語れないのですが、
今まで読んだホラー系の物語も含め、この方の物語にはどこか「いたわり」がある。
残酷な中にもどこか見えない傷を癒そうとするかのような優しさがあって、
読後感がなんともいえず良い感じ。人柄かなぁ。

「陰摩羅鬼の瑕(おんもらきのきず) 」

2006-07-25 01:39:09 | 本(小説)

「陰摩羅鬼の瑕(おんもらきのきず) 」 京極夏彦
講談社ノベルス 2003年

***

やっと読んだよおんもらき!
ネットでの評判がみんなバッシング気味だったんで、あんまり期待しなかったのだけど…
うん、まあ…確かに物語の深みや意外性は無く平板。
京極を読みなれているひとなら、全体の三分の一読まないうちに、
犯人と事件の原因がわかると思うね。
そういう簡単な話でどうしてこんなに厚いのかって言ったら、
薀蓄の量がまた桁違いなのね。
読者が犯人の目星がついてる状態で、何故そんなことになってるのかという
説明&薀蓄がえんえんと…えんえんと…
これはね、本当にツラかった。ハイ。ごめんなさい。
途中部分を多少ナナメ読みしました。

===
白樺湖畔に立つ「鳥の城」と呼ばれる洋館。
関口は、探偵の榎木津に連れられて、何も知らされぬままそこを訪れ、
「伯爵」の5度目の結婚式に出席することとなる。
5度目の結婚式…そう、その家に嫁ぐ花嫁は、皆、結婚式の翌日に命を奪われているのだ。
無数の鳥の剥製に囲まれ、儒教思想に縛られてただ一人暮らす伯爵。
周囲から隔絶された異世界のような城の中で、再び事件は起こる。
===

他の作品は、薀蓄を読むことでいろんな謎や心理が腑に落ちてくる部分も
あるんですが、今回はちょっと無理があったような気が。
前作の「宴」が凄い大作でしたからね。ちょっと気が抜けたのかなぁ、
道具立ては、ちょっと乱歩や横溝を彷彿とさせるような猟奇性があって
面白かったんですがね。

ただ、一つ印象に残ったのは伯爵の「実体験を伴わないので理解できない」という設定。
これ、作中で使われている例は、あまりにも極端すぎますが、
今の世に生きる人間は多かれ少なかれ、誰しも「伯爵」と同じようになる
可能性があるんじゃないかと思いました。

以前のブログにも書きましたが、私はいまだに自分の近しい人間の死を知らない。
だから、その悲しみや、知人の誰か死ぬということを、多分本当には理解していない。
そうでなければ、死を娯楽として扱うホラーなんか好きなわけないけどね(笑)

同じように、今の、平和に護られ決まりきった道を歩かされている子供たちは、
昔と比べて様々な『経験』が欠けているはず。
そして、テレビやネットで表面的な知識だけは豊富に垂れ流されていますから、
そういった「情報」から「理解したつもり」になっている事柄は、
とても大きいのじゃないかな。
…そしてそれが、思いやりの無さや人間性の欠如、という形で現れても
おかしくない…とも、思うんだな。

人が死んだら悲しむもの、と私は知識として知っています。
だから、アカの他人の葬式でも、ご愁傷さまです、と神妙な顔で言うわけですが、
そこに本当の共感はいまだに無い。
悲しむのが当然だから、悲しそうな振りをするだけです。

そんな感じで、今の人間たちの間では、恋愛や友情の面でも、
人を好きになるってこういうもの、こうしてこうしてこうするもの、
友人とはこうつきあうもの、こういう行動はこういう意味、
…なんて、知識だけのごっこ遊びが蔓延しているのではないか…
と、ちょっと怖い考えになってしまいました。

もっとも、私自身、それらを実体験として本当に知っているのか、
と言われると心もとない(汗)
この歳まで来ると、どれが知識からの思い込みで、どれが経験からの推測か、
なんて到底切り分けできません。

こればっかりは、そういう時代に生まれたのだ、と割り切って、
そのまま受け止めていくしか無いんだろうな…

「誰のための綾織」 飛鳥部勝則

2006-07-22 03:25:50 | 本(小説)

「誰のための綾織」 飛鳥部勝則
2005年 原書房

注:2005年11月に絶版回収。

***

最近、読書といえば、図書館で子鬼のために借りてくる「かいけつゾロリ」
ぐらいだった私ですが、先日ふと目にとまって、読んでみました。
以前の記事でもチラっと書きましたが、盗作…というか、アイデア盗用?があり、絶版回収となった作品です。
今を逃したらもう読めません(笑)

どーれどーれ。どんな風になってたのかなー? と見てみたのですが、
んんー、微妙な味わいですね。

盗用された「はみだしっ子」。名作ゆえ名前くらいは存じてますが、
全話通じて読んだことはなく、今回問題になった部分など目も通してません(笑)
んー。だって、私の世代のころでも既に絵柄が古く感じたし、内容が重かったんだもんよ。
そんなわけで、さほど気にならずに最後まで読めてしまいました。

むしろ読んで思ったのは「…この人、腹芸のできない人なのかな」ということ。
最初の部分の「飛鳥部」と編集者のやり取りの中で語られる、
『死体はそこにあったが見えていなかった、なんていうのが通用するならなんでもアリだ』
という趣旨の発言は、間違いなく実在の某先生を名指ししているようなものだし。
新潟地震のときの、救助や寄付についての批判めいた暴露話も、
あまりにも書いてる作者の姿が背後にスケスケで、ちょっと照れてしまう。
ついでにいえば、作中の中で自分の作品を引き合いに出すのも…(汗)
なんだかね、物語の世界を読むのではなく、作者の言いたいことを
ただ書き写してるだけのように感じてしまったんだな。作者の自己主張強いっていうか。

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物語は、とある作家と編集者の会話から始まる。
推理小説の定義と、読者の予想を裏切る「禁じ手」を越えた作品を語るうち、
彼らの話題は、作家の教え子が書いた作品「蛭女」へと移っていく。

誘拐され、無人島へ閉じ込められた少女たち。
彼女達は、その島で自分達の過去の罪と向き合わされ、
恐ろしい「蛭女」の復讐が始まった。
おりしも中越地震が起こり、その余震にさらされる中、
彼女達は一人、また一人と惨殺されていく。
果たして、蛭女の正体は誰なのか。

噛みあわない文章と奇妙な違和感。その理由こそが、事件のすべての真相を語る。

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盗用部分については、以前検証サイトで見たとき、何もこんなに丸写しにしなくても…
と思ったけど、今回読んでみて、何も全部セリフで伝えなくても…という気分がさらに追加。
あんな説明セリフでなくても、もっと伝えようがあったんじゃないかな。
そして、丸写しでさえなければ…ここまでの問題にはならなかっただろうに。
(まぁ、あれだけ類似箇所が多いと、わかる人にはわかるだろうけど)

さて、物語そのものは「砂漠の薔薇」という作品と通じる、女同士の愛の物語(汗)
ただ、彼が書く世界はいつも、普通の(?)百合モノと違って、
女の子達がやたらバイオレンス。

私は殆ど女子高みたいなところの出身なのですが、
確かにあの年齢の女生徒は、可愛いだけではないですよ。
同じ年頃の男の子がそうであるように、粗野で凶暴で動物的で、
爆発しそうな不満とエネルギーとを持て余している。
私の世代ではまだ、この作品の中に出てくるような酷いリンチめいた事件は
ありませんでしたが…そうですね、中学の時には、隣のクラスの苛められていた
女の子が、休み時間にトイレの水に頭を突っ込まれてた、なんて話はありましたっけ。
そんなことをして一体何が面白いのか、私には今も昔も理解できませんが、
だからといって彼女を助けようって気もなかったことは事実です。
集団の中で自分が泳いでいくだけで精一杯だったしさ。

もちろん、作中の彼女達は、飛鳥部さんの好みであろう理想化された容姿と
性格なんだけど(笑)そのバイオレンスさが妙にリアルっぽくってね。
さすがは美術教師。身近でいつも女子学生を見ているだけのことはある。
オンナの本性まるわかり。(なんてね、男子校の教師だったらどうしよう♪)

とりあえず、この作品と「砂漠の薔薇」をあわせて読むと、
作者は、美しいけど野獣っぽい、互いに傷つけ血を流し合う少女達(比喩ではなく)
っていうモチーフが基本的に好きなんだろうなぁ…と思わずにいられない。

物語の特殊な組み立て…物語の中で、登場人物の書いた小説を展開する、
という異例な手法については、いろいろ論議を呼んだようですが、
私はさほど気にならなかったな。
この人、ほかの作品も同じような反則だらけだし。

というか、最近の「ミステリ」ジャンルは、今までの推理・探偵小説とは
違ったものだと思ってます。
作中でも引き合いに出されている京○さんの作品にしても、
館シリーズの綾○さんにしても、アレを探偵小説とは…言わないんじゃないかと(汗)

この人の作品は「砂漠の薔薇」と「冬のスフィンクス」しか読んでません。
ですが、「砂漠の薔薇」は面白かったですよ。

1.百合ネタがへーき
2.美少女残酷モノがへーき

な方なら読めると思います。