住みたい習志野

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警視セクハラで賠償命令 元同僚女性が逆転勝訴。セクハラを行なった羽田賢一氏には関西で労働組合潰しの陣頭指揮をとった「前歴」

2023-09-09 12:48:51 | 人権、環境

警視セクハラで賠償命令 元同僚女性が逆転勝訴。過去にも「異常な」労働組合潰しの陣頭指揮をとった「前歴」のある人物

(東京新聞の記事より)

警視セクハラで賠償命令 元同僚女性が逆転勝訴:東京新聞 TOKYO Web

警察庁の女性職員が、滋賀県警から出向してきた羽田賢一警視にセクハラをされ精神的苦痛を受けたとして、羽田氏に550万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁は7日、請求を棄却した一審東京地裁判決を変更し、33万円の賠償を命じた。セクハラ行為と認定し、女性の抑うつ状態との因果関係も認めた。
 三角比呂裁判長は、2021年の一審判決が羽田氏の一部言動を「違法行為とまでは言えない」と判断したのに対し、職場で風俗店のサービス内容などに言及したことを不法行為と認定。「女性はかわいいとか、やさしいとかあるやん。それぞれの特長を生かして仕事もせな」といった発言も「性差別的な一定の価値観を押しつけた」と違法性を指摘した。
 滋賀県警によると、羽田氏は現在、生活安全部参事官。西島亨監察官は「個人間の訴訟のため、コメントする立場にない」とした。
 判決によると、羽田氏は14年3月、警察庁に出向。同僚だった女性が15年1月、性的な発言をされたとして上司に訴えた。警察庁は調査の結果、セクハラがあったとして17年3月、公務災害と認定した。
 
(日刊ゲンダイの記事より)
 
18年4月、女性警視は精神的苦痛を受けたとして羽田氏を相手取り、550万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こす。
 訴状などによると、女性警視は「職場の歓迎会が行われたカラオケ店で、羽田氏が下着を脱ぎ、尻を出して踊っていた」と主張している。
「女性警視はキャリアです。羽田氏は『ちゃん』付けで呼んだことは認めていますが、セクハラや性差別発言に関しては事実と異なるとして、争う姿勢です。セクハラを否定する警察庁の元同僚の陳述書も提出されていますし、法廷でも『そうした様子は見ていない』と証言しています」(司法記者)
 羽田氏は出向を終えて県警に帰任後、組織犯罪対策課暴力団犯罪捜査指導官を経て、組織犯罪対策課長に就任した。
「暴力団対策指導官として、反社会的勢力への対応について企業や団体を回り、講演や指導を行っていました。
 18年4月に組対課長就任後、早々に延べ89人を逮捕し、71人が起訴された『関西生コン事件』の陣頭指揮を執った。
 捜査対象が労働組合ということもあり、他府県警もなかなか摘発まで踏み切れなかったのですが、滋賀県警が先陣を切ったことから大阪府警や和歌山県警も後に続いた。

(羽田氏が陣頭指揮をとった「関西生コン事件」とはこんな事件)

竹信三恵子著「賃金破壊」が話題に。労働運動を<犯罪>にする国 - 住みたい習志野

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竹信三恵子著「賃金破壊」この本が新聞の書評などで話題になっています。(上野千鶴子さん、内田樹さん、浜矩子さん、松尾匡さんなどが推薦文を寄せています)(朝日新聞の...

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(17日には、映画会が予定されています)
9月17日(日)午後1時30分から
ここから
『関西生コン事件』と私たち
 上映会
「襲いかかる警察。つぎつぎに逮捕される組合員。ストライキやビラまきなど当たり前の労働組合活動が、日本ではいつから組織犯罪とされるようになったのか。無法地帯と化した生コン業界で、組合員という理由だけで仕事も奪われていく――。逮捕された組合員のべ 81 人、組合脱退者 500 人以上。
 
 戦後最大規模の組合弾圧事件=「関西生コン事件」は、仲間と家族を引き裂き、強さを誇った組合は壊滅的危機に陥った。だが、踏みとどまって、苦しみながら、もがきながら、ここから運動を立て直そうとする確かな胎動がある。関生支部の真実と現在を、ひとりの女性ドライバーを中心に描き出す」
 関西生コン労組は関西地方の生コン産業で働く労働者の労働組合で、2018年から未曽有の弾圧の渦中にあります。罪とされるものは何もありません。賃金引き上げを要求したストライキが「威力業務妨害」に、日々雇用労働者の正社員化要求が「強要」に、会社倒産に対して雇用補償の解決金を獲得した労働争議が「恐喝」とデッチあげられたのです。
 ドキュメンタリー映画「ここから『関西生コン事件』と私たち」(土屋トカチ監督)の上映会、ぜひ多くの方にこの映画を鑑賞していただけるようにお願い申し上げます。

日  時  2023 年 9 月 17 日(日)13:30(開場 13:00) 
場  所  千葉市生涯学習センター・小ホール(地下1階)
千葉市中央区弁天3―7―7


内  容    ①映画上映(74 分)②報告・発言など(終了予定  16:30)
上映料金      1人1200円 ※パンフレット(24  ページ)付 
主  催                    許すな弾圧!関西生コン労組を支援する千葉の会 
申し込み                    ちば合同労働組合:千葉市中央区要町2―8会館1階
(☎ 043-225-2207 union1@outlook.com)
 
 
 
 

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7日夜、習志野市の質店で強盗 男ら逃げる

2023-09-09 12:12:43 | 市情報

7日、東習志野の質店に強盗が押し入り、時計などを奪った上、店員に重傷を負わせて逃走したそうです

(ANNニュース)

 

 

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Narashino Geography 148  「百貨店」は絶滅危惧種

2023-09-09 01:13:58 | 地理学

「百貨店」は絶滅危惧種

 

西武・そごう労組が61年ぶりの百貨店ストライキ

8月31日に西武・そごう労組がストライキを行い、61年ぶりの百貨店でのストライキと大きな話題となっています。

(ANNニュース)

50年ほど前、ボクが高校、大学生の頃にはストライキというのは「春闘」の一環で、季節の風物詩でした。
特に交通ストライキで電車が止まると、学校も休校となるので、「楽しみ」でもありました。

(ANNニュース)


労使の賃上げ交渉では「50円」「100円」の賃上げ要求でスト突入という場合もありました。
今回のストライキは雇用保障を求めるもので、現在の雇用主にとっては交渉として厳しいのかもしれません。

企業は利益を追及するだけでなく、労働者や地域の福利にも貢献する責任がある

企業は単純に利益だけ追求すればよいものではなく、労働者や地域の福利にも貢献する責任があるといえます。かつての西武は、文化を担う心意気があり、それゆえに経営的に行き詰った面もあるかもしれません。

西武の「セゾン文化」

西武の「セゾン文化」に関しては、こんなネット記事があります。

パルコが生み出したカルチャーとはなんだったのか? 50年の歩み | CINRA

速水健朗の文化的東京案内。【渋谷篇②西武・セゾン文化と大人の街】|Pen Online

セゾン文化とは何? わかりやすく解説 Weblio辞書
「バブル時代」の記事における「セゾン文化」の解説

バブル期は、堤清二が率いるセゾングループが、セゾン文化と呼ばれる消費文化を牽引した。
当時、大人は西武で、若者はパルコで買い物をするのが一種のステイタスになっていた。
グループ内の西武百貨店やパルコのほかには、セゾン美術館、銀座セゾン劇場、パルコ劇場、ロフト、無印良品、アール・ヴィヴァンなどがあり、単にモノを売るだけではなく、文化やイメージを売るというスタイルは「イメージ戦略」と呼ばれ、当時は斬新とされた。
渋谷公園通りがオシャレで、この通りに近い西武やパルコは、当時の修学旅行生の観光地にもなっていた。 現在の六本木ヒルズメトロハットの場所には、CD・レコード専門店「WAVE」があり、コンテンポラリー・アートと音楽の店で、青山ブックセンターと並び称された「アール・ヴィヴァン」と共に、若者や文化人に定評があった。
シブヤ西武(後の西武渋谷店)SEED館には伝説のショップ「カプセル」を設置し、デビュー間もない川久保玲(コム・デ・ギャルソン)、山本寛斎、イッセイミヤケ、タケオキクチら、新進のデザイナーズブランドを展示した。
糸井重里の「じぶん、新発見。」「不思議大好き。」「おいしい生活。」などのキャッチコピーや、ハドソン川を内田裕也がスーツ姿で泳ぐバージョンなど、パルコの斬新なCMはしばしば話題になった。
また過剰なまでに消費が旺盛だったバブル期にあって、過剰な意味や装飾性を削ぎ落した無印良品はかえって新鮮だった。
バブル期のセゾン文化はラディカルなものではなく、首都圏では一般に浸透していた。
ただし「カプセル」がオープンしたのは1970年、糸井重里のキャッチコピーは19811983年、内田裕也のCM1985年で、いずれもバブル景気以前のことである。
石岡瑛子、長沢岳夫などを起用した、インパクトのあるイメージと挑発的なコピーのポスター・CMの多くも1970年代〜1980年代前半のものである。美術館、劇場、出版事業等も1970年代から手がけており、堤清二はセゾングループの文化戦略のピークは1975年〜1982年頃だと語っている。
そして無印良品も1980年に西友のプライベートブランドとして始まったもので、こちらもバブル景気以前のことである。
元は同じグループだった西武鉄道グループのプリンスホテルやスキーリゾート、そして「としまえん」のCMも脚光を浴びた。また西武鉄道・セゾングループのライバルだった東急グループでは東急ハンズが脚光を浴びた。

百貨店というビジネスモデルが成立しない時代

そもそも、百貨店というビジネスモデルが成立しない時代です。千葉県内には千葉そごう、船橋東武、柏高島屋の3店舗しかありません。駅前にはヨドバシカメラやビッグカメラ、ヤマダ電機という量販店が立地しています。

かつて、デパートは地域の中核として機能していた

新自由主義経済の徹底でさまざまなインフラが食いつぶされています。かつて、デパートは地域の中核として機能していました。単に物を買うのではなくデパートに行くということそのものがイベントでした。
良いものはデパートで購入する、デパートで購入したものは良いものというイメージがあり、デパートは大きな存在でした。
千葉市内には奈良屋(後の千葉三越)、扇屋、田畑(後の千葉パルコ)、サカモト、丸京などの大小の百貨店がありました。

(奈良屋、後の千葉三越)

(扇屋)

(田畑、後の千葉パルコ)

今では「千葉そごう」のみとなり、生鮮食品や買い回り品などの購入に不便しています。

習志野のショッピングセンターも次々に閉店

習志野市内には、もともと百貨店がなく、国鉄(現JR)津田沼駅北口にあったサンポーショッピングセンター(1967オープン、1978年閉店)、パルコや駅南口のダイエー、高島屋が買い物インフラでした。これらは、今では閉店してしまいました。(パルコは今年2月に閉店)

パルコ閉店。一日かぎりの「つだぬまパルコ駅」 - 住みたい習志野

(サンポーショッピングセンター:明里/Deepランドさんのツイッターより)

新京成線「新津田沼駅」近くのイトーヨーカドーやイオンは営業を続けています。

(津田沼駅の高島屋◆国鉄◆ダイエー イトーヨーカ堂)

地域の買い物インフラについて都市計画での位置づけが大切

スーパーも淘汰が進み気がついたら「買い物難民」となる可能性もあります。地域の買い物インフラについて都市計画での位置づけが大切と言えるでしょう。(近)

 

 

 

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