俺は51歳のとき、ガンのため右腎臓を摘出した。
医務室に家内が呼ばれ、ガンは発病から5年も経っているし、野球のボールほど大きくなっているから、手術での生死の確率は五分五分と告げられたそうだ。
あれから26年経ったけれど、片方の腎臓で俺は生き延びている。
しかし、3年前、左腎臓の副腎に異常が見つかった。何か影があるとのこと。
小さな腫瘍のようだが、今は病気なのかどうかはっきり分からないという。
もし分かったとしても、残り一つの腎臓と副腎を処理するのは難しいことだろう。
高齢になるといろいろ障害が出てくるそうだ。
ドクターは言った。「3年経っても元気でしたら、また来てください」と。
俺は背筋がヒヤリとした。
俺はオウム返しに「3年経っても元気でしたら、また来ます」と言って診察室を出た。
あれから3年経った。病床に伏すことなく俺はまだ生きている。
同僚に比べて体力はグーンと衰えているが、元気さはチョットだけしか衰えていない。
俺は再びあの病院へ出かけた。
ドクターは替わっていた。俺は新ドクターへ挨拶をした。
「3年経っても、まだ元気なので来ました」と。
新ドクターは3年前の電子カルテを見ながら言った。「なるほど、そう書いてある」と。
俺はパソコンをのぞき見した。
電子カルテには患者の言葉として「3年経っても元気でしたら、また来ます」と記録されていた。
あのセリフはドクターの言葉をオウム返にし言ったのであるが、あのときのドクターが告げた言葉は書かれていない。
CTで腹部の検査をした。どこにも異常はなかった。
あの副腎の異常な影と伝えられたのは別の臓器の奇形だそうだ。
副腎に重なって見えたのだろう。これは病気ではないとのこと。
胃腸の内視鏡検査もした。ガンの転移検査で定期的に行ない、これまでにポリープを何度か取り除いてきた。
ただ一度だけ、ガン化した8ミリほどの大腸ポリープができていた以外は問題はなかった。
胃のポリープはピロリ菌を駆除した後はできていない。
今回の検査で大腸にポリープがあるものの、切除するほどのものではないとのこと。
3年間の心配は消えたが、検査の疲れが残った。
次の日、俺は元気を取り戻した。
さて、まだまだ生きられる。楽しいことを探そうか。
旅をしようか。ボランティアと称して他人のおせっかいをしようか。
それから、今度こそ、2度も食べ損じたピザを食べに行こう。