Sightsong

自縄自縛日記

岡本恵徳批評集『「沖縄」に生きる思想』

2009-10-22 13:10:37 | 沖縄

故・岡本恵徳による論考を集めた『「沖縄」に生きる思想』(未来社、2007年)を読む。発売日に入手しておきながら、何となく2年間も寝かせてしまっていた。

1956年から2006年までの論考。「集団自決」、差別、沖縄海洋博、「人類館」、基地、辺野古。ここに見いだすことができるのは、さほど奇抜なものでも派手なものでもない。逆にこのことが、岡本恵徳の発信が、いまの沖縄を巡る言説の底流となっていることを如実に示しているようだ。

地元紙『沖縄タイムス』のほか、『けーし風』など現場発信の雑誌に、たえず書き続けていたことには、強く注目すべきだろう。決して高踏的ではなく、地道、真摯にして具体的。腹立たしいほど、問題の多くがいまだ魍魎のように生き残っているため、皮肉にもこの批評集は現代のものである。

たとえば、沖縄戦において「ひめゆり」として亡くなった生徒の魂を「浄魂」ととらえることを美しいとしつつも、別の視点を提示している。「ベトナム」を他のアナロジイとしてもしなくても、現代の肉声となりうるものだ。

「あまりに美しい。だがあまりの美しさに、私はかすかないらだちを感じる。今まさにベトナム戦への加担者として生きている私(たち)が、それを余儀なくさせている沖縄の状況にたちむかうとき、このような美しさは、私(たち)からある種の凶暴な怒りを奪いさるのだ。はかなく、もろいこの種の美しさは、その美しさの故に私(たち)を魅きつけ、心を奪いさる。そしておそらく殺戮者は、そのような美しさを喜びむかえるにちがいないのだ。だから、私は、このような美しさを心から拒否したいとねがっているのである。」(『沖縄タイムス』、1969年)

そして、辺野古についての論考を読むとき、もう他の選択肢は考えつくした、ここに基地を造らなければグアム移転はないぞと嘯く米国ゲーツ国防長官(と、それを無批判に流すメディア)の姿が、なおさら非常にあさましいものに見えてくるのだった。

島尾敏雄の「ヤポネシア」論については、別の著作をもとにその論考を追ってみようと思っている。


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