思考の部屋

日々、思考の世界を追求して思うところを綴る小部屋

透き通った本当の食べ物を知っていますか。

2013年09月01日 | 思考探究

[思考] ブログ村キーワード

 今朝のEテレこころの時代~宗教・人生~「東洋思想の根底にあるもの」は、東洋思想研究家の境野勝悟さん、聞き手は金光寿郎さんでした。こころの時代で時々境野さんのお話を聴き、また著書にも接し沢山の学びの機会を受けています。聴いているうちに、お二人のことなのですが、学びの柔軟心をいつまでも持ち続けている方々だと思いました。

 その教えに堅苦しさが無いのです。そこで思い出すのが宮沢賢治のことです。初期の作品の『注文の多い料理店』の序文の記述を思いだします。
 
<『注文の多い料理店』の序文>

 わたしたちは、氷砂糖をほしいくらいもたないでも、きれいにすきとおった風を食べ、 桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます。
  またわたくしは、はたけや森の中で、ひどいぼろぼろのきものが、いちばんすばらしいびろうどや羅紗(らしゃ)や、宝石いりのきものに、かわっているのをたびたび見ました。 わたくしは、そういうきれなたべものやきものがすきです。
 これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらやら鉄道線路やらで、虹や月あかりからもらってきたのです。
 ほんとうに、かしわばやしの青い夕方を、ひとりで通りかかったり、十一月の山の風のなかに、ふるえながら立ったりしますと、もうどうしてもこんな気がしてしかたないのです。
 ほんとうにもう、どうしてもこんなことがあるようでしかたないということを、わたくしはそのとおり書いたまでです。
 ですから、これらのなかには、あなたのためになるところもあるでしょうし、ただそれっきりのところもあるでしょうが、わたくしには、そのみわけがよくつきません。
 なんのことだか、わけのわからないところもあるでしょうが、そんなところは、わたくしにもまた、わけがわからないのです。
 けれども、わたくしは、これらのちいさなものがたりの幾(いく)きれかが、おしまい、あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、どんなにねがうかわかりません。

<以上>

この最後の文章は「あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、どんなにねがうかわかりません。」と書かれています。読みずらいので漢字交じりにしますと、

「あなたの透き通った本当の食べ物になることを、どんなに願うかわかりません。」

と、意味がすぐに浮き出てきます。

 「透き通った本当の食べ物」

 私の理解ですが、いつの間にか身につくということではなく、私の意味器官が精神的無意識から良心の働きを躍動させてくれる糧(かて)ということです。

 「雨ニモマケズ」の「デクノボウ」にも通じると思うのです。そうなりたい。

 境野さんも金光さんも宮沢賢治の世界の「デクノボウ」なのではないか。言及の仕方に難があることは承知していますが、あえてこのように書きました。

 宮沢賢治の作品は、「透き通った本当の食べ物」が通底しています。NHKの『未来圏の旅人宮沢賢治』という番組が2011年の震災後に放送され、その2回目「自然には物語がある」に出演されていた生命誌研究家の中村桂子さんがこの「透き通った本当の食べ物」」について語られていて、そのことが記憶の中から甦ったのです。

 中村さんは、「本当の食べ物として受け取っているのか?」そして賢治の書いているものは「自然の物語」ということもおっしゃっていました。「科学だとか科学だとかの区別なしに丁寧に読んでいきたい」と話されていたその言葉を思いだしました。

 意味器官とか精神的無意識という言葉を使いました。私の好きなV・E・フランクルの思想で語られる言葉です。意識されざる意識であるフロイトやユングの言う無意識の欲動のような世界の話ではなく、事象認知の只中の意識される前という意味での前意識、主客未分の只中で立ち現れる働きの世界です。意味器官とは働きを言い、フランクルの場合は「愛」とか「良心」とか「芸術的なインスピレーション」の三つを挙げています。

「事象認知の只中の意識される前という意味での前意識」とはフランクルが言った言葉ではなく、個人的な意味理解です。

「はじめに光と混沌があった」[2013年03月12日]
http://blog.goo.ne.jp/sinanodaimon/e/27d78b2f118640d36a2f3ae6b0410f03

そこでは、深層心理学の言葉で「前意識」という言葉を紹介しました。

 意識・前意識・無意識と言った場合の意識と無意識の接点にある状態ですが、意識の先端という意味で「前意識」という言葉を使用した場合に無意識を前提とした意識ではなく意識をあくまでも眼前のひらかれた空間に向け視覚ならば感覚の初発、聴覚で言えば「聞こえ」の初発です。深層心理学の前意識は、感覚的な理解ではこころの底に沈む混沌に近きものに感じてしまいますが自他一如、主客未分の世界はバイザインは「~元にある」という現前の開けの世界であり絶対無であるとも思うのです。剣先の鋭さが空間を過ぎるその只中になにも無いが働きは過ぎ行きます。物があれば切れるが分断に意味があるのではなく、破るところに意味があるということです。その只中には何もありませんが一条の光が射します。

 フランクルの言うところの「コペルニクス的転回」による意味を与えられた状態に重なるのだと思うのです。

 というわけのわからない話をするわけですが、「コペルニクス的転回」は名著『夜と霧』の言葉です。もともとは他の哲学者の発想ですが、今日のブログに引用し書き留めたいと思います。

 霜山徳爾さん訳でみすず書房のフランクル著作集の第1巻の『夜と霧』からです。

<霜山徳爾訳・フランクル著『夜と霧』>

・・・「私はもはや人生から期待すべき何ものも持っていないのだ。」これに対して人は如何に答えるべきであろうか。
 ここで必要なのは生命の意味についての問いの観点変更なのである。すなわち人生から何をわれわれはまだ期待できるかが問題なのではなくて、むしろ人生が何をわれわれから期待しているかが問題なのである。そのことをわれわれは学ばねばならず、また絶望している人間に教えなければならないのである。哲学的に誇張して言えば、ここではコペルニクス的転回が問題なのであると云えよう。すなわちわれわれが人生の意味を問うのではなくて、われわれ自身が問われた者として体験されるのである。人生はわれわれに毎日毎時問いを提出し、われわれはその問いに、詮索や口先ではなくて、正しい行為によって応答しなければならないのである。人生というのは結局、人生の意味の問題に正しく答えること、人生が各人に課する使命を果すこと、日々の務めを行うことに対する責任を担うことに他ならないのである。
 この日々の要求と存在の意味とは人毎に変るし、また瞬間毎に変化するのである。従って人生の生活の意味は決して一般的に述べられないし、この意味についての問いは一般的には答えられないのである。ここで意味される人生は決して漠然としたものではなく、常にある具体的なものである。各人にとって唯一つで一回的である人間の運命は、この具体性を伴っているのである。如何なる人間、如何なる運命も他のそれと比較され得ないのである。如何なる状況も繰り返されないのである。そしてその状況ごとに人間は異なった行動へと呼びかけられているのである。彼の具体的な状況はある場合には彼から積極的に運命を形成する創造的活動を求め、ある時には体験しつつ(享受しつつ)ある価値可能性を実現化することを求め、また時には運命を----既述のように「彼の十字架」として----率直に自らに担うことを要求するのである。しかしどの状況もその一回性と唯一性とによって特徴づけられているのであり、それは具体的な状況の中に含まれているのである。・・・

<以上上記書p183-p184から>

この文章にはフランクル思想のエキスのような文章と私は理解しています。存在の一回性、唯一生も説かれ、創造価値等の話も含まれます。

 最初の「注文の多い料理店」の「透き通った本当の食べ物」の話に戻しますが、宮沢賢治には『フランドル農学校の豚』という作品があり、


(Eテレ『未来圏の旅人宮沢賢治』第二回から)


(Eテレ『未来圏の旅人宮沢賢治』第二回から)

中村桂子さんは『未来圏の旅人宮沢賢治』でこの話に出てくる「家畜撲殺同意調印法」に基づく「死亡承諾書」の話もされています。


(Eテレ『未来圏の旅人宮沢賢治』第二回から)

「私たちは命を大切にしようと言いながら命あるものを殺し食べている。」

矛盾の最たるものです。命の尊さを説く一方、殺戮をくり返す人間世界を見ます。

 殺す方も殺される方も共通正義に「命の尊さ」を堅持しているに違いありません。精神的無意識の「良心」に重なります。ここに意味器官があるに違いないのです。

 中村さんは、「インフォームド・コンセント」手術前の同意書に上記の承諾書を重ねます。「命の尊さ」と当人が下す決意は平常の世界では大変なことです。

 番組内容とは全く離れますが、先に「殺戮をくり返す人間世界」と書きました。毒ガスを使用する者も最たる悪ですが、誰が「死亡承諾書」を出すでしょうか?

 「透き通った本当の食べ物」はいつも投げ掛けられています。国境を超えてそこに住む人の個々の意味器官は働いているに違いないのですが、「元にある」にあるリアルな存在に今だ気がつかずです。

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