Rainy or Shiny 横濱ラジオ亭日乗

モダンジャズ、ボーカルを流しています。営業日水木金土祝の13時〜19時
横浜市中区麦田町1-5

ハゼの甘露煮

2022-01-18 20:05:57 | 

2021年の夏から秋にかけて汽水域のハゼ釣りをよくした。場所はJR桜木町駅に近い大岡川の河口、金沢八景の平潟湾である。どちらも昔に比べれば水質は格段に良くなっている。釣行回数は12回くらいなので、最高記録である。アルバイトを辞めて閑居時間が増したせいであろうか。夏に釣った小型サイズは唐揚げが最適。10月頃の秋口に育ったものは、焼いてから風干しする。乾いたら冷凍ストックして溜め込む。これを京番茶の煮汁で下煮する。煮詰まったら、昆布、三州本味醂、ザラメ糖、本醸造醤油、日本酒を出汁にしてコトコト煮詰める。

良書「自然流だし読本」(農文協)で展開されている化学調味料否定論旨を自分も貫いているのは自明の理である。これを大晦日に集まった友人やお客さんに振舞えたことは2021年の喜びの一つになっている。その甘露煮もそろそろ終わりになってきた。常連客の一人、元大型船舶の乗員Sさんは酒と魚というものの味を知り尽くしている。三重県の南端、尾鷲付近の黒潮が効いている海で釣りをしているから、ハゼのようなチンケな雑魚には、釣りの対象魚としては目もくれない。カンパチ、キハダマグロ、マハタ、クエの世界である。

そのSさんがビールを飲みに寄る度に肴として供するのが、やはり化学調味料無添加の大根醤油漬け、辣韮、この甘露煮である。無駄な事を喋らないSさんがビールと交互に甘露煮を摘んで満足そうな顔になっている。今年も三重県に帰っていないSさんのタイミングが合えば、横浜の知る人ぞ知る、岩井の胡麻油を使って揚げる、ハゼとメゴチの天麩羅にでも挑戦してやろうと思っている。


ラッキョウ漬に辿りつく

2015-06-13 20:54:27 | 

桑の実が赤く熟し始める六月も半ばになった。かってはその六月の生活行事として欠かすことがなかった手作りラッキョウ漬を二年間サボってしまったことに気がつく。

 

これじゃ自分らしさはなくなると奮い立ってスーパーの青物コーナーを急いで物色することにした。三年前まで住んでいた日向薬師時代に漬け込んだ黄金色になった古ラッキョウ漬は甘酢を吸い込みすぎてすっかりしなしなになって歯応えを失っている。風味を喪失したこれを捨てて5キロのガラス瓶を掃除して準備は完了だ。近在のスーパーを数軒物色してみたが、産地は鳥取次いで鹿児島、まれに高知産といったところだ。たまに見かけた福井産などはいまや皆無である。

値段も全て判で押したように鳥取産が980円、鹿児島産が780円、日本の流通はますます一元的になって面白みがなくなっているような気がする。大和市の藤沢街道沿いにある相鉄ローゼンでキロ780円というやつを4キロ買ってくる。これに付随して必要なものはお酢と塩、砂糖だ。

 

ラッキョウ漬けは準備作業を臆しているとやる気がなくなることを何度も経験しているから、一気に行くことにした。揉み洗い、蔕、尾っぽ切りの面倒臭い作業を無念夢想で行う。その作業はおよそ2時間かかった。4キロのらっきょうに対して塩は400グラム、これを1リットルの水に溶かして約2週間寝かせるのが塩漬け段階だ。そのあと甘酢や唐辛子を加えれば昔ながらの手作りラッキョウは完成を迎える。漬けこんでキッチン下の暗い所に仕舞ってようやくホッとする。ようやくラッキョウへ辿りつくことができたという安楽感からである。


一喜一憂

2015-01-12 08:33:37 | 

一月の四連休は今日が最終日。金曜日は大和のT会病院の定期検診日だ。バイクを飛ばして指定時間の1時間前に到着して、採血と尿検査を受けておく。少し気配があった心臓のノッキングは秋以来現れてこない。しかし知人の美味い土産品、昔からの嗜好品慣習からは抜け出せない。

 

町田「仲見世」通りの「「七面」の前を通ればついつい入って美味いラーメンを注文してしまう。そうした安易に流されやすい習慣の悪い結果が数値に表れるのでは?と採血結果にビクビクする。数値は懸案の項目を忠実に反映してしまう。医者が指摘している不安材料は肝臓、腎臓、糖尿である。これらが心臓への影響を及ぼすからだ。この日は意外にも血圧はノーマル、尿酸値、血糖値も正常基準内ということで安心する。しかし肝臓の脂肪数値と中性脂肪は相変わらず高い。これを減らす為のクスリを処方され、駆け足以外の運動をきちんとしろとアドバイスされる。仕事や趣味であれだけ歩いていても!という落胆した気持ちになる。調査バイトの歩数は合計15000歩になる日があるのに、沈殿したフォアグラ脂肪はなかなか燃えないのだと思いながら、つまらない景観の大和の市中を半周する。病院で半日を費やしてしまった。昼時になってパチンコ屋の近くにある「大和家本店」のやはり美味なラーメンがよぎるが、パスしてモスバーガーへ寄る。ホットドックとコーヒーという簡素なランチだ。

モスで小休憩してから駅前広場に対面している「古本市場」へ寄ってみる。昨年末に見かけた益子の中堅陶芸家、岩渕タケ子の大きな桐箱に入っている焼き締壷は店内の地ベタにまだあった。古本処分のついでに一緒に漂流始めたものらしい。値を下げて3900円!39000円は優に超える逸品である。桐箱の墨書サインもけれん味がなくよい。心は揺れるが、茶色の素地カラーの薄めのモダン風合いがどうもしっくりこない。もう一度来た時によかったらと思って店先の100円均一を覗く。やはり一憂のあとの一喜が待っていた。若い頃にはその滋味も理解できない為に買う機会もなかった尊敬する上林暁の古いエッセイ集があったのだ。

どこかの書架で潜んでいたのか?箱は背が焼けているが、帯は発行時の昭和50年8月のままである。発行元は新潮社、およそ40年前の単行本だ。上林暁が戦後脳梗塞の病に倒れてその病をあやしながら生きてきた時期の小粒な随筆ばかりが載っている。故郷土佐中村付近の山村の話、気を病んだ(「聖ヨハネ病院にて」や昭和10年代の後期の諸作に登場する)妻がぼけ食いの奇矯な行動をしてばかりいた食糧難の時代に滅多にない配給品を半分だけ残しておいてくれた逸話、四国、土讃線開通の頃の思い出など、これは嬉しい話題のコンテンツに溢れている本だ。

今年は何としても上林暁や大原富枝を生んでいる四国の南側を歩いてみたいと思っている。「中吉」で始まった新年だが、上林暁のやはり昭和44年に出た小粒なエッセイ集「草餅」。これなども滅多に掘り出すことは難しいものだが、この嬉しい波動が伝わってどこかの古書店の店先でひょっこりと顔をだしてくれるのではないかと良い予感がしているところである。


蕪、大根、冬の恵み

2014-12-06 20:40:25 | 

母親の施設へ冬着を数枚、バイクで届けついでに伊勢原の町外れにあるスーパー「わくわく広場」「「フラワーランド」等で食材を物色する。お目当ての柚子、みかんの地元産を入手できた。「みかん」は小粒の酸が強い愛好品が今年もみつかった。「柚子」は風呂用と「柚子ジャム」を思いつくが、品数が不足している様子だ。「フラワーランド」は地元果実、野菜を在庫していないが、菓子や調味料などが安い。

「わくわく」ではようやく冬野菜が安くなって活気を感じる。湘南二宮産の「赤大根」、伊勢原産の「蕪」「大根」がとてもよい色艶を発しているのに魅せられて買ってくる。金曜のオフということで大根は夕餉の「おでん」に活用する。「蕪」と「赤大根」は甘酢漬けに挑戦してみる。外気温が10℃を割って冷え込んでいる夜半、空は冬の満月、星は近くで煌めいている。塩漬けした容器を庭の方へ出して水が上がってくるのを一晩待つことにする。翌朝、甘酢を足して柚子を刻んでちらした「赤大根の甘酢漬け」が完成した。

大根、鰯つみれ、竹輪等をアゴ(トビウオ)出汁、昆布汁のブレンドで弱火でコトコトと煮込んだ、翌日持ち越しの「おでん」の副菜品としては申し分のない仕上がりになった。


うれしい和菓子週間

2014-09-24 19:46:26 | 

座間にある旧同潤会アパートに似た陋屋の専用室でオーソドックスなジャズを聴きたいという希望の友人が、この二週続いた9月の連休期間に数組訪れてきた。その中にはオーディオキャリア的には遥かに格上の古い知己もいる。そうした友達が連れだってきてお世辞が半分かもしれないが、しみじみとこちらの選曲に耳を傾けてくれるのはやっぱり嬉しいことだ。

好きなユタ・ヒップやビル・エバンスのピアノ、ラス・ガリンのバリトンサックス、デフランコのクラリネット、スコット・ハミルトンのテナーサックス等を流しながら好きな話にうつつを抜かすことは昔からそんなに変わらない。いつもの格上オーディオ友人のSさん、Hさんが「ござ候(そうろう)」の今川焼きという定番の手土産をお茶請けに持ってきてくれた。こちらもあちらも酒を嗜むという幸福がないことを知っての気遣いである。

これを皮切りに、示し合わせたわけではないのに厚木近在のOさん、Iさんは本厚木の老舗の「わらび餅」という粋な逸品。都内に住む親しいご夫婦は、松江桂月堂の「薄小倉」、九州・小倉「湖月堂」の「栗饅頭」、妹夫婦は「さぬき和三宝入り 生姜くずゆ」いずれも秋の日本らしい細やかな味覚品ばかりが並ぶ。

湖月堂の「栗饅頭」などはそのご夫婦が新宿・高島屋に掛け合って東京でも販売するようになった曰くのある素晴らしい白餡と栗の和合したお饅頭で昔からの好物だ。どれも気が効いた少量品なので持てあますことがない。

お彼岸の仏壇に供えてからおろして食べ初めている。雨模様になった今夜は出雲・松江産という「薄小倉」を齧ってみる。関東地方で称するところの「石衣」の外皮砂糖を更に繊細に薄く覆わせた小さな小豆菓子だ。「きんつば」をもっともっと洗練するとこうなるという味になるのだろう。ほんの数センチという小柄な小豆菓子が噛みしめて味わうと充足感に満たされる不思議を体験する。出雲地方の茶道と菓子の凌ぎあいの水準が高いことを象徴する初めての和菓子だ。自分で食べることはなるべく控えて10月初旬に93歳を迎える母親への差し入れをして、その品評を聞くことも面白いと思っている。