Rainy or Shiny 横濱ラジオ亭日乗

モダンジャズ、ボーカルを流しています。営業日水木金土祝の13時〜19時
横浜市中区麦田町1-5

ジョン・ミリの写真にうっとり

2013-05-16 08:15:12 | JAZZ
夜勤明けの体調がいいものだから、思いつきで川崎まで散歩の足をのばす。この前は二月だった。国道15号の近くにある渡田町へバイタボックスのスピーカーを受け取りに行った時だから、あれから三ヶ月が経っている。そのときは時間が足りなくて古本屋巡りに集中できなかった。会津喜多方地方のラーメンチェーン店「坂内食堂」のラーメンを啜ってからJR駅前の大通りを歩いていたときに、少し後ろを歩いてきた三十台くらいの男に声をかけられた。川崎は砂子の繁華街も近いことだ。人生の途上で調子が外れた連中も多数徘徊するような地域である。因縁でもつけられたかと思ってそっちへ振り返った。近所の会社で働いているような空色の作業服を着た男の言葉が面白かった。「おじさん達、なんだかかっこいいすね。この辺じゃいませんよ。俺も見習わなきゃ!」と酔っ払っているわけでもないのにしきりに感心した声を上げている。ちょうど横には青柳君がいる。

彼は容姿もスタイルも良くて昔からもてる人間だった。ジーンズにウルトラマリン色したヨットのパーカーが青柳氏の冬装束だ。自分は敬愛するジャズピアニスト、ピート・マリンベルニのトリオでベースを弾いているデニス・アーウィンという初老の男がいる。そのデニスがピートとその相棒のリロイ・ウイリアムスとニュージャージー州のバン・ゲルダースタジオの付近にある晩秋を迎えた雑木林で撮っているポートレートがある。「A VERY GOOD YEAR」という「ブルー・イン・グリーン」「イマジネイション」といった心への保湿成分を絶え間なく供給してくれる曲が揃っている大好きなアルバムの一つだ。そのCDの裏写真にあるデニスの服装がバックスキンの茶色の半コート、ツイード生地のハンチング、褐色系の木綿スエットといった構成である。これに触発されて、秋から冬にかけて遠慮なく真似をしたようなバリエーションのいでたちで最近は過ごしている。思わず「どっちもかっこいいの?」と不安もあって聞いてみた。答えは「お二人ともですよ」と返ってきて青柳君限定でないことがわかって単純に安心する。

そんな三ヶ月前の吉事を思い出したのが、その付近にある大島書籍の前だ。今日も吉事があるぞと念じて物色を重ねる。やはり吉事はあった。バブル期に発刊されたニッコール倶楽部の非買品の写真集である。ベン・シャーンなどと同じ20世紀アメリカを代表するジョン・ミリのモノクロ写真集。500円也。神保町にあれば優に2000円は超える商品価値を持っている。神保町と川崎の違いを真に対象化している人間の所業と自画自賛風に嬉しくなる。ジョン・ミリはストロボ発光の超絶テク的創造者だ。ジーン・クルーパというスイングジャズ期のドラム大家が瞬時に捌くスティックのストロボ撮影作品などは即物性の魅力をいかんなく発揮している。其の為に動態の瞬間を撮るバレー、アスリート、ジャズメンの肖像を撮らせたら右に出るものはいないという伝説写真家である。帰ってから舐めるようにしてジャズやクラシック分野の写真に視野を這わせる。これは嬉しくも豊かな五月の宵だ。しかし「画家と歌手」の稠密な右ページに対向する存在論的な彫塑を喚起させるヘレーネ・ワイゼルの肖像写真だ。これは誰かに似ていると視覚をたぐりよせている。シュールレアリスト、滝口修造だ。晩年の品がよい老婆みたいな相貌になっていた詩人 滝口修造を思い出す。プラド音楽祭のリハに専心するパブロ・カザルスの表情もやはり素晴らしい。