40年前のきょう、ボリビア政府軍によってチェ・ゲバラが射殺された。フィデル・カストロらとともにキューバ革命を成功させ、コンゴでの失敗を経て、ボリビアでも結局は革命を成功させることができなかった。しかし、キューバはもとより、ベネズエラのチャベス政権、ボリビアのモラレス政権を筆頭に、アルゼンチンのキルチネル政権、ブラジルのルーラ政権、チリのバチェレ政権など、ラテンアメリカの独自性追及に際しての存在感はますます増しているように見える。ゲバラの敵は、旧政権だけではなく、ユナイテッド・フルーツ社などの大資本やCIAを通じた米国政府だった―――これは、もちろん、ネオリベラリズムを通じた米国との対決という構図につながっている。
ゲバラはアジアやラテンアメリカで絶大な人気を誇る(日本でも、ほとんどTシャツの柄と考えられているのではないか)から、自己の日記を含め、評伝の類が多く出版されている。いま私の手元にあるのは、戸井十月『チェ・ゲバラの遥かな旅』(2004年、集英社文庫)、三好徹『チェ・ゲバラ伝』(1998年、原書房)だ。どちらも、10年前のボリビアにおけるゲバラの遺骨発見までをフォローしており、ロマンティストの姿をリアリスティックに描くという点で良い本だと思う。どちらかと言えば、戸井本のほうはゲバラ青年期の放浪に多くのページを割いており、そのためかロマンチックに傾いている。三好本のほうは、ゲバラという稀代の人物がいたことを歴史のなかに位置づけようとしており、好感が持てた。
「チェがいかに自分の欲望を殺すタイプの人間であったか(略)でなければ、のちにキューバ工業相の地位を弊履のごとくすてて、困難なゲリラ戦士の隊列に戻るような道は、選べなかったであろう。これがかれの、すぐれた性格であり、エルネスト・チェ・ゲバラをラテン・アメリカの他の革命家と根本的に分つ特異さなのである。」
(来日したゲバラに輸出入のバランスばかり求めたエコノミック・アニマルぶりを示した池田通産相(当時)について)
「他の国の、ナセル、ネルー、スカルノ、チトーといった指導者たちの態度と比べてみても、チェに対する認識不足がはっきりとうかがわれる。 しかし、歴史は厳正な審判者である。いまかれらは共に鬼籍にあるが、その世界史における評価には、はるかなへだたりが生じてしまった。」 「独りチェのみが、すべてを投げうって、一介の兵士に戻り、新たな戦いに身を投じた。この稀有の生き方をみるだけで、多くの言葉は不要であるだろう。」 「あるラテン・アメリカの知識人が、ある日チェにたずねた。 「わたしの国の革命のために、どうしたら貢献できるでしょうか」 チェは問い返した。 「失礼ですが、あなたはどんなお仕事をなさっていますか」 「わたしは著述家です」 「ああ!わたしは医者でした」 とだけ、チェはいった。 行動することによって思想をのべるというかれの生き方は、この話からもうかがえる」
(以上、三好本より)
ゲバラはむろん、武装革命によって理想的な社会を実現しようとした。若いころ、ラテンアメリカを一緒に旅した友人がシモン・ボリーバル(ベネズエラ人。19世紀にスペインからの独立開放を指導)の著作に影響されて「先住民による非武装革命」の希望を語ると、それを全面的に否定する。
「「非武装革命だって?君は、銃で闘うことなしに革命が起こせると、本気でそう思っているのか?」 (略) その時初めて、アルベルトは、ゲバラが自分とは違う未来を見ようとしていることに気がついた。その目があまりに真剣なので、アルベルトは少し怖くなった。」(戸井本より)
このあたり、かつての連合赤軍や、ボリーバルの精神をことあるごとに引用している(国名にまで使っている)ベネズエラのチャベス大統領の方法論との違いが興味深い。チャベスは軍隊出身であり、選挙によって権力を固め、軍が民生協力や公共事業を行う軍民協力を推進するというあり方も、ゲバラとももちろん私たちの社会ともまったく異なっている。
チェ・ゲバラの娘であるアレイダ・ゲバラが、チャベス大統領にインタビューを行った記録がある(ウーゴ・チャベス&アレイダ・ゲバラ『チャベス ラテンアメリカは世界を変える!』、2006年、作品社)。ここでは、当然チェ・ゲバラのことを時折織り込みつつ、多彩な発言をしている(もっとも、米国の悪口を放ついつものニュースも多彩だが)。
「私は、ベネズエラの寡頭勢力と反革命勢力に対し、平和革命を非武装革命と混同しないよう警告したことがある。私たちは平和革命を遂行しているが、武装しているのだ。武器は山岳地帯に置いてあるのではなく、兵営にある。軍の武器で武装しているわけだが、他にも、イデオロギー、憲法、知識などの武器がある。私たちは非武装ではない。この点を見誤っては困る。」(アレイダのインタビューに対する答え)
「アレイダ、ここにいらっしゃい。あなたのお父さんは、「戦いは今日、明日は私たちのもの」と言った。明日はあなた方全員のものだ。」(アレイダとの対談)
チャベスの革命が、エネルギーの国有化と自国への利益誘導、土地改革、軍民一体化(私たちのそれではなく)、米国に対峙してのラテンアメリカの連帯、などを目指すものとして、どうしても脆弱さがついてまわる。特にエネルギー政策がそうだ。 しかし、片や対米追従を是とするこの国にあって、ベネズエラも、他のラテンアメリカ諸国の地殻変動も、注目し続けなければならない側面がとても多いと思う。私たち自身への警告にもなりうるものだ。そのための情報や報道のあり方が不十分なのも事実である。
余談ながら、チャベス大統領が引用した、ベネズエラの詩人アンドゥレスエロイ・ブランコの詩、「一人の子供を持つ者は、世界中の全ての子供を持つ」はとても心に残った。
戸井十月『チェ・ゲバラの遥かな旅』(2004年、集英社文庫)
三好徹『チェ・ゲバラ伝』(1998年、原書房)
ウーゴ・チャベス&アレイダ・ゲバラ『チャベス ラテンアメリカは世界を変える!』(2006年、作品社)