Sightsong

自縄自縛日記

感性が先 沖縄戦記録フィルム1フィート運動の会

2007-07-13 00:13:57 | 沖縄
先日、『1フィート映像と体験者の証言でつづる「沖縄戦の証言」』というヴィデオを見せていただいた(→勉強会報告)。

何が1フィートなんだろうと思っていたが、この製作、さらには記録フィルムの収集が、「沖縄戦記録フィルム1フィート運動の会」によってなされたものだ。会の顧問(刊行時は事務局長)をなさっている、中村文子さんの講演録が、この『九十の峠に立って今、語りたいこと』(沖縄平和ネットワーク首都圏の会、2005年)である。タイトルの通り、中村さんは1913年生まれ、もう90歳を超えている。

1フィート運動とは、米国の国立公文書館から沖縄戦の記録フィルムを買い取り、それをもとに映画を作り沖縄戦を伝えていこうとする活動のことだ。沖縄県民1人100円づつ出して1フィートづつ買い取る、ということを行っている。

米軍から見た映像であるから、当然、攻撃される側の視点ではない。しかし、そんな立場の違いをはるかに凌駕する、恐ろしい映像だった。つまり、容易に、火炎放射器を向けられる私、壕のなかで震える私、爆弾の下にいる私、を想像せざるを得ないものだった。この実態を見せられて、戦争の悲惨さを忘れた空論を語れる者は少ないだろうと思う。

中村さん、それから1フィート運動は、映像だけでなく多くの運動を積み重ねてきていることを、この本で知った。たとえば、「今日は何の日」。1945年3月26日は慶良間諸島に米軍上陸、1945年9月7日は沖縄の降伏調印の日、といった具合に、覚えておくべき日をリストアップする。さらに、参加者は、自分の家族(祖父など)にとっての忘れがたい日についても追加することによって、自分の問題として記憶を体内に取り込むことになる。

さらに食べ物の配給、女性の地位向上、子どもの人権向上、国際交流などへの取り組みについても、語っている。

中村さんが強調していることは、まず感情、感覚、感性が理屈の先にくるべきことだ。残念だ、道理に合わない、理不尽だ、といったことを感じることからはじめて、その理屈を組み立てる。戦争は人殺しであり、正しいことではない、そのための基地を人間の住む場所に作るのはおかしい、と、訴え続けるということである。

安全な場所から、人をひとかたまりとしか見ないような、パワーゲームと枠組みが中心の政治に対して、この至極真っ当な考えは大きな力を持つものだと思う。



沖縄戦記録フィルム1フィート運動の会
●購入先(沖縄平和ネットワーク 首都圏の会


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2 コメント

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Unknown (24wacky)
2007-07-14 09:45:24
先日高江の座り込みドライヴに同乗したのが、中村文子さんの娘さん(1フィートの事務局を仕事をされている)でした。

座り込みではやはり1フィート代表(だったかな?)の福地先生と隣に座る幸運に恵まれ、福地先生から昔のやんばるの話など(先生は喜如嘉出身)、貴重なお話を伺うことができました。

座り込みは楽しいよ~
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Unknown (Sightsong)
2007-07-14 10:56:35
24wackyさん
なるほど、実際の参加ではそのような貴重な経験ができるのですね。楽しい座り込み、という側面もわかれば、より参加人数が増えたりして?
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