きぼう屋

生きているから生きている

まさに「主」の日

2010年03月29日 | 教会のこと
本日(昨日)は主の日でした

ほんとに主の日でした

主語が人間になることなく主であり続けた日でした

ひとつの幻であったことですが
それが実現した日でした

キリスト教会といえども
主語がキリストとならず人間となってしまうところの
人間教会と
知らず知らずになってしまうのが
実に教会なわけですが

それでもって歴史を通して繰り返し反省をしているのですが

しかし
なかなか人間の日を打ち破る主の日に出会うことはむずかしいものです

無論
出会ったという感触がなくとも
出会っているという主の宣言の前に立つわけですが

わたしは
出会ったときには出会った感触があることを大事にします

この感触抜きに出会ったと言っても
その出会いが有機的なものになることはきっとないと思っています

感触に頼ることが厳密には罪としても
所詮罪人のわたしは赦された者としてさばかれつつ感触を大事にする中で
人間教会からキリスト教会へと向かう道を選びたいと思います


Bさんの子どもメッセージがすばらしかった!!
途中に手品まで飛び出してびっくりしましたが
そういう大きな演出があったにもかかわらず
演出部分よりも
内容がしっかりと焼きついたというところが
祈りと準備のたまものだったのだろうと思っています

感謝感謝

Mちゃんの証もすばらしかった!!
連盟ホームレス支援シンポジウムに参加したことの証でしたが
優れた説教になっておりました
深い!!

感謝感謝

そして教会のあちこちで

来週から始まる新年度にむけて対話が交わされているのを見て感激しております

昼食の交わりもいつもに輪をかけてわいわいがやがやで明るくてうれしかったです


Sくんが礼拝堂をステキな顔で動き回ってくれて泣きそうなくらい幸せでした




こういう日だからでしょうか

バプテスマを受けたい!

ふたりの若者が言ってくれました

キリストに感謝!


さて
今週はHさんの大きな手術
祈って祈って祈ります

中国に帰られたRちゃんは北京で就職活動に励んでいます
祈って祈って祈ります

祖父の最期を見守るSちゃん
風邪が長引いているMちゃんとお母さんのMさん
引越しが終わり新年度の準備で大変なSくんとお母さんのMさん
洗脳から解かれる苦しみにあるKさん
背骨の痛むHさん
休養中のWさん
ウツを担う仲間たち

祈って祈って祈ります

主が共におられます
主がかかわり
主が働き
主が癒します

アーメン