街の風景として、あそこにあんなお店があって、その隣りにはこんなお店があった。
あの通りは雰囲気があってよかったよナー。
といった記憶が再開発による解体によって記憶までもが消えてしまい、
あのお店はどの辺だったかな?といったもどかしい経験は誰にでもあると思います。
今回、浦和駅前の最後の再開発予定地も最近かなり動きが出てきたようで、
いずれ今の街並みは消えていく運命。
その前に写真で記録として残しておくことが数十年先に貴重になると感じ、
テクテク歩きながら写真に収めてきました。
それによるとこのエリアには「旨い店シリーズ」と
「隠れた名店シリーズ」に掲載したお店が20軒もありました。
その中には、このお店はこれを機にどうするのだろうという気になる店がいくつもある。
今回の対象エリアは駅の南側の地区(南高砂地区)で約1.8haの施工区域がある。
ここにご覧のような建物が計画されていて商業・業務・公共公益施設(市民会館うらわ)・
共同住宅(約506戸)・駐車場が予定されている。
RC造・SRC造・S造の地上27階・地下2階、延床面積は約3万坪だ。
まずは田島大牧線(最近旧中山道からR17号までの拡幅道が開通した)。
通称・日の出通りに架かった歩道橋からスタートだ。
左側には超高層マンションのコスタタワー。
この路地の右角には中国からの料理人が頑張っている「天天香」(2013-5-15付~その89~)がある。
このABCビルの左1階には、日の出通りの拡幅によって東口から西口へ移ってきた
「栄寿司」(2019-5-25付~その430~)が入居している。
この通りから左側が再開発対象エリア。
右側の朝日生命ビルは残る。
ここには短い期間であったが会員制倶楽部で昼はホテルカレーが食べられた
「浦和倶楽部」(2017-8-31付~その342~)がある。
前の天天香の道を進むと右側に「スナック 信ちゃん」。
ここのオーナーは県の飲食業組合の会長を務めていたその道の有名人だ。
左側角には「和食の飃(つむじ)」(2013-11-16付~その117~)がある。
先日アップしたばかりの「嬢々苑」(2021-6-30付~その543~)が入居している。
ビルの1階には昔よく通った「PUB マダムローラン」と
2階にスペイン料理の「シェフ・デ・ブッシュ」(2013-1-11付~その76~)がある。
その隣りには評判が高いイタリアンレストランの
「アランチャ・デルソル」(2013-3-27付~その82~)の一軒家がある。
玄関前にあるシンボルツリーの大きなみかんの木も切られてしまうのか。
その先には建物全体が緑で覆われている
「かき氷の蔦」(2014-9-5付~その174~)がある。
この日もそうだが、暑い日はいつも長蛇の列ができる人気店だ。
こちらの商店街通りには書道用具の老舗・鵞毛堂、クリニックなど古いお店が並んでいる。
その通りにあるこのビルは半地下に焼肉では浦和エリア評価1・2の
「伽倻の家」(2016-6-21付~その288~)、
2階には寿司店の「とと浜」(2018-5-2付~その380~)がある。
路地が多いエリアの中に、ひときわ狭く
人がすれ違うのがやっとの道の向こうに超高層マンションが。
この建物の落差は半端ではない。
この賑わいのある商店街の中でも、この角の「鶏そば 一瑳」
(2011-4-21付、2021-1-16付~その15~、15-Ⅱ)は
いつ見てもウエイティング客のない日はない程の人気店で
食べログで絶えずNo1をキープしている。
この人気ラーメン店を右に曲がった通りがパチンコ屋(MiRi)のある通りに出る。
もう一本、西側の路地が再開発の西端にあたる。
この反対側はワシントンホテルだ。
今までは、いかにも路地街の町であったが、こちらは表側・県庁通り。
駅そばの「bagの店あぶらや」と「浦和菓匠 花見」(隠れた名店2018-8-29付~その10~)だ。
花見さんの社長がこの再開発組合の理事長を務めている。
やはりこちらの商店街も県庁通りに面している。
浦和コルソの向かい側だ。
ここには「らーめんのなかじま」(2013-10-5付~その110~)と
「牛丼の松屋」(2015-8-21付~その226~)がある。
今回の再開発エリアで唯一の銀行・三菱UFJ信託銀行・浦和支店。
銀行の移転はそう簡単ではなく大変だ。
この辺りもごちゃごちゃして写真で残しておかないと
記憶ではわからなくなってしまいそうなエリアだ。
この路地もすごく懐かしい道でスミダマンの同級生がやっている
「ちゃんこ 市川本店」(2015-7-30付、2018-4-7付~その82、82-Ⅱ~)と
ハイレベルの和風居酒屋「くら川」(2014-10-23付~その183~)。
この通りもよく歩いた道だ。
今はかなりさびれた雰囲気で店がいくつも変わっては消え、
再開発の時間の経過に翻弄された人も大勢いたことでしょう。
今まで何本もの路地とお店を紹介してきたが、
なんといってもこの通りが一番思い出深い通りと店がある。
特に「やき鳥の南蛮亭」(2011-4-23、2017-10-15付~その16、16-Ⅱ~)は
48年間通り続けた青春の名店で、このコロナ禍で長期間閉店していて、
幾度となく食べたい症候群が襲ってきている。
また、隣りの「美家古鮨」(2011-6-10付~その25~)も
先代が当社ビルに昭和30年代・柳橋から分店独立し、
現在の2代目の時代、スミダマンがここを斡旋したといういきさつがある。
ほかに「りゅうらーめん」(2014-5-8付~その152~)、
「カルニチン堂」(2015-2-17付~その198~)もある。
2階の「庄や」では、よく歓送迎会をやったものだ。
ここに紹介した皆様は今再開発プラス・コロナ禍というダブルの荒波にもまれ、
本当に苦労している事と拝察いたします。