早朝の北アルプス燕岳、常念岳の登山口に向かう県道中房線を多くのタクシーが通ります。午前5時30分ころは登山口まで登山客を送り終わったタクシーが「空」の表示を出して下ってきます。槍ヶ岳方面まで縦走する方も多くいるのでしょう。
ブラブラと真言宗松尾寺を経由で散歩し、田の稲穂の様子を見ます。田植え時期は同じでしたのに、田によって稲穂の実り方に違いがあるのが解ります。首を垂れる稲穂と言いますが、まさに垂れ始めている稲穂もあれば、垂直に稲穂になりつつあるのもある、そんな風景を見ることができます。
今朝はもう秋に近づく涼しさがあります。葉から余分な水滴が出て(おしっこ)水玉が葉に付朝陽に照らされています。
同じころという時間で思うと考えてみればその稲穂のたれ具合も、稲穂になっているのですから大した差があるわけでもなく・・・・・と考えると、時間をその時その場におき物事を見るのと、思い出しの時間で物事を捉えるのでは現象に思いの相違が出てきます。
意味不明な書き方をしましたが、その捉え方、人は常に時間とともにこころを動かされます。