俺は女房という師匠のもとで、厚焼き卵の作り方を教わってきた。
ボールに卵を割って入れ、ミリン、砂糖、醤油を適当に加えてかき混ぜる。
ミリンや醤油などは計量スプーンを使わずにビンから適当にそそぐのだ。
俺はこの適当というのが、いまだに理解できない。
それから、四角いフライパンにそそいで焼くのだ。
このあいだ、スーパーでだし巻きを買って食べたらおいしかったので、俺はこれを作ることにした。
師匠はネットの動画だ。
まず、調味料を合わせる。
だし汁大さじ3、砂糖大さじ1、塩ふたつまみ、薄口醤油小さじ2分の1。
スプーンで量るところが、女房師匠の「適当」と違うところなのだ。
調味料を合わせた小鉢を大切にわきによせた。
次は卵を3個割る。
俺はネットで見た、片手で卵を割るのを真似してみたくなった。
片手で卵を持ち、ボールのふちにたたく。 それから指で卵のからを開くのだ。
俺は慎重に片手で卵を割ろうとしたら、卵がぐしゃっとつぶれて親指が中に突きささった。
割った卵の白身の中に、こまかいからが散らばっている。
からをさい箸でつまもうとしたが、なかなか出来ない。
スプーンですくおうとしても、小さなからは逃げていく。
俺はスプーンとさい箸で、はさみうちにして、からをつかまえた。
白身と黄身がよく混ざるように、さい箸でかき混ぜた。
これを四角いフライパンに流した。
3回に分けて、卵を巻いていく。
上手に出来たような気がした。
女房がおせっかいに来た
うまく卵を巻いて、上機嫌になっている俺に女房は尋ねた。
「小鉢に入っているのは何ですか?」
あれ! 卵にだしの調味料を入れるのを忘れていた。
どうしよう、だしなしのだし巻き卵なんて、まずいだろうなあ。
俺はだしの入っていないだし巻き卵に穴をたくさんあけた。
そして調味料を流したが、しみこまないのだ。
(穴をたくさんあけた)
それで、フライパンに戻して、この調味料で煮込んでみた。
汁がなくなるまで煮込んだ。
さて、出来たか。 俺は卵を包丁でふたつに切った。
黄身と白身が離れている。 卵がよくとけていないのだ。
食べてみた。
まずい。 だしの味がない。
煮込んだとき、だしが蒸発して中にしみこんでいなかったのだ。
俺はショックを受けた。
いつもは卵と調味料をいっしょにかきまぜたら、すぐフライパンに流す動作をしていた。
今回は最初に調味料を合わせおいてから、卵をとく。
それから、調味料を入れる。
俺は女房師匠から教わったように、最初から卵と調味料を合わせてかき混ぜたら、すぐにフライパンに流す動作を身につけていたのだ。
今回のネットの師匠は調味料を合わせておいてから、卵をとく。
それに調味料を加えるのだ。 順序が違うのだ。
俺は女房師匠から訓練されたように、卵をといてから、すぐフライパンに流すことを身体で覚えていた。
だから、つい、卵をかき混ぜたら調味料を入れないでフライパンに流したのだ。
俺は頭の切り替えが出来なくなり、手順を間違えたのだ。
なんだか悲しくなった。
俺は、「だしなしだし巻き卵」をモサモサと食べた。