Sightsong

自縄自縛日記

アレホ・カルペンティエル『時との戦い』

2010-05-12 00:07:52 | 中南米

先日、千駄木の一箱古本市に出店していた友人を訪ねたら、さらにその友人の夫がキューバ出身ということだった。子ども同士が同い年で、すぐに仲良くなって、散った桜の花びらで遊んでいた。そういえば、千駄木の「古書ほうろう」で随分前に買った本を読んでいなかったなと思い出して、棚から探し出した。キューバ作家、アレホ・カルペンティエル『時との戦い』(国書刊行会、原著1956年)である。千駄木とキューバ。

本書は3つの短編から成る。「聖ヤコブの道」は、聖地サンチャゴ・デ・コンポステラに巡礼しようとするが、カリブ海に吸い寄せられていく男の話。「種への旅」は、老人が時間を逆行し、子ども、赤子、種へと遡る話。「夜の如くに」は、トロイア、新大陸、米国に出征しようとする男たちの渾然とした話。

「種への旅」の巧妙さは印象深いが、とりわけ、「聖ヤコブの道」が素晴らしい。巡礼からカリブ海へと方向転換した男フアンは、袋小路のように絶望的な日々を送ったあとにスペインに戻り、自らを「インディアス帰りのフアン」であると嘯く。そして、「巡礼のフアン」をカリブ海へと誘うのだった。この円環が形作られる下りは動悸動悸するほどスリリングだ。そして吐き気をもよおすほど濃密で、うだるように熱く淀んだ空気を感じさせる文章。

この罰当りな「聖ヤコブの道」を読みながら思い出すのは、ルイス・ブニュエルの大傑作『銀河』(1969年)だ。やはりサンチャゴ・デ・コンポステラに巡礼する2人組の男は、さしたる信心もなく、道中で次々に奇怪な体験をする。自動車も、イエス・キリストも登場する。異端の数々も登場する。肋骨ごと痙攣する抱腹絶倒の怪作なのだ。ブニュエルは、カルペンティエルを読んでいたのだろうか?

●草原―――昼
少女3 もし、神の戒律は、たとえ正義とされ、恩寵のもとにおかれた者であろうとも、これを守り通すことはできない、と言うものがあれば・・・・・・
コーラス (少女たち)その人は呪われよ!
コーラス (多くの声)その人は呪われよ!」
(『銀河』シナリオ、『季刊フィルムNo.9』(1971年)所収)

「ブニュエルは人間を信じてはいなかったが、謎というものへの敬意は持っていた。」「ブニュエルにとって神は謎で、謎だからこそ神が好きだった。謎を知ることは不可能だから、彼は謎に対して敬意を持っていた。そういう意味において、ブニュエルは神への敬意を持つ倫理的な人間だった。他者への敬意がなければ、自由はないのだ。」(マノエル・ド・オリヴェイラ、『夜顔』パンフより)

●参照
ミゲル・リティンが戒厳令下チリに持ち込んだアレホ・カルペンティエル『失われた足跡』(1953年)
『夜顔』と『昼顔』、オリヴェイラとブニュエル


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