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イギリス/ストックポート日報 《England/ Daily Stockport》

イギリス北西部の歴史ある街、ストックポート Stockportから(ほぼ)日替わりでお送りする、イギリス生活のあれこれ。

イングランドの奇習!いにしえの神事を今に受け継ぐ(?)楽し気な民族舞踊、モリス・ダンス

2025年04月27日 06時10分25秒 | ストックポートとその周辺

昨日(土曜日)ストックポートのタウンセンターの...

景観保存地域、オールド・タウン the Old Town の中心、ストックポート・マーケット Stockport Market のあるマーケット・スクエア Market Square に行きました。

びっくり!にぎやかに繰り広げられていたのが...

モリス・ダンス・フェスティバル  Stockport Morris Dance Festival

オールド・タウンを中心に複数のグループが同時に群舞を披露していました。

複数グループ間の距離が30mほどしか離れていない場所では目の前で繰り広げられるダンスパフォーマンスとリズムのズレた、よそのグループの演奏が聞こえたりの混乱も楽し気な、とにかく賑やかなイベントでした。

実は、イングランド全域からモリス・ダンス・グループが全員集合!した稀有なナショナルイベントだったようです。オールド・タウンにとどまらず郵便番号「SK1(タウンセンター)」全域で展開されていたようです。

モリス・ダンス Morris dance、日本ではなじみがないですよね?

イングランドとウェールズ固有の奇妙奇天烈(あっ、失礼!)な民族舞踊です。

日本では英国の民族舞踊と言えば、スコットランドやアイルランドのダンスをイメージする人が多いのではないでしょうか。アイルランドは別の国ですが...

目にもとまらぬ速さで前後左右に床を蹴る足の動きが特徴の世界的に知られたアイルランドやスコットランドの民族舞踊はとても難しそうです。人前でご披露するには大変な修練が必要そうです。クラシック・バレエのように基礎からステップを学ばなければならないでしょう。

モリス・ダンスはその点、おおらかそう、盆踊りのように踊れる人のマネを何回かすれば修得できそうです。

難易度レベルで言えば日本の学校の体育教科で必修の「フォークダンス」程度なのでは?もちろん、所作や位置をしっかり覚えまわりの動きに合わせるためのリハーサルは必須でしょう。

アイルランドやスコットランドの舞踊は、腰から下の動きがやたらに複雑ですが手や上半身はほぼ静止しているような印象がありますが、モリスダンスは全身きびきびと動きが大げさなぐらい大きいです。

音楽はたぶんアイルランドやスコットランドのフォーク・ミュージックに似ているのでは。19世紀以前は英国全域でバグパイプが主流だったようですが、現在はメロディオン melodeon (アコーディオンの小型版)やフィドル fiddle (バイオリン)ドラムなどの複数の楽器の生演奏です。

半ズボンに、カラフルなストッキング、脛には必ず鈴を多数つけて、派手な色のタスキに肩から背中から滝のようにリボンを垂らす人もいます。頭には花輪や花飾りをつけた麦わら帽子...ひげを生やした成人男性が正気とは思えない拵えで群れを成して踊る姿は...見ものです。

「ホッ」「ハッ」という掛け声とともに手にしたこん棒をとなりの人と打ち合ったり地面を叩いたりのグループもあり、リズミカルで野生的です。大きなハンカチをヒラヒラふりながら踊ることもあります。

太陽崇拝、豊穣や生殖機能向上を祈願する奉納の踊りであるとか...キリスト教伝来以前から脈々と受け継がれてきた土着信仰の儀式の名残であるという説が有力なその起源は限りなく妖しそうです。そういったわけで、たびたびキリスト教会から禁止令をくらっていたようです。

伝統芸能として復興し、「村おこし行事」として推奨し始められたのは19世紀になってから。それまで絶滅せずに受け継がれていたのがすごいです。

 

この人はイヌが噛むとキューキュー言うプラスチック製の「毛をむしられた鶏」のイヌのおもちゃを持っています。☟燕尾服だし...

...と言っても、若い人はやりたがらないでしょうね。楽しそうでしたが...やっぱりハズカシイです(あっ失礼!)

昨日、ストックポートに集結した熱心な愛好家たちは(私の見るかぎり)ほぼすべて50代以上に見える年配のしかも白人ばかり。

 

女性も多いですね。おばさん(あっ、失礼、私の年代です)ばかりですが。

本来は男性のみの神事、伝統芸能なはずなのですが、近年は男性に混じって男性の衣装で参加する女性にかぎらず、かわいらしいドレスの女性グループも多いようです。

この女性グループは全員、金属の鋲を打った木靴をはいて踊っていました。タップダンスののんびりバージョンみたいなひびきでした。

賑やかなイベントのわりには見物客はやはり同年配の白人男女、多くはダンサーたちの身内やお友達だったように見えたのもー般の盛り上がりに欠けた感じで少し残念です。

私はマーケット・ホールで質の良い洋裁小間物を信じがたい格安値段で販売するBob's Buttons で、新しく編み上げたカーディガンのボタンを買いました。

庶民的なマーケットの内部はこんな感じです。

 

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晴天の日に見たストックポートの名物建築と観光地の設備に関する諸考察

2025年04月15日 06時50分35秒 | ストックポートとその周辺

マープル・カナルウォーク Marple Canal Walk、昨日の記事☟の続きです。

晴天の日の歴史ある運河沿いの散歩道、小舟をすみかに現代英国の水上生活の諸事情

奥の石橋のむこうにマープル・アクアダクト前の最後のベイスン basin  (船溜まり)があります。

 

橋を渡ってベイスンわきを通り、鉄道橋をくぐり...

少し歩くと先に見えている幅の狭まった部分が...

 

名物建築、マープル・アクアダクト Marple Aqueduct !「水路橋(アクアダクト)」だということがわかりにくいですね。

これでどうでしょう、大きな石造りの橋の上を通る、バージ(幅の狭い小舟)がー艘運行できるだけの狭い幅の水路です。。

完成は1800年、第ー級保存指定建築 Grade II Listed Buiding !世界的にも18世紀の土木建築技術の最高傑作のひとつだそうです!

英国でいちばん大きなアクアダクトです。

 

ちなみに、ストックポートには世界で2番目に大きいレンガ造りの建造物(ストックポート・ヴァイアダクト Stockport Viaduct)と英国でいちばん大きいアクアダクトがあるわけです!

*ストックポート・ヴァイアダクトは使用されたレンガの数で世界第2位の「大きさ」を公称しています。

前回(添付の10年前のストックポート日報の記事参照)行った時の霧の深い真冬の水墨画のようににじんだ風景とは違い、青空の下くっきりと明るく見通せました。

欄干がけっこう低いのです。私のお腹あたりの高さだったかな、背の高い夫がふらついたりすると30m 下に真っ逆さまに落ちそうで不安です。

渡り切った反対側から撮りました。

木が茂っているため、地面と川面を見ることができませんでした。

今回は、橋脚の下に降りられるようになっていましたが、不調のある夫が上り下りするには急すぎたのでおりませんでした。

アクアダクトの下を流れるゴイト川沿いのハイキングコースもあるようです。ハイキング装備のグループがアクアダクトを見物するために上ってきました。

橋のたもとに掲示されていた下から見上げたマープル・アクアダクトとヴァイアダクトの参考写真です。

私たちがマンチェスター・ピカディリーから乗ってきた路線の電車がバイアダクト(鉄道橋)の上を通るところが目撃できました。

橋の上の細い水路を移動するバージも見たかったのですが、前述のー家のバージがこの地点に到着するまではずいぶんかかったことでしょう。

アクアダクトの細い水路の前と後には幅の広い水路があります。1艘ずつしか通れない水路の前で、バージ同士が順番待ちをしたり譲り合ったりする場所です。

水路のむこう側の柵を、前回は見かけませんでした。(リンクを添付した)ストックポート日報 の記事で10年前には柵がなかったことを確認しました。さすがに高さ30mの「橋」に柵なしでは危なすぎでしょう!?

英国には危険な場所に柵や警告看板などがなく、日本人の私たちから見て危機管理意識が低いのではないかと思われることがひんパンにあります。いえ、私は慣れましたが。日本では考えられないでしょう?

日本で言う「自己責任」というところです。景観の美しさを安全対策より重視する面もあるのかもしれません。

マープル・アクアダクトを折り返し点として来た道を戻ることにした時、夫が「ここにパブがあったら入ってー杯やれるのに!」とつぶやきました。

以下は本文と無関係、帰り道に撮った写真です。

「アクアダクトハウス」の表札のあるベイスンわきの家です。アクアダクトの管理人の家でしょうか。

 

そう、20分ほどの徒歩ルートのあいだ、カフェも公衆トイレもありません。注意書きも広告パネルも自動販売機も一切なし。日本の観光地に比べると見た目はたしかにスッキリ...不自由なのは否めません。

例えば、英国北部有数の景勝地で数多くの観光客が訪れるピーク・ディストリクトでさえ、同様です。

たしかにピーク・ディストリクトには私たちが頻繁に行くカースルトンのようないわゆる「ハニーポット・ビレッジ」がいくつか意図的に設けられています。

ハニーポット・ビレッジ作戦とは、手つかずの大自然を楽しむハイキングの拠点として近隣の美しい町に観光客の需要にこたえる駐車場、ビジターセンター、公衆便所、パブ他飲食店、土産物屋など集中的に配置して周囲の大自然の「俗化」を阻止する取り組みです。

まあ、「観光地」としての規模の点ではピークディストリクトには及びもつかないマープルですが...カナル旅行者によく知られた中継地点でもありますし...もうちょっと工夫して観光客を誘致してもよさそうだな、と思いました。そういった町は英国中、いたるところにあるでしょう。

自称「カナル通」の夫曰く、ナンバー1ロックlock (16基あるロックの、アクアダクト側から数えてひとつ目)の前には必ずロック・キーパー(ロックの管理人)のコテージがある、とのこと。☟

陶芸家の家族が住んでいるようです。

ところで...

駅から続く広い坂道(その名もStation Road)沿いにある人目につく一軒家です。

マープル駅はこの坂の下にあります。

調べてもわからなかったのですが、この家はかつてカナルの運行料金を徴収する「トールハウス toll house 」だったのではないかと思います。

歴史のあるこの家は普通の民家として使われているようです。

カナルと道路に向けて張り出した(見張り用の?)たくさんの窓の大半は外壁と同じ石材でふさがれています。窓がありすぎる部屋は家具の配置など寝室として使いづらいですものね。

表玄関は坂を下ったこちら。

急な坂のてっぺん近くで左右に坂の斜面を有するだけではなく、前後にも強烈な段差のある興味深い不思議な構造の家です。

10年前の記事のリンクです☟

マープル・カナル・ウォーク、 寒くて霧の深い朝の運河沿いの散歩 その3

 

 

 

 

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晴天の日の歴史ある運河沿いの散歩道、小舟をすみかに現代英国の水上生活の諸事情

2025年04月15日 02時40分27秒 | ストックポートとその周辺

マープル・カナルウォーク Marple Canal Walk 、前回の続きです。

前回記事のリンクです☟

用事で行った10年ぶりのマープル、晴天の日のカナルウォーク

マープルの町から再びカナル沿いの遊歩道を経て、駅から続く広い道路に戻り、道を渡って続く有名なマープル・アクアダクト Marple Aqueduct への遊歩道を歩きました。

天気のいい週末、遊歩道はウォーカーたちがいっぱい。カナルの水面にも多くのバージ barge(ナロウ・ボート narrow boat ともいうカナル運行用の英国独自の幅の狭いボート)が行き来していました。

かつては産業輸送に欠かせない重要な運搬手段だったバージ、今ではレジャーも兼ねた移動手段として大人気です。そして居住設備としても多くの人に利用されています。

運転するのに免許は不要です!休暇旅行用に貸しだされています。

夏のシーズンには人気のルートはバージの交通渋滞になるそうです。狭いロックLock (水深を調節するために水をせき止める扉;昨日のストックポート日報 参照)はー艘ずつしか通れないため順番待ちも長いでしょうね。

新婚時代、ロンドンのフラットの高額な家賃を払うのが惜しく、バージを買って数年間住み、第ー子が生まれるまでにマンチェスター郊外に家を買う頭金を貯めた、という人が私の友人にいます。

夫のインターネット・ゲーム仲間にも、夫婦共に50代でリタイアし、老後資金のため不動産が高騰している都市のー軒家を売り格安のバージを1艘購入して、イングランド中を水路伝いに旅して生活している人がいます。

数年前、自前のバージ(=自宅)でやはり英国中を旅してまわる年配の俳優夫婦を追う旅番組がありました。停泊する先々で隠れた名所や地域の興味深い活動を紹介する楽しい番組でした。

バージに居住すれば「住所不定」になるので銀行口座が開けなかったりローンが組めなかったり不自由はありそうです。それでも憧れる、旅から旅の水上生活...

 

カナルが各地で開通し、バージがひっきりなしに行きかっていた産業革命当時から20世紀の初頭まで、バージの動力はウマでした。

バージをひくウマとともにバージの持ち主が終日、岸辺を歩いたそうです。夫婦や家族が運転担当と時々交代するー家総出の家族経営の物資運搬ビジネス。通常、先頭の居住バージの後ろに運搬用の小舟をいくつか曳いて運行したようです。ウマの頭数は積荷の重さによって違いました。

現在ならトラック輸送で半日ぐらいで着く行程を徒歩で、雨の日も雪の日も歩き続ける水路輸送、「納品期日」なんかもあったはず、たいへんな重労働です。

ー連の写真は私たちと同じ方向にゆっくりと移動するバージです。

男性が岸辺でカナルのロック を開け閉めして、奥さんが運転するバージを通していました。

屋根にソーラーパネルのついた実用的なこのバージはレジャー用の短期貸し出し用ではなく、住居用だと思われます。

観光用の貸し出しバージは、花や果物のモチーフの伝統的な装飾「トール・ペインティング」が施されたりロマンチックなつくりのものが多そうな印象です。

岸辺で遊んでいた学齢の女の子がいる家庭なので通常はーか所のエリアにとどまり子供を学校に通わせて親は通勤(今はリモートワークも可能でしょう)、今はイースター休暇(春休み)なので旅行中...かな?(推測)

バージの旅行を何度も経験している夫がロックの開け閉めを得意そうに手伝いました。

この先の、マープル・アクアダクトに行って、20分ほどたってまた引き返してきた時、まだこの家族はアクアダクト直前のベイスン basin(船溜まり)には到達せず、最後のロックを開け閉めしている最中でした。ノロノロ運行...

ウマにひかせたバージでマンチェスターから綿織物をサザンプトン(イングランド南部の港町)に運搬するのにいったいどのくらいかかったのでしょう!?

長くなるので次回に続きます。

 

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用事で行った10年ぶりのマープル、晴天の日のカナルウォーク

2025年04月10日 17時59分57秒 | ストックポートとその周辺

ストックポートの南、広大な環境保護区域、ピーク・フォレスト Peak Forest にある小さな町マープル Marple に電車で行きました。

ストックポートから直通の線がないため、いったんマンチェスター・ピカディリー駅まで出て、乗り換えです。

晴天の土曜日、マープル駅前の坂を私たちと一緒にたくさんの人が登っていきます。

運河(カナル)沿いのウォーキングルート、マープル・カナル・ウォーク Marple Canal Walk を歩くウォーカーたちがほとんどです。

5分ほど歩くと、道路がカナルの上を渡る場所に出ました。

下を通る運河沿いに左へ行けば有名な水路橋、マープル・アクアダクト Marple Aqueduct に至る運河沿いのひらけた遊歩道...☟

 

...右へ曲がれば、マープルの町の中心に向かう遊歩道です。☟

 

ウォーカーの大半は左へ、私たちと何人かは住宅街の裏手の運河沿いを町に向かって歩きました。

寒い霧の深い10年前の新年にマープル・アクアダクトを目指して歩いた時の記事を4回に分けてストックポート日報 に載せています。最後ににリンクを貼りましたので、冬景色と比べてみてください。

来たのはそれ以来です。その時はクルマをこのベイスン basin(船どまり)のむこう側に駐車してアクアダクトに向かったのでした。

町に向かうこちら側の遊歩道は地元の人の散歩道みたいです。イヌ連れの人も多数。

住宅の裏庭がズラッとカナルに沿って並びます。

裏庭の塀越しにカモにエサをやっている女性がいました。

マープルを通るこのピーク・フォレスト・カナル Peak Forest Canal の開通は1804年、イングランドとウェールズを結ぶ長大な水路網のー部です。主にピーク・ディストリクトで採掘された石灰石の砂利の輸送に使われたそうです。

産業革命の頃、イングランドー帯に網の目を巡らせるように建造されたカナルは田園地帯を通り都市と都市を結ぶ主要な産業交通路だったそうです。

19世紀半ばには鉄道輸送に、20世紀になるとトラック輸送にとってかわられお役御免に。戦後は英国の工業そのものが衰退しましたし。50年ほど、無用の長物となり果てていた長い長い「水たまり」は荒廃のー途...

1960年代に、各地の有志が英国の貴重な歴史遺産を後世に残そうと尽力し多くのカナルが修理修復されました。あっぱれ!現在はカナルは都市でも田舎でも「イングランドの原風景」的な存在です。レジャーに観光に国家に大いに貢献しています。

このあたりから、マープル・アクアダクトの方角へ1マイル(1.6キロ)にわたって16基のロック lock が備え付けられています。Flight of 16 locks of Marple と呼ばれる18世紀の土木工学史の史蹟、名物だそうです。

ロックは、カナルの水をせき止めるぶ厚い木製の扉です。

場所の高低によって水深が違うカナルの水を何かしょかに分けてせき止め(運河は河川とは違い水流の全くないたまり水です)ナロウボート narrowboat とも呼ばれるイングランド特有のバージ barge(細長い運搬用のボート)を通すときに開ける仕組みです。ロックが開いた時に水深が同じになるため、バージの通行がたやすくなるということです。

マープル・アクアダクトそばのひらけた場所で撮ったバージの写真です☟

ロックはすべて使用可能。巨大なレバーを押して開閉します。がんばれば私でも操作できます(実演ずみ)

 

10分もたたずに、マープルのタウンセンターにかかる古い橋につきました。

橋を抜ける通路を通って上の道路に出ました。

バージの原動力だったウマを放して通した通路でもあったようです。水面上のアーチは水際ギリギリでウマが歩く幅がありません。橋のむこう側でバージとウマは合流、また岸辺を歩くウマにひかれてカナルの上をすすんで行ったのでしょう。

(戦前にはほとんどのバージがエンジンを搭載するようになり、「馬力」のバージは消滅します)

私たちは道路に上がりましたが、このピーク・フォレスト・カナルはまだまだ続きます。

全長156㎞にも及ぶ巨大な「環状水路」として知られるチェシャ―・リング Cheshire Ring を構成する、チェシャー、グレーター・マンチェスターの6つのカナルのうちのひとつです。

チェシャ―・リング は今でもバージ愛好家にとって人気のレジャー運河です。夫も若い頃、バージを借り切ってまわったそうです。

橋の上に上がったら、すぐにタウンセンターのはずれです。

マープルの診療所で夫が超音波検査を受けました。私は物見遊山の同行です。

近所の診療所はいっぱいだとかで.空きを見つけて入れてもらった予約です。..電車で片道1時間半。全国の医療設備がすべて連携している英国のNHS(国家医療サービス)は機能不全なわりには融通が利くというか...私たちのように散歩を楽しみに来たわけではない人たちにはやっかいな受診でしょうね。(クルマなら20分ぐらいで行けますが、駐車が不安だったための電車利用です)ちなみに検診場所は選べません。

ストックポート有数のウォーキングルートがあるにしては寂しげな町でした...なんて診療所に行く途中に通って、カフェで軽食をとった20分の滞在で印象を語ってはいけませんね。

今どき珍しい1館上映の古い映画館があって、評判の悪いディズニー映画、実写版「白雪姫」を上映中でした。

夫の検診と昼食の後、もと来たカナル沿いの道を戻り、マープル・アクアダクトに向かって歩きました。晴天の春の雄大な渓谷の風景が見られました。

次回に続きます!(バージの通行と、ロックの開け閉めも目撃しました)

10年前の記事のリンクです☟

マープル・カナル・ウォーク、 寒くて霧の深い朝の運河沿いの散歩 その1

マープル・カナル・ウォーク 、 寒くて霧の深い朝の運河沿いの散歩 その2  

マープル・カナル・ウォーク、 寒くて霧の深い朝の運河沿いの散歩 その3

マープル・カナル・ウォーク、寒くて霧の深い朝の運河沿いの散歩 その4  

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シャッター街で健闘する新ビジネス、意識高い系の支援を期待(古い街並みだけでは人は呼べない)

2025年04月08日 07時00分00秒 | ストックポートとその周辺

ストックポートは美しい町です。

古い建築物がよく保存された景観保存エリアがタウンセンターにいくつかあります。

保存する価値のある古い建物の並ぶ通りに見苦しく点在する中途半端にモダンな建物を取り壊し、周囲に調和する古い様式の建物を新築したり(インチキ!)、保存状態の悪い建物を修復、復元したり景観を整えるプロジェクトが進んでいます。

ストックポート日報 創刊時(10年前)、たくさん写真を載せたオールド・タウン The Old Town のー部、丘の上のマーケット・スクエア Market Square 界隈です。

夫と久しぶりの街なかの散歩です。

景観はたしかに向上しつつあります。

セント・ピーターズ・ブリッジ St Peter's Bridge (☟)から見下ろす景観保存エリア、リトル・アンダーバンク Little Underbank の景観は圧巻です。

去年、1,870年代を舞台にしたネットフリックスのオリジナルドラマの撮影に使われました。やじ馬根性丸出しのその時の記事のリンクです☟

ドラマや映画の撮影場所を提供して観光客を呼び寄せるつもりらしい、街並み自慢のストックポート

マーケット・スクエアから丘の下のショッピングエリアに降りる急な坂道、ブリッジ・ブロウ Bridge Brow を通りました。

 

...景観向上途上エリアの影の部分です。

私がストックポートに越してきた25年ぐらい前から食品店はすでにスーパーマーケットに完敗、メール・オーダー(通信販売)や、駐車場のあるショッピングセンターでの買い物に客足をとられすでに個人商店は苦戦していたはず。

今ではオンラインショップに太刀打ちできる商店街は少数派でしょう...どこの町も同じですね。

それでも、この坂沿いの間口の狭い店舗群では生地屋、キャラクターグッズなどのコレクターショップ、ヒッピー好みのインテリア雑貨屋などが長いこと営業していました。

「家賃が払えるのか」といらぬ心配をしたほどの零細な営業内容でしたが...昔ながらの持ち家経営でしょうか?その後、パンデミック前後あたりの閉店ラッシュ ... 代替わりして相続者が店を継がなかったとか?

18,19世紀の街並みに復興する「再開発」のため市が買い上げた店舗もあるかもしれません。

 

2年ほど前から坂の底から2軒目で、いわゆる「エコ・ショップ eco shop」が営業しています。

以前、地元の名物「鮮魚店 fishmanger」だった店舗です。

ストックポート日報の記事です☟

砕いた氷の上に並ぶ魚が涼しげ、魚屋の店先

海のアスパラガスと、ハドックの燻製、イギリスの夏のディナー

パンデミック前にはもう閉店していた記憶があります。

話好きなサカナ屋の兄弟は店をやめてどこに行っちゃったのでしょう。リタイアするにはまだ若そうでした。

うちでは週に1回、サカナを食べますが、通りがかりにこの店を利用したのは20年の間にたったの5,6回でした。スーパーマーケットにクルマで乗り付けて1週間分の買い物をするついでにサカナも買った方が便利で割安ですから。

サカナ屋さんだった時は中に入れなかった、ミステリアスな急な坂の途中の店の内部です。驚きの奥行き!(入り口は写真奥)

表に面した部分は食品販売コーナーです。

奥と左右に段差がいっぱい。

プラスチック包装を排除、持続可能な生産方法、動物実験なし、オーガニックや日本ではまだなじみがないらしいフェア・トレード Fair Trade(途上国の生産者支援)にこだわった、環境に配慮した製品が所狭しと並んでします。

経営者の女性の好みで、ネコのモチーフの製品も充実していました。

洗って何度でも使える布製の生理用品や化粧落としパッドなどがありました。使い勝手はどうなのでしょうか。

夫は量り売りの紅茶に興味を惹かれましたが、残念、種類はブレンドの1種のみ。

ヘアケア商品、洗濯洗剤や食器洗剤も持参した容器に入れて量り売りしてもらえます。

こんな店が本当に増えています。

「意識高い系」の中産(=知識)階級の人が住むエリアや、なぜか古い街並みが売り物の観光地に必ず1軒はあると断言できます。

観光地に行くと私はよくそんな店に入って記念にオーガニックの高級なリップバームを買います。荷物にならずモノも増えず産業支援で一石三鳥。

支援のために何か買いたいと物色し始めた夫は私にリップバームをすすめましたが、観光に来たわけでもない地元の店で薬局の2倍以上の値段を払う気はありません。

だいぶ迷って、2枚で4ポンド80ペンス(903円、高い!)のヘチマの繊維を圧縮した食器洗いスポンジ(麻ひものループ付き)を買いました。

夫は今使っているシャンプーとコンディショナーを使いきったらプラスチックのカラ瓶を持って、量り売りシャンプーを買いに行くと言っています。

1回使って廃棄されるシャンプー瓶などのプラスチックごみ問題は深刻です。

2年ほど前に流行ったシャンプー・バー(固形石鹸)をうちでも使ってみたのですが、泡立ちが悪く1回限りでやめました。その頃、どこでも売られていたシャンプー・バーは以前ほど見かけません。もちろん「エコ・ショップ」にはまだあります。

地元の住人らしい英国人と買い物に来た、「観光客」らしいアメリカ人の女性がお店のロゴやネコのプリントが入った、生成りの薄い生地のトート(日本で言うエコバッグですね)をおみやげにたくさん買っていました。観光地とは言い難いストックポートに外国人の観光客!

古い街並みに「エコ・ショップ」、ストックポートも観光地の要件を充たしている!?

30分以上この店にいたあいだ、この店に入ってきたのはこの2人連れだけ...環境や体に優しく社会不正にも抗議を表明する素晴らしい理念のエコ商品店...日常使いするにはお値段がネックのエコ商品...人々の日常のニーズに応えているのでしょうか。

あるだけで意味がある...(かな?)つぶれずに何とかとどまってほしい意欲的な店です。ストックポートの「意識の高さ」も表明していそうです。スーパーとは競合しない特殊な需要のあるこれらの店は地元の人々が支えるしかありません。

 

ブリッジ・ブロウを下りきってでたブリッジ・ストリート Bridge Street も ...

左右にシャッターが下りた絶望の景観保存地区

左側は、(撮影に使われた)リトル・アンダーバンクにつづく、おなじみ街並み保存地区で、完全無欠のチューダー建築(15世紀~)2軒を有する(!)グレート・アンダーバンク Great Underbank です。

ブリッジ・ブロウを下から見たところです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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いまや国際都市、ストックポートの興味深いイラン食品店で民族融合国家の縮図を見る(おおげさ)

2025年04月02日 22時33分10秒 | ストックポートとその周辺

オンラインで紅茶の茶葉を買い、自分でブレンドして飲む自称紅茶通の夫と、ストックポートのタウンセンターにあるイレイニアン・ショップ Iranian shop に行きました。

例の、ハンサムなイラン系の若者が店番をしていたイラン食料品店です。

前回の記事のリンクです☟

今やストックポートは国際都市!英国で自由を楽しむ難民移民が故国をしのぶ移民経営の食品店

前回記事にして以来の来店です。

さすがは濃いブラックの紅茶をよく飲むというイラン人向けの品ぞろえ!圧倒的に豊富な品数の紅茶、コーヒー売り場で、いきなり商品を箱から出す作業をしていたイラン系の少年にカラの段ボール箱を投げつけられました!

...人がいることに気がつかなかったようです。慌てて平謝りされました。別の場所で作業をしていた年上の男性も出てきて謝ってくれました。

もちろん私は「だいじょうぶだから気にしないで」と言いました。

英国には安全基準法に該当する、ヘルス&セーフティ Health & Safety Regulationというそれはそれは厳しい法律があるため、こんな荒っぽい作業をしている場所はないはず!...と言っても「イラン系の人たちだから」と言うわけでは決してなく、ただ単に未熟な若者だっただけみたいです。

商品の搬送日らしく、たくさんのイラン系の若い男性が働いていました。

残念、夫が探していたダージーリン・ティーはなかったようです。かわりに、英国ー般では認知度が極端に低くイラン系コミュニティで絶大なシェアを誇る英国の紅茶会社、アーマッド・ティ Ahmad Tea の「セイロン・ブラック・ティー」を購入しました。

スーパーマーケットでは、ダージーリンやアッサムなどの銘柄紅茶はティーバッグしか買えません。リーフ・ティ(茶葉)はオンラインで買えますが夫は地域支援のため地元の小売店で買うつもりでした。茶葉を自家ブレンドするため、ティーバッグは不都合なのです。

夫が紅茶売り場ですごした間に、私は届いた商品を棚に並べる従業員が行きかう雑然とした店内でいろいろ見てまわりました。

ハーブ売り場にあるかわいらしいバラの花びらとツボミは何に使うのかな。食品売り場なのでポプリではあるまい。

中央アジア、中東の果物のイメージの、ザクロの製品の多いこと!

「ソース」とは何だろう?☟

ザクロの「シロップ」☟

どちらもゼラチンで固めた「のしザクロ」のお菓子☟

イスラム教徒には飲酒の習慣がないので甘党が多いそうですね。

英国でリンゴ酢と言えば、アップル・サイダー・ビネガー apple cider vinegar がー般的です。「サイダー」は日本の「三ツ矢サイダー」などの炭酸入り甘味水ではなくリンゴ酒 のことで、ごくわずかにアルコール分を含みます。アルコールが摂取できない私はできれば避けたい。

「純アップル・ビネガー」を見つけたので買いました。飲酒がタブーのイスラム教国家のイランで売られているリンゴ酢なのでアルコール分は皆無なはず!

 

会計カウンター前で、前回と同じ人かはわかりませんがやはりマダム風の装いをしたイラン系の中年女性がイラン語で、常連らしい「アフリカ系難民」らしい(発音が英国生まれの人ではない)黒人女性と英語でそれぞれ店員とにぎやかに世間話をしていました。

「紅茶道」をまい進する夫も茶葉の原産国のウンチク話を店員としはじめました。

こういう光景を見ると、本当に英国に永住することにしてよかったと心から思います。他民族がゆるく融合して尊重しあう社会は本当に居心地がいいです。

日本ほどの深刻さはまだないものの、英国も他の先進国同様、少子高齢化が進んでいます。移民の受け入れなしに労働力、納税者数を維持するのが難しくなる未来がすぐそこまで来ています。

異なる価値観がせめぎあうと、困ったことももちろん起きています。

言論や信仰の自由、男女同権、民主主義の英国の何が気に入らないのか他所から相反する価値観を持ち込んでテロやら暴力行為やらでやりたい放題しようとする狂信的なー団が入り込んでしまっているのはたしかに長年の移民推進政策の弊害なのでしょう。

私は「英国のやり方に従えないなら、故郷に帰れ(あるいはそういう無法がまかり通っている国へ行け)」とは思いません。

この国に定住を決意した人たちがこの国普遍のきまり(言論や信仰の自由...以下略他、列に並ぶ、道に痰を吐かない、幼女の女性器切除をしない...等々)にしたがえないなら、厳罰もふくむ矯正で対処してこの国のやり方に従わせるしかないと思います。甘いでしょうか。

この国はもう、長い間固有の民族であったアングロ・サクソン人や、それよりもっと前から住んでいたという土着のケルト人やらの白人だけの国ではなくなっています。よそ者の私が居心地よく住めるそんな複合民族国家であることをアングロ・サクソン人(らしい)夫も歓迎しています。

 

私たちが買い物をした「イレイニアン・ショップ【ー般の部】」、Alan's Super Store の斜め向かいに...

経営者が同じだと思われる、Alan's Halal Meat という【精肉の部】があります。敷居が高く、入ったことはありません。イスラム教徒が戒律違反をしないで食べられる、血抜きをして「ハラル認定」されたヒツジや家禽の肉を売るお肉屋さんです。

イングランドのおじいさんっぽい名前の「アラン」っていったい誰なんだろう?こんど行ったらきいてみます!

ちなみに...小学校でもある英国国教会(上の写真)をはさんだ右隣は、お酒を飲めない中近東の男性がパブ代わりに入り浸るシシャ(水キセル)バー sisha bar です。

 

 

 

 

 

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ドラマや映画の撮影場所を提供して観光客を呼び寄せるつもりらしい、街並み自慢のストックポート

2024年07月14日 04時14分40秒 | ストックポートとその周辺

水曜日に、ストックポート、タウンセンターの オールドタウン the Old Town で、テレビドラマの撮影をしていました。

実は、ぐうぜん行き当たったわけではなく、前々日(月曜日)に夫と散策に来てロケーションの準備をしていたのを通りがかりに見かけたのです。その時の写真です☟

現代的なミューラル(ラクガキ風アート)の下の部分を19世紀風の広告ビラが貼り付けられた板で隠してあります。

 

こちらは建物を取り壊したあとの工事現場を、けっこう安っぽい貼りぼて「石アーチとレンガ塀」が隠しています。Manchester Evening News紙 (後述)に載った写真を見ると、このあと壁いっぱいにやはり19世紀風の広告ビラをペタペタ貼り付けたようです。

 

制作には全く関係していなかったらしい警備の男性から「水曜日にここで1日中ドラマの撮影をする」とききだして、物見高い私は見物のため、1人でまたタウンセンターに戻ってきたのです!

18世紀から20世紀にかけて建造された古い建物が数多く残るリトル・アンダーバンク Little Underbank という細い通りです。

10年前、「観光ブログ」のはずだった創刊第1号で紹介したストックポート日報の原点ともいうべき通りです。

リトル・アンダーバンクをまたぐ古い橋、セント・ピーターズ・ブリッジ Saint Peter's Bridge の下から先100mぐらいの短い距離が撮影に使われたようです。

ここで終わり☟。エキストラの人たちが休憩していました。私は背景の坂の上からリトル・アンダーバンクに下りてきました。リトル・アンダーバンクの撮影スポットを通りさえしなければハイビズ・ジャケットの付き添い(後述)なしに現場の反対側に来ることが可能です。

そのエリアは、カメラがとらえるアングルに限ってでしょうが19世紀の通りに見えるようていねいにボロ隠しされていました。

グーグルしたら、Manchester Evening News 紙のその日の 記事にすぐヒットしました。

Netflix オリジナルの新連続ドラマ、House of Guinness というビール製造会社「ギネス」の創立者ー家の物語だそうです、配役、配信日などは未発表だそうです。

コスチュームのスカートのふくらみ具合などを見ると1870年代が舞台の設定だということがわかります。

 

 

橋の下で撮影の見物をしようと立ち止まると、何人もいた黄色いハイビズ・ジャケット(安全ベスト)を着た係の人が「通り抜けたいんですか」とていねいに聞いてきました。「いいえ、でもここで見物してもいい?」と聞くと「どうぞどうぞ」とにこやかに応じてくれました。

通り抜けたい人は、ハイビズ・ジャケットの誘導で撮影現場を通り抜けられるのがびっくりです。撮影の合間をぬって何人かの人が通り抜けていました。撮影現場の始まりと終わりのあちら側とこちら側の店は通常通り営業していたのもちょっと驚きです。

極力、地元に負担をかけまい、撮影協力地とうまくやっていきたいという方針なようです。感心しました。

マイクロフォンが追いかけてセリフを拾っていた(エキストラではなく)俳優らしい男性が2人いました。残念、見たことのない顔でした。

NetFlix のイングランド、合衆国制作の質の良いドラマには主役級の配役にテレビや映画ではあまり知られていない実力派の俳優が起用されることが多いように思います。

 

橋の横の階段を上って上のマーケット・スクエア Market Square のある丘の上にいってみたら...

 

撮影見物の特等席、セント・ピーターズ・ゲートの橋の上にはやじ馬が鈴なり...私も人のことは言えませんが、ヒマな人が多いですね。

消防車から長く伸びたホースが橋の脇の階段を通して下に降り、撮影現場の石だたみを濡らすための水を供給していました。

「ガス灯」に見える古風な街灯は、ストックポートが景観保持(と言えば聞こえがいいですが...実際は観光目的で...あざといですよね)のためにそなえつけた電灯です。どっちにしてもこのドラマの小道具には時代背景が合わないような...ガス灯は19世紀末(シャーロック・ホームズの頃)に導入されたはずですから。

 

「古い街並み保存」のためにパンデミックのさなかにていねいに敷かれた新しい敷石とは違い、本物の(たぶん)18世紀のガタガタボコボコした敷石が残る、知る人ぞ知るこ汚い裏通りが実はあります。

月曜日の準備中の写真です☟赤い器材カートの裏手が...

...橋の上から見下ろせます。

リトル・アンダーバンクの「19世紀の商店街風景」とは別の「裏ダナのびんぼったらしい生活描写」の撮影準備が進んでいるのが橋の上からー望できました。

橋の上、こちら側は歴史ある市のたつマーケット・スクエアです。

ロケーション用のトラックがずらあっと止まっていました。

マーケット・スクエアにあるガラス張りのマーケット・ホール Stockport Market Square とその周りの古い建造物群、第ー級保存指定建築のセント・メアリーズ・チャーチ St Mary's Church, Stockport、坂下の、撮影に使われていたリトルアンダーバンク、と交差するグレート・アンダーバンク Great Underbank、マーケットスクエアと坂下のアンダーバンク2本を結ぶ、いくつもの brow と呼ばれる急な坂...それらが「オールド・タウン」と呼ばれるユニークなストックポート観光の要です。

Manchester Evening News 紙やストックポートの産業振興ウェッブサイトによると最近、ストックポートは観光地、商業地としてのPRの他、映画やテレビのロケ地としての誘致にひじょうに熱心なのだそうです。

世界的な大ヒットドラマ、20世紀初頭のバーミンガムを舞台にしたピーキー・ブラインダーズ Peakey Blinders の撮影に使われた場所を訪ね歩くいわゆる(日本で言う)「聖地巡り」の人々がストックポートにも足を運ぶという観光効果が表れているそうですし。

実際、ドラマや映画またコマーシャルでも「あ、これストックポートだ!」とわかる映像がたびたび目につきます。

 

ドラマの設定として人気の1950~80年代のレトロなドラマ、また今回のような19世紀が舞台のドラマでもじゅうぶん使える街並みがしっかりと残っています。

「イングランド北西部のハリウッドを目指す」とわけのわからないことを言っている(大手の映画製作会社がないから、無理だろう!?)ようですが、それ、たしかハリーポッター映画のロケに使われたというリバプールも言っていましたよ!

古い街並みの壮大さと都市規模と知名度などで比較をすればリバプールとはスケールの点でドッカーンと格が下がるのストックポートですが、健闘しているとおもいます!

ただ...

リトル・アンダーバンクの橋のこちら側(メインのショッピングセンターに近い側)のサビれぶり...。

アンダーバンクの始まり(左に入ると橋があります)の...

上の写真中央空き店舗の表面に、「レンガ壁」と古風なサッシ窓(上下に上げ下げする窓)が取り付けられていることに気が付きました。

中途半端にモダンなショボいコンクリートの建物だったのですが、表面を飾り付けたみたいですね。いやもしかして、取り壊してたてなおした...?!

なんだか...ディズニーランドみたいなことをしていいのかなぁ。不正直な気がします。

街並みがステキに時代がかって見栄えがしても商店や飲食店が苦戦しているのはどこも同じです。まず空き家問題を何とかしなくては。

この件に関してまたいずれ書きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

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モデル撮影の背景としても絵になるらしい名物骨董市で見つけた気になる品々

2024年02月18日 08時00分00秒 | ストックポートとその周辺

ペア・ミル Pear Mill の、Stockport Vintage Emporium という「お手頃骨董市場」にまた行ってきました。

 

ペア・ミルの人目を惹くランドマーク、巨大な洋ナシ型キューポラのてっぺんがが建物の向こうにちょこっとだけ見えています。

青空を背景に陽の光を反射する銀色の洋ナシのシュールな造形を向こう側に行ってちゃんと見たいという要望は、寒いからすぐに屋内に入りたいという夫に却下されました。

 

ペア・ミルについて書いた連日の記事2本のリンクです。☟

ナシのキューポラのある町、栄光の歴史の最後を飾るお茶目建築、今は人気の商業施設

ナシのキューポラのある名物ミル建築に見る古い建物の利用法

 

煙突塔の四すみにちょこんちょこんと鎮座する、こだわりの洋ナシ装飾です。

 

ガラス製の「ケーキ・ドーム」を買いたかったのです。

ペア・ミルの名物ティー・ルーム The Tea Room のカウンターで英国伝統のケーキの数々をディスプレイしている、ちょうどこんなケーキ・ドームをさがしていたのですが...

 

ちなみに...(話がそれます)

私たちとほぼ同じペースで店内をまわっていた、若い中国人女性が2人いました(上の写真)。2人の目的は買い物ではなく、写真撮影。

パンデミック後、中国人観光客の数が少しずつですが、また増えてきているようですね。

売り物の骨董/ガラクタや、ヴィンテージ・ファッションには全く興味がないらしく、本格的なカメラを持った女性が連れの女性の写真をひっきりなしに撮り続けていました。(カメラを持っていない女性もスマートフォンはあるでしょうに、自分が撮る側にまわらないのかと...余計なお世話ですが...気になりました)

この2人は私たちとやはり同じ時にティールームに来て、何も注文せずに写真撮影を続けました。立ち去った客が使った、片付けられていないテーブルに座って、置いてある汚れたティーカップを手に「ティータイム」ポーズの写真をたくさん撮っていました。別に誰にも迷惑は掛かっていないので、余計なお世話なのですが...ちょっとハズカシイですね。

 

私が注文した軽食の、ポークパイです。

 

概して言えば...英国や欧州で見かける中国人観光客は、日本に大挙して押しかける団体旅行の中国人よりもずーっとずっとスマートです。「爆買い」を目撃したことはありますが、大声で話したり、割り込み、ポイ捨てを見かけたことは皆無です。英国に来る彼らの多くは英語を流ちょうに話せるようですし。(この人たちも私と通路を譲り合い、にこやかに Thank you という礼儀正しい人たちでした)

ただ...同行の人の写真を撮りまくっている人が異様に多いのが...異文化ですよね。

 

パンデミック前には、男女問わずプロのモデルのようなポーズを次々とかえて写真撮影する中国人観光客をいろいろな場所で見ています。日本の若い女性はわざとヘンな顔やピースサインやテレかくしのおどけたポーズで写真に撮られる人が多いのに対して、中国人の若い女性は観光先で「ー写入魂」の美人写真に挑む様子が...興味深いです。

 

で、ケーキ・ドームですが、ひとつだけ見つけたのがこれ。

ドームにのっかっている牡鹿の頭がジャマです。でもなぜ、シカ?貴族の狩猟パーティの際にヴェニスン(シカ肉)のパテでもデイスプレイするためだったりして...?

買えるのなら、中古品が環境のためにも望ましいのですが...!オンラインショッピングサイトで買うしかないでしょう。(いくつかもう見つけています)

 

私たちは、本格的な骨董品 antique ではなく、英語で「collectible」と言われることが多い「好きな人には価値がある、よってガラクタ brick-a-brac ではない」ランクの古道具/中古品をみて回るのが大好きです。

ただし、モノをふやさないように気をつけているため、めったに買うことはありません。

そのかわり、気になったものをいくつか写真に撮って帰りました。

 

中国の指圧のツボを示す、人体モデル。

肉体美の、顔が端正な東洋人でした。

 

日本の中学校の制服のセーラー服が25ポンド(4731円)で売られていました!

「金子美穂」さんが着用した「川越東中学校」の制服です。胸ポケットに名札が縫い付けられているなんて、ずいぶん昔の...それこそ私が日本の中学校に通っていた頃(50年近く前)のものだったりして。

これと同じタイプ(濃紺セージのセーラー服)の日本の制服が他に5着売られていました。

興味をひかれたティーポット、サーモス、コーヒーポットのコレクションです。

 

 

紅茶の消費量が莫大なここ英国でも、ティーポットで紅茶を入れる人はごくわずかなはずですが、紅茶へのこだわりがある夫は古いタイプのティーポットを愛用しています。

 

「買いたい」言ったら夫に激しく拒絶された、古いガーデン・ノームです。

赤いとんがり帽子にグリーン系のジャケットを着たどぎつい色合いのものが多い、白髭の庭のお守り妖精です。

私が気に入った、他では見ないこの謎の「お口ポカン」の表情が夫の憎悪の的でした。

 

1980年代ごろまで出回っていたウシの絵と牛乳会社名の入った牛乳瓶を集めている人はとても多いと聞きました。

へたっぴなウシの絵がかわいい!12ポンド(2271円)だったかな、5ポンドぐらいなら買ったのですが。

私の家でも15年ほど前まで、牛乳配達を利用していました。やめた頃、担当の牛乳屋さんが引退しました。その後この地区を引き継いだ担当者はいません。

現在、利用する家庭は激減です。スーパーマーケットで大きなサイズを、あるいはコンビニエンス・ストアで必要な時に必要な分だけ買った方がお得で便利ですから。

昔ながらの牛乳配達、高齢世帯の多い地域ではまだ細々と営業しているはずです。

空のビンはドアの外に置いておくと回収される、牛乳会社の所有物なので取っておく人は少なかったはず。ゴミを出さない環境に良いシステムですよね。

 

ずっしりと重い鉄製のくるみ割りイヌ。

顎が外れたナサケナイ表情が気に入りました。

 

夫が見せてくれた、タマゴを集める金網のカゴです。

持ち手を持つと提灯のようにのびてソロバン珠のような形になります。戦前戦後に英国の田舎でよく見かけた、夫にとっては懐かしい品だそうです。

 

買ったモノはひとつだけ。

19世紀末の英国製、大量生産のちょっと見は「デルフト焼き」風ディナー・プレート、4ポンド99ペンス(944円)はお得です。以来1週間、毎日私が使っています。

夫は骨製の柄のついた古いバターナイフをさがしたのですが、1本だけで買えるものは見つかりませんでした。英国では現在バターナイフを使う家庭は少ないはずです。どこの家でもバターやジャムを塗るのにディナー用のナイフを使いますから。

 

ティールームと...

 

...ポークパイのなかみの写真です。

 

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ストックポートも例外ではない、シャッターの下りた店舗が目立つ商店街の衰退ぶり

2023年10月11日 08時00分00秒 | ストックポートとその周辺

娘がインターネットゲーム大会で優勝、「5ドルの(ミルク)シェーク Five Doller Shake」の副勝を獲得しました。

どこかでシェークを飲んで、証拠写真を配信すれば5米ドル(743円)受け取ることになっているそうです。

ストックポートのタウンセンターに比較的あたらしくオープンしたという、ジュース・タイム・バーという楽しい名前のソフトドリンク専門店に行くと言うので、私もお相伴でついていきました。

インターネット情報では営業時間中のはずでした。ストックポート日報 に何回も登場する景気の悪いシャッター通り、プリンセス・ストリート Princes Street の中ほどにあるはずです。あらら、閉まってる。

お店がつぶれちゃったみたいですね。楽しみにしていたのに残念です。

そして、びっくり。隣のうちの子供たちが小さかったころのお気に入りのゲームショップ、その名もゲーム Game もまた閉店間近というはり紙です。

 

店内のさま変わりにもびっくり。

男の子向きの「おもちゃ屋」になっていました。もともとの主力商品コンピューター「ゲーム」の売り場は、全体の1割程度に縮小。

「ゲーム」を買う人は、現在あまりいないのでしょう。コンピューターやスマートフォンにダウンロードした方が手っ取り早いですものね。

「ゲーム」は、昨日27歳になった息子が子供の頃から働き始めるあたりまでが最盛だったのでは?みんなゲームボーイを持っていましたし、プレゼントの定番が「ゲーム」でした。息子はX ボックスを働いて自分で買ったはずです。

6歳年下の、男の子だった娘に「ゲーム」を買ってやった時期は短かったような?小学校高学年の頃にはもう有料ダウンロードが主流でしたから...

娘は現在インターネットコミュニティで夢中になっている空想ファンタジーゲーム、ダンジョンズ&ドラゴンズのモノポリーゲームを半額で買いました。

スペインにいる息子に写真を送って思い出を語らせました。

…余談ですが、今年日本に帰国した時に、公園や電車でゲームボーイやニンテンドー・スイッチなどのゲーム機器で遊ぶ子供たちをけっこうひんぱんに見かけてビックリしました。まだ小学生でスマートフォンを持たせてもらえない年齢なんでしょうね。ここ、英国では外出先でゲームをしている子供を(ゲーム・ボーイが廃れて以来)見たことが全くないものですから。

 

さて、目当てのミルクシェークの話です。

クリームス・ジェラートー・コォという知る人ぞ知る、人気のアイスクリーム屋があります(上の写真)いえ、ありました。

ミルクシェークの名物店です。

アメリカのダイナーのようなレトロな、しかも黒が基調の若い人たちの間では評判のおしゃれな内装で知られていました。セコンドリー・スクール(中学・高校)に通う女子生徒の間では彼氏ができたら行く「少年少女のデート御用達店」だったそうです(娘談)。

てっきり私はここへ行くものだと思っていましたが、そんないわれのある名物店に母親と二人で行くのは娘のプライドが許さず、断固拒否、同じ通りにあるジュース・バーをインターネット情報で見つけていくつもりでした。

ジュースバーが閉まっているなら仕方がない。学校時代の友達が見ていないことを願って私といっしょにクリームスに入るつもりになった娘ですが...

どひゃー、ここも閉まっている!ガラス扉にひびが入っています。

永久閉店です。

シャッターもなく、「長年のご愛顧ありがとうございます。この度...」と言った案内文ももちろんなく、営業時間を書いたはり紙や、ミルクシェークのポスターなどが貼ってあり、まるで臨時休業しているかのようですが、ガラス越しにのぞき込んでみたら中の荒みきった様子がまるわかりです。

「しかたないから、マクドナルドでマック・シェークを飲もうか」という味気ない提案は却下されました。暇を見て、わざわざマンチェスターまでシェークを飲みに行くそうです。私が付き合うかどうかは未定です。

 

プリンセス・ストリートの不景気さとショボさをお伝えします。

クリームスの右となりの保証人不要の金融ショップ、身もふたもない名の the Money Shop も、左となりの家具屋も閉店しています。

かけ事代行店 betting shop の老舗、William Hill も閉店です。

その向かいは閉店後久しい、全国展開の老舗デパートのブリティッシュ・ホーム・ストア Bhs のストックポート支店でした。(入り口は反対側の通り、マージー・ウェイMwersey Way にあります。

この先、ロンドンとイングランド北限の町、カーライルを結ぶ国道A6にぶつかる角には人気のデパート、デべナムスがありました。

デべナムスは、ロックダウンを持ちこたえて2021年に閉店したストックポート最後のデパートです。デパートの衰退事情について書いた少し前の記事のリンクです☟

なくてはならないショッピングエリアの顔、デパートの栄枯盛衰

この通りは、もとから1ポンド均一店、キャッシュ・ジェネレーター(電子機器やブランド品などを買い取ってくれる店)、チャリティ・ショップ(慈善事業の基金にする寄付された不用品を売る店)、テイカウェイ(持ち帰り食品)専門店、ゲーム・アーケード(ゲームセンター)、かけ事代行店など、庶民的な需要を満たすビジネスでけっこう繁盛する商店街だったのです。3軒のデパートのうらがわ出入り口が面していましたし。

 

角の大きなチャリティショップと、その隣のスマートフォンの修理屋も店じまいして長くたちます。

町の小売店が以前のようにやっていくのは本当に難しそうです。

 

店舗の維持費や人件費が抑えられるオンラインショップで、豊富な種類から選べてなんでも安く買えるのですから「商品を手に取って、店員さんと言葉を交わして」買いものをすることにこだわる人が少なくなっているのも仕方ないのでしょう。

この通りの衰退の決定打は、いずれも表通りのマージー・ウェイ(前述)に入り口のある3軒のデパートが閉店した時から始まったように思います。

買い物客が町に出てこなくなれば、飲食店も影響を受けます。パンデミックを生き抜いたクリームスがいつのまにか閉店していたのにはちょっとショックです。

私が2年お手伝いしていた、チャリティショップ、オックスファム Oxfam ストックポート店 も、ロックダウンと同時に永久閉店しました。

この通りで、雨後のタケノコのようにニョキニョキと増えているのは、ネイル・スタジオです。オンラインと競走することなくマイペースで需要をのばしている事業だそうです。なぜか経営者や技術者のほとんどすべては中国かベトナム系の女性です。

この件に関しては、いずれ改めて書くつもりです。

 

シャッターの下りた店舗に囲まれた全国展開のチェーン事務用品店、ライマン Ryman は私の20年来の行きつけの店です。

上部に残った1930年代のファサードが美しい外観です。

ボロッちい空き家を一軒置いてとなりは...

第二級保存指定建築、1920年代に創業して、30年代から、50年代の内装が完璧に残る町のパブ、Swan with Two Necks です。

向かいが、ストックポートから撤退したデパート、エメネス(M&S、旧マークス&スペンサー)の空きビルです。

 

エメネスの空きビルは、最近改装が終了。

1930年代、アールデコ様式の外観を残して、内部を徹底改装、ストック Stock という商業ビルとして開業待ちです。テナント募集の告知が出ていますがはたして店舗スペースが埋まるのでしょうか。

 

これは、「ストック」を表側のマージー・ウェイから撮った写真です。

 

ストック」のとなりは、20 年近く前ストックポートで最初に閉店した、デパート、ウールワースだったやはり1930年代の建物です。

天気が良かった先週末の写真です。表通りは工事中にもかかわらずそれなりの人通りなのに...

この裏のプリンセス・ストリートの閑古鳥のなく衰退ぶりと言ったら...ジュースバーとアイスクリーム屋がつぶれるのも無理はないかもしれません。

プリンセス・ストリートの反対側を平行に走る通りは...

...2018年に、「連合王国で一番みっともない建築物」に授与される栄えあるカーバンクル杯を獲得した恥辱のレジャーセンター、レッドロック Redrock のある通りです。モダンで整った見栄えのする景観なのに、週末なのに(!)ガラッガラ。

カーバンクル杯について書いた、2018年の記事のリンクです☟

輝く栄冠!建築大賞を獲得した連合王国で一番見苦しい建築物がストックポートにあり!!!

一階、のレストランスペースは半分以上空き家です。

 

景気の悪いプリンセス・ストリート(右側)から、レッドロック(左側)に通じる小さな広場に面した角の建物に若いイタリア人のカップルが経営するカフェが最近オープンしました。

夏の終わりに、友人に連れられて入ってみました。コーヒーも自家製のイタリア菓子もとてもおいしく、お値段も手ごろでした。この日、通りがかりにのぞいてみたら、かなり繁盛していました。

ストックポートに限らず、空き店舗の多いエリアを有する町では、新しく店やカフェなどをオープンしたい新規の事業主に自治体が手厚い援助をしているようです。開店後1年間は家賃を払わなくてよい等の措置にひかれて次々と新しい店がオープンしています。

ただ、支援の期間が過ぎてからも正規の家賃を払い続けて同じ場所で経営を続けられるほど成功する店はあまりない...ということです。

イタリア人のカフェ、がんばってほしい!

 

 

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カエルの話から脱線、今日は何の日終戦の日!

2023年09月02日 07時00分00秒 | ストックポートとその周辺

ストックポートのトレイル・イベント、カエル探し再び。夏休みはもう終わりですが、このイベントは月末まで続きます。

(懐かしい!)i ポッドを発明したApple Inc の偉業をたたえる、作品番号1番、DJ

耳の穴のないカエルがイヤフォンで音楽を聴いています。

 

 

国道A6沿いの、市庁舎とならぶ小さな広場に設置されているDJ, 国旗と戦没者に捧げる赤いポピーのリースで飾られたとなりの奇妙な銅像は...

 

(別の日に撮りました、上の写真の国旗がなくなっています)第二次世界大戦の末期にカヌーを漕ぎだし決死の行為で友軍を救った、地元ストックポート出身の海兵隊員だそうです。

あ、この人はぶじ復員したそうです。10年ほど前に高齢で亡くなりました。地元にいたこんなにすごい人!の名誉を記憶するための英雄像です。

国家に命を捧げた戦没兵士すべてを讃えるこの銅像があるこの場所は、戦没兵士への感謝の祈りと黙とうを捧げる厳粛な場所だそうです。

...そのわりには、カエルと記念写真を撮る親子をしょっちゅう見かけますし、この日は奥の芝生でお腹と背中をそれぞれむき出しにして日光浴する若いカップルが寝転がっていたりで...あまり厳粛な雰囲気ではありません。

この場所が厳粛なはずなのは...

(ああ、木がこんもり茂っていて見えない!)国道A6をはさんだ向かいに...

古代ギリシャ神殿風の立派な戦没者祈念廟、ストックポート戦争記念美術館 Stockport War Memorial Art Gallery があるからです。

第一次大戦後の1925年に建造されたギリシャ復興様式、第二特級保存指定建築 Grade II* listed building です!

左の柱には1914-1918と第一次大戦の、右の柱には 1939-1945 と第二次世界大戦の始まりと終わりの年号がそれぞれ刻み付けられています。

入ってすぐのフォイエ(入り口ホール)の右と左に美術館の展示室がひとつずつあります。

奥にあるのが、この War Memorial (戦没者慰霊廟)です。

英国の守護女神、ブリタニアに勝利の象徴、月桂冠を授けられる戦没兵士のドラマチックな大理石像。その周りには両大戦で戦死したストックポートの出征兵士すべての指名が刻まれています。

ところで、話変わって...今日9月2日は何の日でしょう。

第二次世界大戦終結の日です。

え、終戦の日って8月15日じゃないの、と思われたでしょう?

8月15日は日本がポツダム宣言を受諾し、無条件降伏を受け入れた日(8月14日)の翌日で、国民が天皇のラジオ放送によって終戦を知らされた日です。日本人にとって印象深い日なんですよね。なぜか英国もこの日を「第二次世界大戦終結の日」としています。

V-J Day (Victory over Japan Day 日本に勝利した日)と、うかれた名前がついています「日本降伏の日 Japanese Surrender Day」ともいうそうです。と言っても、英国にはこの日を知っている人はほとんど全くいないのが実情です...たとえ聞かされても日付はすぐに忘れます。

ちなみに、今、ウィッキぺーディアで調べてみました...8月15日を終戦日とする国は、日本、英国の他に、韓国と北朝鮮だけだそうです。

 

9月2日は日本が正式に降伏文書に調印した日で、連合国代表として米戦艦ミズーリ号の甲板での調印式に出席したアメリカ合衆国はじめ、オーストラリア、カナダ、ヨーロッパの主要国もこの日を終戦の日ということにしています。

ソ連(ロシア)と台湾、中国はその翌日に凱旋パレードをやったことから9月3日を終戦日としているそうです。

英国では、ドイツの降伏を記念する5月8日の V-E Day ( Victry in Europa Day ヨーロッパ戦勝日 )のほうがずーっと知名度も重要度もうかれ度も高いですね。国民が祝祭ムードを楽しむべき日です。

他のドイツと戦ったヨーロッパの国々も「日本の敗戦日=事実上の大戦終了時」にはあまり関心がないのではないでしょうか。

10年ごとの節目などに8月5日の「V-J デイ」の記念式典のようすがテレビで放送されますが、出席しているのは日本軍の強制収容所や労働キャンプで虐待されて、この日に開放された経験をもつ高齢の復員兵で...陰惨な体験談ばかり聞かされるちっとも浮かれていない記念日なのです。

「英国にとって何の日でもない9月2日は、もう一つの終戦日」だということは、戦争記念美術館の職員2人にすら知られていませんでした!

知り合いが受付スタッフとして働いているので、「パンデミック後の無事の再会」を今さらですが喜び合ってちょっとおしゃべりをしました。

戦争記念美術館の2階展示場に上がる踊り場の壁両面に、第一次大戦で戦死した兵士たちの英雄的犠牲を讃えるタペストリーがかかっていました。

 

戦友の墓に黙とうを捧げる兵士のシルエット、ドイツ軍のマスタードガスで失明した兵士たちが列を作って堤防の上を歩くシーンなど、英国人なら知らぬ人はいないほど有名な第一次大戦を描いたアイコニックな絵画のコラージュです。

2大戦とも戦勝した英国の、.敗戦国日本では考えられないヒロイズム、センチメンタリズム...それとは対照的な V-Eデイの浮かれぶり....お分かりいただけるでしょうか。

この踊り場からは慰霊廟が見下ろせます。

奥の曲面の壁に刻まれた「自らの命を我らの自由と幸福に捧げた彼らの名前をとこしえに忘れまじ」の文字が目に入ります。「わかった」と言うしかありません。

戦没兵士の目線の先には明るい光が差し込むギリシャ文様(ラーメンどんぶり模様)に囲まれた丸い天窓があります...天国の表現でしょうか。これでもか、と言うような感傷表現ですね。

11月11日のレッド・ポピー・デイ Red Poppy Day には国家を挙げて、両世界大戦のみならずすべての国際紛争で命を落とした英国軍兵士に慰霊と感謝の祈りをささげます。

原爆も投下された敗戦国日本で、悲惨な戦争体験の話をさんざん聞かされて育った日本人の私には疑問がいっぱいの戦死者の英雄視。どう考えていいのかわかりません。

...とは言え、私は軍国主義は大嫌いでも、軍事パレードや軍服を着た人がいっぱい出てくる国家行事を見るのが大好きなのです...。

 

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ハンバーガーにされたカエル, マクドナルドのあれこれとストックポートのかわった史蹟

2023年08月23日 07時00分00秒 | ストックポートとその周辺

ストックポートのカエル探しイベントに話題を戻します。

ロナルド Ronald (作品番号6)

ハンバーガーがペイントされたロナルド、スポンサーはマクドナルド Mac Donald's (マクドゥノーズと読みます)です。

今年のカエル探しのイベント名は 、The Great Frog-tastic Invention Trail 、有史以来の偉大な発明がテーマです。

「アメリカで発明されたハンバーガーはファーストフードレストランにとって欠かせない食べものである云々」の説明がガイドマップに添えられていますが...。飛行機や蒸気機関車、電話なんかに比べると発明の偉大さのグレードはググッと落ちるような...?(多くの人にとってはどうでもいい)

描写力はなかなか!です。クローズアップでお見せする価値はあり。

 

 

マンチェスターに草間彌生展を見に行った日曜日、1人でマクドナルドに入って、季節限定のバーベキュー・クオーター・パウンダー BBQ Quarter Pounder を食べました。(いっしょに展覧会を見た友人とは会場前で落ち合いました)

マクドナルドで昼食はおそらく2年ぶりです。たまにコーヒーを飲みに入ることはありますが。あ、朝食のパンケーキ・セットも何回か食べています。

 

2か所に1か所の割合のバス停のサイドに掲示されていた食欲をそそるこの☟ポスターの効力に屈したのです!

実物はポスターほどおいしそうには見えません。

私が注文したのはポスターのダブルとは違い、スタンダード(=シングル)ですが。

ドリンクとチップス(フレンチ・フライ)がついたミールセットで£5-99(1,112円)でした。単品でたのむと(...今調べました)£4-19 (779円)です、セットが断然お得ですね。ちなみにダブルは£5-49。ミールセットで£7-19。(いずれも単位はポンド-ペンス)

日本では...もうどんどん調べます。あら、4月から発売停止!価格が抑えきれず収益がでないからだとか?スタンダード単品で400円、ミールセットで700円だったんですって?!お安い!

ひさしぶりに食べると美味しいですね。1人でサっとすませたい買い物途中の昼食にピッタリです。かつてのようなお手頃感はどんどん薄れてきている気がしますが。

一番安い「ハンバーガー(チーズなし)」は£1-09 です。まだ、あったんだ、とちょっと驚きです。

 

バーべキュー・クオーターパウンダーはこってりしたバーベキューソースの安っぽい甘辛味が絶品のおいしさでした。

昔からなぜか、いつもマクドナルドのミールセットを食べるとお腹いっぱいになるのに、2~3時間後に強烈な空腹感をおぼえます。なんだか怪しげです。

マクドナルドは、特に2012年のロンドンオリンピックの公式スポンサーをやってからだと思うのですが健康に配慮したアピールに熱心です。昔からハンバーガーに挟まれていた薄~いレタスやトマトは数に入れないとしても、現在ミネラルウォーター、サラダや野菜スティック、リンゴ、ブドウ、メロンなどの果物を販売していますし、カロリー表示や、糖質、アレルゲン、1日に必要な栄養素の摂取目安とパーセンテージなどの情報も開示しています。

...ただ、加工食品の継続的な摂取による健康害は今さら隠しようがありません。毎日食べてよいものではなさそうです。たまに食べるのは楽しいですね。

 

ついでです。

マンチェスターの表玄関、ピカディリー・ガーデンズ Piccadilly gardens に面したこの1920年代風の建物の一階のマクドナルド、私がマンチェスターに留学していた1990年代の初めにもとなりの薬局, Boots とともにこの場所にありました。

ほんの10年前にどこに何があったか思い出せないほど店舗の入れ替わりが激しいこのエリアで、この2軒は大健闘しています。

留学中に、日本で見なれたマクドナルドを目にすると心強い思いをしました。

異国で、見知らぬ土地でマクドナルドを見かけたら何かホッとした気分になりませんか。旅先でマクドナルドに入ってみたいかどうかは別として。

 

 

このロナルドのたつランカシャー・ブリッジ Lancashere Bridge は...

8年前に一部分の、しかも片側だけ復元された変わった史蹟物件です。

この写真ではわかりにくいのですが、1932年建造の歴史ある橋の橋脚部分が見えるように道路が丸くくりぬかれています。

1970年代にストックポート全域を含むマンチェスター周辺の広範囲の町がグレーター・マンチェスター Greater Manchester として州統合されました。

それまでストックポートのタウンセンターは、このマージー河を境にチェシャー Cheshire とランカシャー Lancashere の2州に分断されていたのです!! 橋の右側がランカシャーでした。

中世以来、何回も架けなおされたこの大きな橋は(復元されたのはアーチひとつ分、ごく一部です)州境橋 boundary bridge として地元の名所だったそうです。

1965年にショッピングセンター、マージーウェイ Merseyway が建設された時、マージー河は暗渠として覆われてしまいました。その時ランカシャー・ブリッジの、コンクリート製の橋脚だけはなぜか(!)取り壊されることなく道路に覆いかぶされてしまったそうです。

奇妙な話です。

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カエル効果でビジネス招致もかなうか、晴れた日の日光浴とストックポートの開発祈願

2023年08月18日 01時42分20秒 | ストックポートとその周辺

きのうは日中気温が25℃前後、久しぶりに雨が降らず気持ちのいい1日でした。

ストックポート駅前の新しいビルが並ぶ ストックポート・エクスチェンジ Stockport Exchange と呼ばれるちょっと開けたエリアに行ってみました。

 

おなじみのストックポートの観光イベント、カエル探し Frog Spotting の話題です。

オービル Orville(作品番号3)。

1903年にアメリカ合衆国のノースカロライナで世界初の有人飛行機の飛行に成功したウィルバーとオービルのライト兄弟の偉業をたたえた作品です。

(男の子がフードにニセ毛皮の縁取りのある真冬のコートを着ているのに注目です)

 

わかりやすく、青空をバックに黒い飛行機が描かれています。

 

空港に近いストックポートでは上空を飛ぶ飛行機をひんぱんに見かけます。この日は天候の都合か、機体はすべて高すぎていっしょに撮影できませんでした。

 

 

右側の奥にちょこっと写っているカエルのオービルのスポンサーは、世界的なホテル・チェーン、ホリデイ・イン Holiday Inn。

12時過ぎでした。チェックイン時間前だったのか何組もの人がスーツケースを芝生においてデッキチェアで日光浴をしていました。

 

街のオープンスペースにおかれたデッキチェア、英国の夏の風物詩です。

ほとんどの人(特に女性)が老化を促進する紫外線に肌をさらすのを徹底的に避ける日本では考えられませんよね。今はとにかく何より暑すぎるんでしょう?

...西洋人にとって晴天の日に外にでて顔を太陽に向けて目をつぶるのは 持って生まれた本能のような習性です。

日焼けに対する強烈な執着は英国(のみならず欧米諸国全般)で生まれ育っていない私の理解をはるかにはるかに超えています。

皮膚ガンを誘発、肌の老化を進めるなど紫外線の害はもう十分啓蒙されているはずなのに、「日焼けして美しくなりたい」強烈な欲望にあらがうことができない人が多すぎるのです。

日光を浴びないと鬱になると公言している人、日光に当たっている時の自分は美しく内面的にも強くポジティブでいられると思っている人が実際とても多いようです。うちの夫も日光に顔を向けて恍惚状態になっている時に話しかけられるのをひどく嫌がります。サッカー観戦している途中に話しかけられた時とよく似た反応です。

「太陽光線に身をゆだねた自分」を一種、神格化したような精神状況なのでしょうか、何者も立ち入ってもらいたくない状況なようです。

 

...上の写真のホリデイインの左側に現在建築中のビルが見えています。

これ☟

 

ストックポートの有名なランドマーク、ストックポート・ヴァイアダクト Stockport Viaduct (鉄道橋)の周りの、バス・ターミナルだった場所もバスターミナルを取り込んで、ショップや緑地エリアなども含む壮大でモダンななオフィス・ビル街に開発される過程なのです。

ロンドンやバーミンガムなど南部の大都市から北部の大都市、マンチェスターに向かう乗客に、電車のスピードがぐっと落ちるヴァイアダクトの通過中に見下ろして「おおっ、ストックポートはなんて発展した町なんだ!」と感心してもらう効果バツグンなのかもしれません。

 

ストックポート・エクスチェンジに話を戻します。

フログワーツ Frogwarts (作品番号2)

この写真は、別の日の夕焼け空が美しい夕暮れ時に撮りました。

蒸気機関を発明したウィリアム・ニューコメンとそれを発展させて蒸気機関車の原型を発明したジェームス・ワットの偉業をたたえた作品です。命名も表現もちょっと苦しいですね。

フログワーツは「ハリー・ポッター」に出てくる寄宿学校の名前ホグワーツにかけていますし、表面のペイントも(たぶん、赤いし)ホグワーツ・エクスプレスのつもりでしょう。子供ウケはバッチリですね。

無料でもらえるカエルめぐり地図の解説によればフログワーツは「ストックポート駅の、9と 3/4 番線から発車する」と書かれています。いえ、ストックポート駅にはプラットフォームが有名な「0番線」を含めて5本しかありませんてっば!

 

もちろん、駅の坂上エントランスのすぐ外に設置されています。

 

このストックポート・エクスチェンジ、開発が完成したのはパンデミックの2年ほど前だったと記憶しています。

「完成予想図」とともに開発予告が載った地方新聞には「ストックポートはヨーロッパのビジネス・ハブ(放射線の集まる中心地)になる Stockport will be the European Business Hub」という、「かってに言ってろ」レベルの実現度の壮大な標語が掲げられていました。

ムリなのは明白ですが、荒唐無稽とは言い切れない国際ビジネス立地に欠かせない要素は、ストックポートにはたしかにあるのです。

マンチェスター国際空港までクルマで15分足らず、30分おきに発着する空港直通バスも駅のすぐ下の通りにとまります。そして何よりも鉄道の便!マンチェスター行き、マンチェスター発の全ての列車がストックポートにとまります。

もちろんストックポートはぜんぜん「都市 city」の機能を充たしていないただの「町 town」なのですっ!!...が、それでもマンチェスターとロンドンを結ぶ鉄道路線、主要都市だけに停車する「インターシティ Intercity」もストックポートにとまります!

...その理由は、ストックポート駅のプラットフォーム直結の、ストックポート・ヴァイアダクト。

以下、ストックポート住民の「お国自慢」(実話)です。

リバプール-マンチェスター間を世界初の鉄道が開通した時、すでにここストックポートに駅を建設する計画がありました。

首都ロンドンに至る鉄道開設のため、谷底の町、ストックポートをまたぐ壮大な鉄道橋の建設が必須。それと引き換えに、未来永劫に「マンチェスター行き/発の列車すべてをストックポートに停車させる」という条件を当時(1840年)のストックポート市長が鉄道省に承認させたのだそうです!!

ストックポートは、国際ビジネス都市マンチェスターよりもほんのちょっとですがロンドン、バーミンガムよりです。マンチェスターからよりずっと空港にも行きやすいですし。お家賃もマンチェスターに比べればグッと安そうです。

ただ...駅前のストックポート・エクスチェンジの青い空を映し込む美しい鏡面ガラス張りの新型オフィスビルには空きスペースが多そうです。

パンデミック以来、リモートワークが定着した今、空港に行きやすいとか鉄道の便がいいとか、どれほどの利点(説得力)があるのでしょうか。どこにいたって会議や商談はできますのに。

建設ラッシュのストックポート...本当にもくろみ通りに行くのかどうか...

 

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ストックポート恒例のカエル行事と英国の生活困窮事情など

2023年08月15日 06時32分35秒 | ストックポートとその周辺

日中の最高気温が連日21℃前後の肌寒い英国の夏休みです。しかも、ほぼ毎日雨降り...

ストックポートのショッピングセンター、マージーウェイ Marseyway の天井から色鮮やかな浮き輪がつるされ、夏の海辺のリゾート気分を盛り上げています...寒いんですってば...!

今年も(と言っても2021年に続いて2年ぶりですね)夏休み恒例、子供たちに大人気のアクティビティ「カエル探し frog spotting」が7月21日に始まりました。

2019年、2021年にもストックポート日報 でしつこく取り上げました。

地元アーティストによって表面をペイントされた巨大なカエル19体を探してストックポートの観光、商業のかなめスポットを巡るパブリック・アート・トレイル・イベントです。

今年のイベントタイトルは The Great Frogtastic Invention Trail (偉大な発明めぐり)。前回までと違って、一貫したテーマがあるようです。従来のストックポートの名所めぐり、パブリックアート鑑賞のほかにタメになる知識も得られるという趣向のようです!

 

ショッピングセンターの入り口近くに設置された赤いカエルの名前は、リンゴー Ringo。(作品番号7)

リンゴーは、ring (電話の通話) からの安易な名づけでしょうね。

英国の偉大なロック・バンド the Beatles のドラマー、リンゴー・スター由来で現在ではごく少数ながらも男の子に名付ける親が後を絶たないユニークな名前のひとつです。子供の名づけウェッブサイトを見てみたら「日本語ではアップルの意味がある」とたいてい書かれています。リンゴー・スターの芸名は、指輪 (ring)好きからついたあだ名がもとだそうです!

 

アメリカ人のアレクサンダー・グレアム・ベルによる電話の発明(1876年)を讃えた作品だそうです。わかりやすいですね。お腹には懐かしいダイヤル式、背中にはスマートフォンの文字チャット画面がペイントされています。

 

チャット会話の内容は「やあ、リンゴー、夏休みは何するの?」「マージーウェイの海辺(seaside fun=イベント名)を跳ねまわる(hoppinng over=大はしゃぎする)んだ」「楽しそー、僕も行っていい?」「もちろん!砂浜で会おう、7月29日から9月3日までやってるよ!」

...スポンサーは言わずと知れたマージーウェイです。

Seaside Fun とは...

 

大きな砂場と、ヘルター・スケルター helter skelter という、英国の海辺の観光地にはおなじみの滑り台が設置された海辺の気分満載のプレイエリアです。

空気を入れて膨らませる、低くて滑り台部分がチューブ状になった安全型ヘルタースケルターです。海辺にある本式なのは3階ぐらいの高さの塔の周りを覆いのない滑り台でらせん状にグルグル滑り降りる安全上問題が大ありなモノなのです。25年以上前、小さかった息子を膝にのせてすべってみたことがあります。こわかった~)

2日続きで晴れ(気温は最高28度)だった先週の午後、上の写真を撮りました。

 

ところで...

リンゴーの横の空き店舗を利用した、手作り品を売ったり、アーティストが個展を開いたり、環境問題へのアッピール展示をしたりするための貸しスペースで...

週末オープンする予定の「イベント」準備がすすんでいました。

小学校の制服のおさがりを、すべて50ペンス(91円)で販売する仮店舗だそうです。

 

昨今の物価高に伴う生活危機で新学期に向けて学校の制服をそろえるのが困難な家庭が多い、とたびたびニュースで取り上げています。

生活困難者が食料のみならず、衣料や日用品を無料で受け取れるフード・バンク food bankに行けば、もちろん制服ももらえますが、「生活困難者」とまでは言えない、フード・バンクに並ぶほど困窮していないけれど、出費はできるだけ抑えたい子供がいる家庭も多いはずです。

子供がいる家庭には本当にありがたい企画なはずです!

片側には女の子用、ギンガムチェックのワンピースがズラッと並んでいました。

英国の、多くの公立小学校にはスクール・ユニフォームを着て登校するきまりがあります。

スーパーマーケットやデパートが値段まちまちで、デザインも微妙に違う標準型の制服アイテムを常時販売しています。

男女ともにスクールカラーか白のポロシャツにグレーのスカートかズボン、寒くなったらスクールカラーのスエットシャツ(トレイナー)を上に着る、というのがたいていの学校の標準ではないでしょうか。スクールカラーのギンガムチェックのワンピースは低学年(4歳から9歳)の女の子に人気です。

女の子は、ワンピースでもズボンでもスカートでもピナフォー(ジャンパースカート)でもオッケー、選択肢が広いですね。

成長が早い、小学生の子供たちに制服を買い続けるのは生活困難者でなくてもけっこうな負担です。

うちの子供たち2人が小学生だった時、多くの小学校ではエンブレム(校章)刺繍の入ったトレーナーが学校指定で、ちょっとした社会問題になっていました。特定業者に販売させて、売り上げの一部が学校の設備基金として運用されていました。

スクールカラーのどこの学校でも通用する無地無紋のトレイナーをスーパーマーケット等で格安で売らせて、それを着て行ってもいいことにすれば制服への出費が著しく抑えられたはずなのです。

今は、刺繍入りユニフォームの着用は強制されず、希望者のみに購入させる学校が多くなっていると聞きました。

うちの娘は学校時代、男の子だったものですから上の息子のおさがりが流用できると期待したのですが、すぐにサイズが小さくなったもの以外、いたみが激しく買いなおすことの方が多かった記憶があります。

いちばんの出費は黒の革靴でした。

子供の頃の靴選びは体の発達に重要な影響を与える、と信じて無理してでもきちんとした造りの革製の靴を買ってはかせる親がとても多いのです(少なくともうちの子供が小学生だった頃は)。もちろんスーパーマーケットには廉価な合成皮革の通学靴も多数売られていましたよ。

 

ちょっと離れた場所に産業用ゴミ箱のような「おさがりの制服寄付箱」がありました。

 

中を覗き込んでみました。

破れたり汚れたりしたものは受付けないようですが...ちょっと見たところ、くたびれたモノが多いですね。兄や姉のおさがりならともかく、知らない子供が着古した服を子供に着せるのに抵抗のある人は多いかもしれません。

50ペンスだからと、納得できる人だけが利用するのでしょうか。

私は自分の服はほぼすべて、寄付品を売って売上金を慈善事業に使う「チャリティ・ショップ」で買うことにしています。節約とともに社会的意義(リサイクルと慈善活動)も重要視してそうしています。

チャリティショップで売られている古着は、概して言えばコンディションの良いものばかりです。

「寄付箱」をのぞき込んだら、なんだかもっとせっぱ詰まった事情がかんじとれました。

 

例年ほど情熱的にカエルの紹介をするつもりはありません。時々目についたら関連の話題といっしょに記事にしてみます。

 

 

 

 

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ナシのキューポラのある名物ミル建築に見る古い建物の利用法

2023年08月11日 08時00分00秒 | ストックポートとその周辺

洋ナシ形のキューポラのある元製糸工場、続きです。

きのうの記事のリンクです。

ナシのキューポラのある町、栄光の歴史の最後を飾るお茶目建築今は人気の商業施設

20世紀初頭に創業した、製糸工場の建物を上手に利用した「商業施設」です。

うちの娘と友人3人がウォール・クライミング(2時間コース)をしている間、私と夫は Stockport Vintage Emporium というお手頃骨董市場に入ってみました。

「お手頃骨董」は便宜上私が勝手につけた呼び名です。

骨董(アンティーク)というほどの値打ちもない年季の行った日用品を売っているブースが100近くある、常設マーケットみたいな施設です。ヴィンテージと言えば、聞こえがいい...まあ、欲しがる人もいるガラクタ屋の集合体とでもいった方がいいのかもしれません。

ペア・ミルのウェッブサイトを見てみたら、けっこう人気のある観光スポットらしいことがわかりました。

各ブースに、経営者は常駐していません。製品には全て、店名と値段が書かれた札が取り付けられています。メインの会計所に買いたいものをもっていって支払いをすればいい仕組みです。

「ガラクタ屋やセカンドハンドショップ、あるいは骨董屋では売り手と買い手の値段の駆け引きも買い物の楽しみ」と言う人も多いようですが、ここでは一切、値切れません。このシステムは気に入りました。私は値切るのは苦手ですし、かといって自分が必要以上に吹っかけてある値段を払って損した気になるのもイヤなのです。

 

衣類が充実していました。

 

びっくり顔のサカナの置物、Bewrick Leaping Trout に先月行った、ベリックの名前を見つけました。

ベリックは知る人ぞ知る、豪華な釣りツアースポットでもあるそうです。一区画を借り切ってトロウト(シャケの一種)フィッシングができるそうです。

 

草間彌生の古いポスターを見つけました。

いわゆる「骨董」らしい品物と言えば、対になったキング・チャールス・スパニエルの陶器の置物でしょうか。

19世紀に、新興中流階級がこぞって買い求めて暖炉の上に飾ったという成金インテリア・アイテムです。対で揃っているものはけっこう貴重らしいです。かわいくも美しくもなんともない俗っぽい置物ですが、よく見たら愛嬌があるような...(40ポンド前後、安いのか高いのか?)

18世紀のドイツで開発されて、20世紀に大人気だったというウラニウム入りの妖しく光るガラスの食器!

「安全性は問題なし」とわざわざ書かれていました。

 

...結局、何も買いませんでした。不要なモノを増やさないように極力気をつけているつもりです。

 

このヴィンテージ・エンポーリアムの呼び物は、一番奥のこの、ティールームらしいです。

 

椅子や食器類が何一つとして揃っていません。

さすがは「ガラクタ屋」のティールームです。

 

私たちは家では飲めないエスプレッソ・マシーンで淹れるアメリカーノを注文しました。おいしかったです。

紅茶の種類が多く、変わった形のティーポットから飲んでみたいと一瞬思ったのですが...やめました。

うちの夫はものすごーく紅茶にうるさいのです。オンライン販売で入手したリーフ・ティを自分でブレンドしてピッタリの量のお湯を沸騰させてティーポットで蒸らせて毎朝飲んでいます。私ももちろんお相伴しますが、ほとんどすべての英国人と同じように自分で淹れて一日に何杯も飲むティーバッグの紅茶との違いがよく分かりません!

うちで凝った紅茶を飲む自称エキスパートの夫が、出先のティールームで3ポンドも出して紅茶を飲みたがることなんてあまりないんですよね。

 

英国伝統のケーキ類の多さに目を見張ります。

 

大き目の1切れが3ポンド80ペンス(698円)は、おいしかったのでボッタクリとまではいいませんが,高すぎのような気がします。2人でオレンジ・チョコレート・ケーキ1切れを分けて食べました。

 

...帰ってから、マンチェスターのコットン・ミルに関してリサーチしてみました。

18世紀以降に創業され、現グレーター・マンチェスター内で稼働していたコットン・ミルは20世紀初頭には少なくとも2,400を下らなかったそうです。(学術資料を引用している郷土史家の2020年のブログを見つけました)

マンチェスターが世界の綿工業の中心地であったのは、第二次大戦ごろまで。戦時中は軍事需要におわれ、戦後は英国から独立したインドなどの、人件費の安い新興国にその地位を奪われ、全廃業に追い込まれました。

数多く残ったのが、用途のなくなった頑丈で立派なレンガ造りの建物です。取り壊すのも大ごとです。

1985年の調査時に残っていたコットン・ミルの建物は半分以下の1,112軒。その後、現在まで残っているのはそのうち半分にも満たないだろうとのことです。

現存のミルの多くは、広大なインドア・スペースを何かに利用されているはずです。

内装にかまわなくてもよい倉庫や、アーティストに貸し出す共有のアトリエ、ミュージシャンのリハーサル施設...などの他、ナイトクラブや、ワインバーなど古い工場である特徴を生かした粗削りな内装がおしゃれな利用法も注目されているようです。

大手の不動産デベロッパーが介入して、多額の資金をつぎ込まれて改装されたモダンなオフィスや天井の高い豪華なアパートメントとして分譲、賃貸されているミルも実際、多く見かけます。

 

ペア・ミルのように商業施設として、スペースが広いわりには家賃が安そうな店舗としての利用も、ここストックポートでも多数見られます。そう言えばペア・ミルは内装、改装にお金をかけた形跡はほとんどありません。各テナントそれぞれ必要最小限度に手を入れているようですね。

広大な上階スペースはほぼ空き部屋で、工場が廃業し、機械類が取り去られた後のボロっちさをかなりしっかりととどめているのではないかと推察されます。保存指定建築ですので、状態が劣化しないような措置が義務付けられているはずです。公的基金の補助もあるでしょう。

 

 

 

 

 

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ナシのキューポラのある町、栄光の歴史の最後を飾るお茶目建築、今は人気の商業施設

2023年08月10日 08時00分00秒 | ストックポートとその周辺

ストックポートのタウンセンターからクルマで5~6分のブレッドブリィ Bredbury という町に、ペア・ミル Pear Millという変わった名前の「商業施設」があります。

ストックポートにはとてもたくさんの、大きくて古いレンガ造りの 「綿工場 cotton mills」があります。

この「商業施設」もその一つ、1913年に創業の、(綿織物工場ではなく)綿製糸工場だった建物を利用しています。

18世紀の産業革命以来、「世界の工場」だった英国の、主要工業生産物だった綿の生産を一手に担っていたマンチェスター界隈の栄光の歴史!...の名残です。

この、ペア・ミルは英国で創業した最後の綿工場だそうです。廃業も意外に遅くて1978年、他の多くのマンチェスターの工場は戦後、採算が合わずにどんどん廃業しています。インドや中国など人件費の安い発展途上国に綿産業の中心地の地位を奪わちゃったわけです。

 

ペア pear (洋ナシ)ミルの名前の由来は...ただ単に創業者の名前がペア氏だったからのようです。ただ、社名へのこだわりがよっぽど強かったらしく...

 

巨大なコンクリート製のナシのキューポラがドドンと目立ちます。

「ペア・ミルって名前にちなんで、現代造形作家がインスタレーション作品でも載せたんじゃないか」と思った人もいるはずです。

ゴイト川沿いの谷底にあるこの工場、上の道路からもナシが際立って目につきます。

この写真☝はストックポートの観光資料から勝手に借りました。

全景を見たら納得ですよね。このナシは建築物の一部として創業時から塔の上にバランスよくちんまり鎮座しているのです。

ナシのオブジェではなく、ナシの形をしたキューポラなのです!!

ストックポート日報 ではおなじみのストックポート・ヴァイアダクト(ストックポート駅から出ている鉄道橋)の同級の「第二級特級 保存指定建築 Grade II*(グレード2・スター)Listed Building 」だそうです。有名な建築家が手掛け、予算オーバーで手をひいて、また別の有名な建築家が引き継いだといういきさつのある名物建築だそうです。

娘と、1週間ほどうちに滞在しているその友達2人をウォール・クライミングに連れてきました。

デンマークから来ていたインターネットゲーム仲間のその男性はボランティアで子供たちに教えているという上級者で、スェーデンから来ていたもう1人の男性とうちの娘に教えてくれることになりました。

このウォール・クライミング施設、オウサム・ウォールス Awsome Walls は愛好者の間ではしられた充実した施設らしいです。

...ああ、ここ、来たことがある。子供だった息子が15年ぐらい前にやってみたいと言ったので連れてきたことがあったのです。夫と息子は何回か来たようですが...そのうち飽きちゃったようですね。私は初心者必修の「家族でトライアル」コース1回きりでやめました。

ウォール・クライミング施設の入り口アーチにのっかった、かわいいナシふたつ!これももちろん創業時からのオリジナルです。

 

高さが不可欠なウォール・クライミング施設は、床のない7階分の高さのうち、3階ぐらいの床をぶち抜いた機動室 engine house を上手に利用しています。

クローズアップを撮り忘れたので、写真を引き伸ばしてみたら粒子が荒く悲しい写真になったので加工でごまかしたのが☝。

入口アーチを飾る角笛(コーヌコピア)から果物がこぼれ出て花綱(フェストゥーン)みたいに半弧を描くおめでたい装飾は古い建物につきものですが、これは洋ナシばっかりみたいです!通常はザクロとかブドウが混ざっているものなのですが。

他の場所には、ナシの花の装飾もあるということです。また今度行ったら、見てきます。

 

15年ぶりで来てびっくり!夏休みの日曜日の午後なので当然でしょうか、すっごい繁況で駐車場はほぼいっぱいでした。

以前もあったアディダスのアウトレット・ショップと子供のインドア・プレイグラウンド、カフェ数軒、それに前回はなかった工場直送家具屋、安売り食品店、育児用品店、それと、けっこう有名らしいヴィンテージ/お手頃骨董品市場(常設)のStockport Vintage Emporium 、その他、ホームセンターやクルマの部品屋などが広大な工場敷地内のごく一部のスペースにテナントとして店を構えていました。

子供のバースデーパーティーがあったらしく、駐車場にはプレゼントを持った子供たちもおおぜいいました。

週末の午後、家族一緒に時間をつぶす郊外の娯楽場みたいな場所になっているみたいですね。

 

さて、ウォール・クライミング施設、オウサム・ウォールスの内部です。

休憩室兼クライミングをしない人がくつろいで待つスペースが中二階にあります。(誰でも入れます)

私と夫は、娘たちとと別行動で、1時間半ほどアンティーク・マーケットを見て歩いたあと、オウサム・ウォールスの休憩室で知らない人たちの壁のぼりを30分ほど見物しました。

私たちが見ている前で10歳ぐらいの女の子がトカゲのようにスルスルと天井ちかくまで壁を這いあがって行きました。

 

以前来た時、私たちはこの10mぐらいの高さの壁で家族向き入門コースを受講したのでした。

息子と夫はけっこう上まで登れたようですが、私は自分の身長より上ぐらいまで登ってイヤになっちゃったおぼえがあります。なぜか、その頃より体力には自信がある現在...やっぱり再挑戦する気にはなれません。(高いところが苦手です)

そういえば、夫の体力は加齢でだんぜん今のほうが落ちているはずです。

 

 

娘とお友達3人(女性が1人現地集合で参加)はなぜか角度があって、足をかけるボツボツが離れていて難しそうな壁ばっかりの場所で初挑戦をしていました。

奥には、どうやら塔の内部らしい「エベレスト・ルーム」という、7階の上まで(?)のとんでもなく高い壁のぼりチャレンジスペースもありました。

ペア・ミルに関して、長くなるので、以下次号。

 

 

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