思考の部屋

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伝説の女優が愛した文字(漢字)・憂鬱なリンカーンはアメリカンコーヒーを3杯飲んだ!

2010年10月10日 | ことば

 伝説の女優が愛した文字(漢字)、伝説の女優とは故夏目雅子さんで、彼女が愛した漢字とは「鬱」という漢字です。

 8月の末に放送されたNHKみんなでニホンGO!「漢字スペシャル」と言う番組でこの「鬱」という漢字が詳しく紹介されていました。この漢字は、今では「うつ病」の「うつ」の文字として負のイメージで理解される言葉になっていますが意外や意外の展開でした。

 この漢字はご承知のとおり、29年ぶりに改定された常用漢字にこの「鬱」という文字が加わることになりました。今現在の社会的現象の中で、どうしても常用漢字にするを得ない事情があることは推測ができそうです。

                

 夏目雅子(1957~1985)さんは難しい漢字が好きで有名な方、あるテレビ番組で司会者に理想の男性像はと聞かれ、

 例えばね 「憂鬱(ゆううつ)」の「鬱(うつ)」っていう字をぱっぱっと書ける人

と答えていました。伝説の女優が惹かれたこの「鬱」にはいったいどのような意味があるのか・・・・・。

 常用漢字に「鬱」を入れるかという問題に関し賛否両論があったようです。画数は29と一般のよく使う漢字よりもとんでもないほど画数が多い漢字です。

 巷でのイメージはあまりにもよくなく、好きか嫌いかと問われると嫌いな漢字、と答える人が多く、すこぶる悪い文字です。

 しかし「鬱」にはもう一つの顔があります。「エネルギーがぎゅっと煮詰まっている形」「次に大きく爆発して生命が生まれる前の凝縮した形ですよ」と語るのは、書家の岡本光平さんです。

                

 そもそも常用漢字とは何か? 常用漢字とは、「一般の社会生活で分かりやすく通じやすい文章を書くために使う漢字の目安になるもの」と定義されます。法令や公用文書で使われる漢字、また学校で習う漢字もこれに基づいています。

 法律、公用文書、新聞、雑誌、その他一般社会で使われる漢字の目安が「常用漢字」です。

 文化庁は5000文字を調査した結果、「鬱」という文字が最近使われる頻度が上がっており、また「鬱」という字はいろいろな意味、いろいろな使われ方、汎用性がある。また「鬱」という字を見た人が、これはどういう字だと直ぐに分かる。そんなことが分かりこの字を常用漢字にしようということになったそうです。

 この「鬱」という漢字は、なかなか書けない字です。番組ではいくつかの秘伝が紹介され、その中の一つに「憂鬱なリンカーンはアメリカンコーヒーを3杯飲んだ」という覚え方が紹介されていました。

                

 リンカーンということで木(リン)と木(リン)の間、空き缶の「カン」を置く、そして「リンカーンは」の「は(ワ)」で、「ワ」を下に付けます。

               

 そしてアメリカすなわち米国の「※」を書き、「コーヒー」を入れます。「コ」は右に90回転した形になります。

                              

 そして最後に右側に、三杯の「ノ」を三つ書きます。

               

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 「鬱」という文字はどのような背景で生まれたかですが、これが実に面白いものです。

 ゲストの「鬱」に関するイメージには、

 ○ 山とか川とかでひとりぼちで三角座りしているイメージ
 
 ○ 樹の中から出来てきた字という感じがすうる。

 精神科医の名越康文先生は、「うつ病はただ落ち込んでいるイメージを受け、いろんな意見がありますが、私自身はそのような方を見ると、ブレーキを踏みながらアクセルを踏んでいるようなイメージを受けます。シュンとしているのですが、動きたくとも動けない、何かそれを一緒にすると、エネルギーがものすごく高まっているんだけどまだ外側に出てこないっていう意味もあるかも知れない。」と専門の立場から話していました。

 漢字辞典には、「鬱」の意味は、②気をふさぐこと。の前に①といして、草木がしげっていること。物事が盛んなこと。という意味があります。このようにこの「鬱」には明と暗の二つの顔がある分けです。

 なぜこの字が一方の暗のイメージばかりが強くなったのかと言うと、大正のころの文豪によるところが多いようです。詩人萩原朔太郎が友人にあてた書簡の中に

                

 この「鬱」という字は、僕の第二詩集のために取って置いたものであるから今兄に使われると少し閉合(口)する

と書かれており、その後1923年(大正12年)の詩集『青猫』には、35回この字が使われているということです。

                

そもそも万葉の時代から「憂鬱」の意味につかわれていた言葉は、「うし(憂し)」で、

 山の中を 憂しとやさしとおもへども 
 とびたちかねつ 鳥にしあらねば
             (山上憶良)

 世の中を憂いに満ちた場所だと思ってっも、飛び去ることもできない、とりではないのだから。

 なぜ大正期に多く使われるようになったのか、国語辞典編纂者飯間浩明さんは、

 大正時代の文学者達が、時代の空気を表そうとした時に、古来の日本語の「憂し」とか「憂さ」ではその雰囲気を表しきれなかった。「憂鬱」漢字二文字ですね、「鬱」という感じは画数も多いし、ビジュアル的にも黒々として重量感がある。自分の表現したい重苦しさがうまくいい表せる格好の字だと文学者たちが考えたと思う。

                

と語っています。昭和になると憂鬱が流行歌に登場し国民のだれもが知る言葉になり、「鬱」のもう一面である木々が鬱蒼(うっそう)と茂るという、葉っぱが空を覆いつくすような勢いをもって茂っていくというイメージが忘れ去られてしまうことになったようです。

                

 忘れ去られていた「鬱」の意味を蘇らせたいと願う書家の岡本さんは、鬱の原風景を

 森の中の鬱蒼とした暗さ、・・・だけどその中にはたくさんの命が同居している。単位プラス・マイナスでは割り切れない、混沌とした生命の集約した場所。

 鬱蒼【うっそう】木々が生い茂り、青々としているさま。

 鬱勃【うつぼつ】雲などが立ちのぼりさまや、意気盛んなさま。

 鬱という字も単にマイナスのイメージというよりは、正と負がドッキングしてすごい形を作っていると訴えてきています

               

 鬱という文字に秘められていた無限の宇宙、この字がそれぞれの個人にどんなイメージを語りかけるのか、非常に興味深い字です。

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 「鬱」という文字のそもそもの起源の話ですが、京都大学大学院教授阿辻哲次先生は次のように解説されていました。

               

 そもそもこの鬱はお酒に関係する字で、林に中におかれた缶詰ではなくお酒の壺、ふたの下にはお米とハーブが入っていて醸(かも)している。

               

そのお酒の香りが辺り一面に立ち込める。

               

というのが本来の意味なのだそうです。阿辻哲次先生は漢字学者の立場から

 メランコリックな気持ちが内に一杯広がるから憂鬱という言い方をする。たくさんあるという本来はいい意味の漢字なんです。

 山があるから山という字があり、ツルという鳥がいるから鶴という文字ができる。ある一つのものを表すために文字を作る。物とか意味を表すために古代の中国の人たちの世界観や人生観をぎゅっと詰め込んだカプセル。

 そのカプセルを今の我々が開いていくと我々21世紀の人間いはもう既に存在しない豊かな自然観や人生観などが開いてくる、それこそ鬱蒼と開いてくる。

とも話されていました。

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 今朝は漢字の世界でした。漢字の発祥の地、中国はあのような体たらくな状態です。国民全員がそうではないのでしょうが、政治に心を取り戻す変革の時が来ているのかもしれません。

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4 コメント

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Unknown (市堀玉宗)
2010-10-10 07:15:49
大変、面白い記事でした。
本来の漢字の意味が少しづつ薄れ変容して使われている現代。言葉、漢字がなまもの、生きもの、魂の反映であることの証左でしょうか?
合掌

「梨喰うて愈々鬱の募りけり 玉宗」
返信する
生という言葉 (管理人)
2010-10-11 19:24:14
>市堀玉宗様
コメントありがとうございます。
NHKが肌に合うと言いますか、必ず毎日一番組あります。「みんなでニホンGO!」はこれまでに何回か放送されています。この番組では言葉、文字について興味深い内容が放送されています。

 言葉、文字じつに”生もの ”のように思います。
 いま「生」という言葉を表記しましたが、この言葉は、辞典で調べるとこれほど音訓の読み方が多い単語はありません。

 生命、生きる、に使われるこの言葉、恐ろしいほど多様で、実に「なまもの」です。

 今後もよろしくお願いします。
返信する
ありがとうございました (cococana)
2010-10-12 09:52:27
この記事、すごくよかったです。一部流用させていただき、
この記事のURLを私のBlogに貼らせていただきました。

流用はダメということならば、削除したいと思いますので、教えてください。
返信する
お役に立てればないよりです。 (管理人)
2010-10-12 21:05:47
>cococana様
お役にたつならば、幸いです。
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