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自縄自縛日記

ペーター・コヴァルト+ローレンス・プティ・ジューヴェ『Off The Road』

2016-11-26 07:52:00 | アヴァンギャルド・ジャズ

ペーター・コヴァルト+ローレンス・プティ・ジューヴェ『Off The Road』(RogueART、2000年)は、2枚のDVDと1枚のCDから成る。

DVDは、ローレンス・プティ・ジューヴェが監督を務めたドキュメンタリーであり、それぞれ、『Off The Road』、『Chicago Improvisations』と題されている。英語版・フランス語字幕付きだが、コヴァルトの英語は明快なので躊躇うことはないと思う。

また、CD『Off The Road』は、映像では一部を提示していた音源をしっかりと収めたものである。

CD:
William Parker/Peter Kowald duo
Kidd Jordan/Peter Kowald/Alvin Fielder trio
Peter Kowald solo
George Lewis/Peter Kowald duo
Anna Homler/Peter Kowald duo
Marco Eneidi/Eddie Gale/Peter Kowald/Donald Robinson quartet
Fred Anderson/Peter Kowald/Hamid Drake trio

『Off The Road』はコヴァルトが2000年に行ったアメリカツアーを記録したロード・ムーヴィー的な作品であり、アメリカ各地での出来事や人びととのふれあいが愉しい。

特に興味深かった場面は、テキサスのラジオ局に呼ばれたコヴァルトが話すところ。曰く、東ドイツに生まれた自分は、60年代から即興音楽のコミュニティに参加した。ドイツでは、ナチスドイツの歴史への嫌悪から、ローカルな伝統音楽を好む人が少なくなっていた。即興音楽はローカル性を超えたものだったのだ、と。ここに、近現代の歴史が即興音楽の誕生に与えた影響を垣間見ることができる。

『Chicago Improvisations』は、シカゴにおいて2000年に開催された「Empty Bottle Festival of Jazz & Improvised Music」(なんて粋な名前!)と、その他のセッションやインタビューの記録である。演奏という点ではこちらの方が愉しい。

ソロ、ウィリアム・パーカーとのベースデュオ、キッド・ジョーダンが参加したトリオ、ジョージ・ルイスとのデュオ、そしてフレッド・アンダーソン、ハミッド・ドレイクとのトリオ。アンダーソンについては、レイモンド・マクモーリンが、最近人に教えてもらって聴いて吃驚していると何度か話してくれたこともあり、かれのプレイに影響もあるのではないかと勝手に期待している。それにしても、ハーネスでテナーを装着し、前傾姿勢で延々と熱いソロを吹き続けるアンダーソン、圧巻である。

残念ながらCDには収録されていないのだが、嬉しいことに、ギリシャのフローロス・フロロディス(リード)と、コヴァルトと同じく東ドイツのギュンター・ベイビー・ゾマー(ドラムス)との共演とインタビューが入っている。ゾマーは、東ドイツの音楽は西からの一方向の移動であり、東から出ることはできなかったのだと語っている。ここにも歴史との交錯を見ることができる。コヴァルトとゾマーは、イタリアのジャンニ・ジェビアともトリオを組んでいたはずで、その録音も聴いてみたいところだ。(ところで、90年代後半に吉祥寺のどこかのスタジオでゾマーのソロ録音を観に行って、それは後日CDにもなったのだが、その記憶がすっぽり抜け落ちている。何故だろう?)

また、やはりCDには収録されていないものの、コヴァルトとケン・ヴァンダーマークとのスタジオでの練習風景を観ることができる。ヴァンダーマークはまずテナーを吹き、コヴァルトに抑揚をつけてみようと言われてクラリネットを吹き、さらに、連続的にやってみようといったようなことを言われてバスクラを吹き、またテナーを取る。この即興音楽の精神の伝承が面白いところで、受け手のヴァンダーマークは実にマジメだ。かれは語る。明らかに即興音楽は70年代前後のヨーロッパで生まれたもので、それが大陸を渡り、アメリカのミュージシャンたちはデレク・ベイリー、エヴァン・パーカー、コヴァルト、ペーター・ブロッツマンらを通じて受容し発展させていったのだ、と。一方で、コヴァルトはアメリカのブラック・ミュージックにこそ音楽たるものを見出そうとしていると発言していることも興味深い。

ところで、ヴァンダーマークさんは本当にマジメな人柄で、2011年に来日したときに(ポール・ニルセン・ラヴ+ケン・ヴァンダーマーク@新宿ピットイン)、ペーター・ブロッツマンのDVD『Soldier of the Road』で「インプロヴィゼーションは連続性(continuity)のスナップショットだ」とか言っていたのが印象的だったけど、と訊いたところ、ウン確かにそう言った、生活も音楽も毎日いろいろあって異なる、インプロヴィゼーションはその一断面の発露だと思っている、などと誠実に答えてくれた。

なお、アメリカのヴァンダーマークは当然としても、同じ東ドイツ出身のゾマーも、ドイツ語読みの「ペーター・コヴァルト」ではなく、英語読みの「ピーター・コーワルト」と発音している。広くはどうなのだろう。

コヴァルトの兄は父親の家業を継いで、ローカルな伝統から逸脱するのを恐れていた。しかし自分は、即興音楽を始めたら、もはや作曲された音楽やアカデミズムに戻る気がさらさら無くなった。即興音楽は、「forms of identity」ではなく「quality of identity」を保つものだ、と。もちろんコヴァルトはローカルな「form」に基づく音楽を否定しているわけではなく、その間の移転やつながりをこそ重視しているわけである。

そしてまた、ナムジュン・パイク、ヨーゼフ・ボイス、トーマス・シュミットの名前を挙げ、フルクサスの影響についても言及している。独特な絵を描くことを含め、A.R.ペンクやペーター・ブロッツマンと共通するところである。実際に、ブロッツマンはナム・ジュン・パイクのサポートをしていた時期があるといい、アーティストとしては、フルクサスの運動のなかに位置づけるべきなのだという(『BRÖTZM/FMPのレコードジャケット 1969-1989』)。このあたりのアートと即興音楽との重なりについても調べてみたい。

コヴァルトの人柄を映像を通じて感じさせてくれる作品である。そして、ピチカートであれアルコであれ、音が滑らかであろうとも割れていても、絹のような感覚を味わうことができる。かれはこの2年後の2002年に、心不全で亡くなった。

●ペーター・コヴァルト
齋藤徹『Contrabass Solo at ORT』(2010年)(コヴァルトのコントラバスを使った作品)
アシフ・ツアハー+ペーター・コヴァルト+サニー・マレイ『Live at the Fundacio Juan Miro』(2002年)
アシフ・ツアハー+ヒュー・レジン+ペーター・コヴァルト+ハミッド・ドレイク『Open Systems』(2001年)
ラシッド・アリ+ペーター・コヴァルト+アシフ・ツアハー『Deals, Ideas & Ideals』(2000年)
ペーター・コヴァルト+ヴィニー・ゴリア『Mythology』(2000年)
ペーター・コヴァルトのソロ、デュオ(1981、1991、1998年)
エバ・ヤーン『Rising Tones Cross』(1985年) 


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