すぎな野原をあるいてゆけば

「おとのくに はるのうた工房」がある

クロボシトビハムシ

2020-08-14 09:41:41 | 短歌
    クロボシトビハムシ

coletoの芯を歌の途中で替えたのはだれにも届かなくていいこと
サンカンシオン、フランス語風につぶやいて手すりの虫を見に行きましょう
アスリートみたいな腿を鍵として虫の名前をつきとめるまで
     跳躍器の名を知る。
跳ぶための力をためてモーリック器官セピアに鎮まる日暮れ

(「未来」821号 2020.6月)




    恵解山古墳公園

できるだけ人から遠く樹にちかく古墳の丘をのぼってゆこう
石段をすこし離れてクマザサの斜面にけものみち(ひとのみち)
朝顔形埴輪は春の夕暮れの空にひらいたままでさびしい
蓋型埴輪の蓋にとまった虫をみるぼくを遠くでみているだれか
埴輪には夕陽のさしこむ窓がありアメリカフウロひっそり育つ

(「未来」822号 2020.7月)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

空の矢印

2020-08-14 09:41:03 | 短歌
    空の矢印

にせものの雪でも溶けてしまうからゆきむし、指でうけとめないで
やわらかいものだけ揺れる川べりのススキも水に映るススキも
橋のたもとの「左右注意」の看板の左右で冬を越すものたちよ
うつぶせの舟が乾いている浜をあるいてまるい石をあつめて
海岸地下道入口を指す矢印が空にふいっと浮かぶ冬晴れ

(「未来」818号 2020.3月)


     イセリアカイガラムシ

カーブミラー曇る奥から覗くのは来なかったかもしれない冬だ
帰りには撮ると決めてた虫はまだじっとしていて日の入りは五時
イセリアカイガラムシの犇めくこの枝はかろうじて萩、名札でわかる
クリームの筋まっしろなうちがわに孵ったものとまだ眠るもの
あといくつ ナンキンハゼの白い実をカラスはていねいに食べている


(「未来」819号 2020.4月)


   ルビーラテ

凶の無いおみくじたちを量産するラミネーターと栞職人
花の名で呼ばれる読書週間にぼくが行きたいのは水族館
締切の頃だけ座る椅子に来てただ空席の列をみている
ルビーラテのカップつめたくなってゆく 歌いたくないわけじゃない、けど
今日わからなくていいやと思うこと 甘いルビーといちごのちがい

(「未来」820号 2020.5月)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ハバチのかたち

2020-08-14 09:40:15 | 短歌
     ハバチのかたち


水は樹にもらったという 何ハバチかわからないけどハバチのこども
真夏日のイモムシいっぴきそのからだいっぱいぶんの水をたたえて
胸脚は祈るかたちに腹脚は抱くかたちに終わらない夏に
まるまるとつくられた虫をかわいいとかんじるようにつくられたヒト
試験管・シャーレそれぞれ歌を容れほんとはかたちなんてないのに

(「未来」815号 2019.12月)




     追いつめる

あふれだすアレチヌスビトハギ ぼくは歩道の端に追いつめられて
    困ったときは川邊透さんの「虫マトリックス」。
たてよこにみどりみどりとたどりますちいさいきみの名に届くまで
ハラビロヘリカメムシまたはホシハラビロヘリカメムシと追いつめてゆく
夕陽ならまぶたの裏に見るほうが赤いとわかる、電車で眠る

(「未来」816号 2020.1月)



   バスターミナル

十一月、ナンキンハゼの葉の赤も知らないうちに暗くなること
空は雲ごと鳥は群れごと冷えるのを見あげるだけのバスターミナル
四十雀の並べるドミノあぶないよあぶないよって伝える語順
     シジュウカラ語を、ほかの小鳥も聞きわけているのか。
口笛に意味はあるのと笑うから窓にはシジュウカラのさよなら

(「未来」817号 2020.2月)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

踏切の鐘

2020-08-14 09:39:45 | 短歌
      踏切の鐘

改札が地下になっても階段の風のつよさはかわらなかった
    阪急は「さいいんえき」京福は「さいえき」。
遮断機のない踏切のあしもとにかぼそいしるしならんでひかる
ゆうぐれにふらふらならばふらふらのままのよりみち嵐電ホーム
踏切の鐘がほんもの 消えるときやわらかな尾をくゎんと引いて
大輪の紫陽花おもく揺れながら一両だけで走るむらさき
夏至はまだもう少し先もっとさき線路は西へゆっくり伸びる



(「未来」812号 2019.9月)



     ササグモ/ハグロトンボ

八本の脚を曲げたら七月のちいさな檻になったササグモ
トゲチシャの蕾のそばでうごかない蜘蛛はなにかをかかえるかたち
あちこちにハグロトンボを匿って地面はもうすぐまっくらになる
今週の日照時間のすくなさを言えば足もとからまた蜻蛉
ハグロトンボの四枚の翅ひらひらと(影に追いつけない)ふるふると

(「未来」813号 2019.10月)




    ウシカメムシ

八月の日暮れのフェンス灰色ではじめてウシカメムシを見つけた
触角をひとつ失くした虫の背に乳白色の星、ふたつある
     翌日、 中崎町で川島逸郎昆虫画展。
わたくしはきのうこの子に会いました 硝子の奥に(遠くに)告げる
モノクロの標本画にはなにひとつ欠けていなくてこれは永遠


(「未来」814号 2019.11月)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

列車風

2020-08-14 09:39:16 | 短歌
     琵琶湖の深呼吸

みずうみも深呼吸していないのに春はなしくずしに来てしまう
なんだかんだ暖冬だったんだと風はざらざら撫でて過ぎるみずうみ
乗換のすくないルートは水色のマークだ 浅い眠りをはこぶ
まちがえて乗ってしまった湖西線経由で春へ、いいえ遠くへ
     
(「未来」809号 2019.6月)




     電車と文庫本

本を読むこどもたちしずかに揺れて電車は朝の水をよこぎる
     今年度は週二日阪急に乗る。
(無理な句跨りは禁止)シートには3/2/3の仕切りがあるね
ドアにもたれつばさ文庫の怪談を読む子よ、ひらくからきをつけて
ここからは新潮文庫の天としかわからないけどほほえむ少女
     前任校で四年育てた棚。
「火の鳥伝記文庫」の棚の春の陽にチンギス=ハンは背を曝される

(「未来」810号 2019.7月)



     列車風

長岡天神駅(ながてん)の鳩と目が合う階段の平行四辺形の窓枠
もぐりこむときに電車はひゅるひゅると地上の風をひきずってゆく
比叡おろしの仲間のようにかぞえられ西院駅の冬、列車風
危険です手すりにおつかまりくださいあなたも風の谷にゆきます
水無月になれば無くなる改札の風の出口はどうなりますか

(「未来」811号 2019.8月)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

はつゆきビューライン

2020-08-14 09:38:48 | 短歌
    LOOP

布団乾燥機でふとんをあたためるふたご座流星群極大日
中天に暈のかかった月だけはみました 動画は見ずに眠ろう
     ウィルタネン彗星はみどりいろだって。
彗星も包んでいるという雲の嘘、ずっとずっと遠いのに
駅前で唸りをやめた横腹にバスはLOOPの文字を灯して

(「未来」806号 2019.3月)


    はつゆきビューライン
   
ケーブルカーの濡れたガラスに貼りついて一枚の葉のいちにちの旅
誰ひとり乗らないときもロープウェイを動かす仕事があるということ
眼下には無数の木の葉うけとめたばかりの雪を空に捧げて
掬星台はつめたい白い結晶を掬うところだよってひかる手
     ブルーフィールド内視現象。
窓いっぱいの雪雲よりもあかるくてぼくの白血球のキラキラ
とおく来て標高七百メートルの自分の眼の中ばかりみていた
帰れなくなりそうな雪 ヤドリギと鳥のモビールまわりつづける

(「未来」807号 2019.4月)




     さよなら恵文社バンビオ店

ぎいと鳴く扉はどこへ行くのだろう 本棚たちは先に旅立つ
あの本屋さんももうすぐ閉まるってニュースいくつも流れて二月
空いてゆく棚のあちこち古書店の「乗っ取りフェア」はあかるい祭
      十五軒の古書店が参加したそうだ。
「とほん」さん攻めてる。ラノベ二段分のすきまを岩波文庫で埋めて
赤テープ枠の中からサラ・ファネリ『ちずのえほん』をえらんで帰る
ほぼ売れない歌集をそれでもしばらくは置いてもらっていた夏のこと
閉店イベント行けないからねひっそりとひとりでお別れのひとまわり
来週はもう無い店の如月の「ちいさなかがくのとも」三月号

(「未来」808号 2019.5月)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

セスジスズメ

2020-08-14 09:38:20 | 短歌
    試験管を立てる

信号機が視線を逸らす 暴風の翌朝おそるおそる走れば
「トトロの森」と呼ばれる場所はあちこちにありそうでいまここの倒木
     試験管になにかを「立てる」企画に参加する。
いっぽんでもにんじん七本ならもう森とまっすぐ立ててゆく試験管
メイド・イン・インドネシアであることは歌を沈めたあとで気づいた
コルク栓の隙間くらいの風通しだったらここにあるから来てね

(「未来」803号 2018.12月)



    セスジスズメ

摂氏二十九度の風にとまどって金木犀の香りはしずむ
大小のイモムシ二頭それぞれに尾角いっぽんずつ尖らせて
   あとで名前を知るために。
背中には並んだ赤い月たちと銀河 模様をおぼえて帰る
この虫はとおい星から見る空のようだゆっくり動くところも

(「未来」804号 2019.1月)

    バルサの粉

スペースを貸してください 夕暮れのバルサの粉を光らせにきた
文化祭の匂いがすこしただよってホームセンター階下の灯り 
コーナンのセルフ工房(←十字分)じぶんの文字を自分で切るよ
結社誌十一月号の詠草に暑がっているなかまをさがす
水月湖をゆめみるこころ降りつもる粉を箒であつめるときに

(「未来」805号 2019.2月)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

はしっこすみっこ

2020-08-14 09:37:49 | 短歌
     はしっこすみっこ

つよく髪を吹かれて遠い台風のつまずきそうなはしっこに立つ
八時二十一分発に、ちょっと待ってノウゼンカズラもう咲いている
風通しが良すぎることしのクスノキに青鷺の首いくつも伸びて
ユリノキの花に間に合う途中下車でしたハリエンジュは影でした
「はしっこ」と辞書を引いたらすみっことはしっぽが現れて尾を振る

(「未来」800号 2018.9月)



     キジバトの匂い

葦原は三日つづいた増水をさわさわさわすれておきあがる
あたらしい眼鏡で赤い月をみる 動いていないような三日月
水出しのコーヒー紅く透きとおりこれがキジバトの匂いですって
ひこばえのみどりぎらぎらクチナシの伐られたあとはもう夜の底
クマゼミのあつまるケヤキ鳴いていないときもおそらく集まったまま

(「未来」801号 2018.10月)



      猛暑見舞

うしうしうしもう牛蝉と呼んだっていいよ鳴き止まない朝の声
ロッカーに置く黒日傘わたくしの代わりに受けてくれた熱ごと
キリンレモン選んだ指に返されるコインがふたつ芯まで熱い
危険な暑さと繰り返されてアベリアにオオスカシバの来ない公園
熱帯夜来るかくるかと見あげればひょろりと長い三日月がいる

(「未来」802号 2018.11月)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

バラ園ゆきのバス

2020-08-14 09:37:25 | 短歌
        サンシュユ咲いて

みかん色の蓋を外せば冷めかけたペットボトルはすこしふくらむ
サンシュユの花をくぐってこの道の春はどこまでゆくのか未定
この先は団地へつづく石段を木の影はななめに降りてくる
蝋梅の、ミモザそれから山茱萸の、黄色がきえたあとのカタバミ
花粉光環見えそうな日のキッチンのマッシュポテトにうかぶきらきら

(「未来」797号 2018.6月)


     バラ園ゆきのバス

おととしのレンゲ祭の場所がもうわからないんだ車窓が曇る
この街のバスに前から乗り込んで四月、バラ園、いつまでも遠い
「アイタタタ」と始まる車内放送に地元のひとはびっくりしない
自転車用レーンの青が伸びてゆくまだまだしばらくはまっすぐに
     春休み、館長さんも学芸員さんも忙しそうだったので。
さっき外のレッドロビンにいたやつの正体はじぶんでしらべよう
    チョウ温室のオオゴマダラ。
だれも見ていなくていいよ王冠に飾られたまま羽化する蛹
雲のふちさざなみになり地上では風速二メートル、北の風
まぎれもない春のゆうがた一時間あるいて耳はつめたくなった


(「未来」798号 2018.7月)



     二〇一八年のクスノキ

リセットリセットせっぱつまってクスノキは病葉を落とす、手放す、捨てる
    関西のクスノキのほとんどに、クスベニヒラタカスミカメの食痕。
もういい、と振りはらっても降りつもる一枚ずつの葉の裏の染み
     落葉樹のように古い葉を落としてしまって。
クスノキの樹冠の色はとおくから見ればいつもの春のあかるさ
からっぽの卵の外の薄い殼みたいに花は、樹をつつむ花は
見上げれば空洞 (みえないふかみどり )その空洞を生んだ力よ

(「未来」799号 2018.8月)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

メリケンカルカヤ

2020-08-14 09:36:56 | 短歌
      ヒメアオキ

照葉樹林文化の果てをほそぼそとゆくポケットは木の実の匂い
照葉樹の照は日照ではなく、常緑樹の葉の照り。
一列にならぶ食痕ていねいにいただきましたまる、くりかえし
日陰にもつよい葉の持つ虫喰いのまるい穴これはひかる窓です
風に舞うものをまぶしく遠く見て冬のみどりでいるヒメアオキ

(「未来」794号 2018.3月)


       かばんのなかみ

職場ごとに鋏を一挺ずつ置いてかばんの底にも横たえるひとつ
極細のほうだけ書けなくなってきたツインの油性ペン殖えやすく
クリアじゃないクリアファイルに挟むのは私物の原稿用紙/封筒
ゲームアプリの蛙をすぎなと名付けたのですがすぎなは旅立っています
正式な名のわからないものばかり 紐付き名札は三色持ってた

(「未来」795号 2018.4月)




      メリケンカルカヤ

夕闇の線路のそばでしなやかに倒れる草と倒れない草
イネ科の小穂などの折れ目のことを、船の部品に喩えて竜骨と呼ぶ。
あと一回ななめに折ればダマシブネひとさしゆびに力をこめる
船はどこ 群青色のおりがみの裏側みたいな雲にまぎれた
逆光のメリケンカルカヤかるがるとはみだしてゆくものはまぶしい
まっすぐな竜骨のまま枯れてゆく無数の船と思うくさはら

(「未来」796号 2018.5月)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする