昨日は「水揚げ及び水路点検・清掃」を行ないました。これだけでは何のことかわかりませんが、間もなく始まる稲作に不可欠な水を確保するための準備作業です。
以前ブログに書きましたが安曇野は古くから水路が整備され稲作の盛んなところと思っている人が多いのですが、今から200年前までは水路もなく小川もなく稲作には適さない所でした。
安曇野平は北アルプスから流れ出るいくつかの川が山を侵食し、土砂が体積し出来上がった複合扇状地でした。しかも堆積した土は粒の大きい砂礫のため、川の水や降った雨が地中に浸透してしまい、広い土地といっても、乾燥して痩せ細った土壌で、原野と畑の貧しい土地柄だったのです。
このような不利な条件を大きく変えたのが、1816年(文化13)の拾ケ堰(じゅっかせぎ)の開削でした。これをこの地に住む人々が協力し合い用水路を作り土地改良を進めて今日の姿になったのです。
このような事情は私が現在住む有明でも同じで一級河川の中房渓谷から流れくる穂高川がありますが、稲作ができる土地にするためには穂高川に堰(せぎ)を設け水路で田畑まで水を引かなければなりません。江戸期の事業ではなく規模も小さいのですが扇状地を横断する形に水路が作られています。

今日の作業はその取り入れ口を開き、取り入れ口の近くの貯水槽につながる暗渠(あんきょ)の清掃、側溝の清掃、中間地点にある小型の貯水溝を清掃したわけです。私の家は農家ではなく直接この水の恩恵にあずかってはいないのですが、古くからの地域のつながりもあり、参加させてもらっています。
穂高川の取り入れ口、透き通るような北アルプスの雪解け水が流れています。

(右下が取り入れ口になっています)
冬期間は取り入れ口は閉じてはあるのですが、昨年の使用中に砂利や落ち葉が水路に溜まり水の流れが弱まっているので、その水路の清掃を最初に行います。

(この地下2メートルに暗渠の水路があります)
その水路は地下2メートルぐらいの暗渠というよりもトンネル様になっていて約80メートル先にある貯水槽までつながっています。ここに太めの針金に鉄チエーンの束を付け地上部分と暗渠部分をループ状にして往復させながらゴミを取り除くわけです。この作業は結構疲れます。

(かなり太めの針金を使います)

(貯水槽に水が来ました)


全ての作業が終了し、開始から2時間半後に貯水槽の弁を開け水路に水が流れてきました。傾斜が有るので小川のような水音がします。汚れ水も間もなく透き通った穂高川の清流にあります。

(正面の山が連続ドラマ”おひさま ”にも登場した有明山です)

(2時間半後、ここまで水が来ました)

(自宅近くにある田んぼの取り入れ口にも到着しました)
常念岳の常念坊の雪形はまだはっきり現れていませんが、間もなく田植えのシーズンになります。

(常念坊の雪形はもう少しといったところです)
北アルプス燕岳登山口まで続く県道327号線の穂高温泉郷の山のたこ平という温泉旅館の道路を挟んで反対側を流れる水路の土手に咲くタンポポ。

(温泉旅館たこ平前の水路にも到着しました)
その後全員で昼食会を行い終了。地域に生きるということはこういうことなのだと実感した一日でした。


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