Rainy or Shiny 横濱ラジオ亭日乗

モダンジャズ、ボーカルを流しています。営業日水木金土祝の13時〜19時
横浜市中区麦田町1-5

春の宵、大西順子をドルフィーで聴く

2016-04-04 10:48:58 | ラジオ亭便り

表だったジャズシーンから引退したというメディア的噂が流れていた大西順子トリオの演奏を聴きに出かける。場所は横浜・野毛宮川町にあるライブハウス「ドルフィー」だ。過日、この店のマスターが山元町の近所に住むよしみで「横濱ラジオ亭」へふらりと立ち寄って「昭和調スパゲティ・ナポリタン」と珈琲を飲んでくれた返礼も兼ねている。

「ドルフィー」のある宮川町は京急線の日の出町駅からも徒歩で数分の野毛地区にある。馬券売り場、猥雑なスナック、焼鳥屋、ソープランドなどが路地裏でひしめく旧横浜の昭和40年代風匂いが今でも変わらなく漂うエリアだ。亡くなった女房の実家はここから2~3分の日の出町駅交差点の角地にあった。若くて未明な半世紀前は中区の繁華街にあったジャズ喫茶「ちぐさ」「ダウンビート」女房が実家の片隅で開いていた画廊喫茶「こづち」等で無窮時間をハシゴしていた。そこで腹が空くと今のJRA付近にあったラーメン屋の「いろは」で100円ラーメンをすすったり、伊勢佐木町裏手の「一品香」の「タンメン」で飢えをしのいでいるという日々もあった。そんなわけで馴染み深いエリアなのだが、20代半ばからの都内仕事で横浜の旧市街地とはしばらく縁遠くなってしまった。しかしこのどんよりとした町の倦怠空気には懐かしい親近感が湧いてくる。

 

大西順子の生ライブを聞くのは久しぶりである。お客さんはざっと数えて100人、たぶんブッキングの面で70年代の意地を貫いて意固地なジャズをやっている「ドルフィー」としては久しぶりな好景気!と推測できる客数である。演奏は大西順子トリオの剛腕ピアノの底力を満喫できる貴重な春の宵となった。大西順子のピアノはいつ聴いても胸のすくピアノでこれを最前列で聴ける喜びは好きなオーディオ再生とはまたまた別の喜びと思っている。

弾性に富んだダイナミックなピアノを伴奏者のベースマン、井上陽介がエモーション溢れる自在なベースランニング、即興ソロで多彩にサポートする。それに輪をかけて若い山田玲のドラムはカラフルなスティック捌きでビートを変化させ素晴らしい超スピードで舞踏する。このヤングマンが大西トリオのジャズを不断に更新するキーマンになっているのだと確信させるドラミングだ。まるで若魚が飛び跳ねて光彩する鱗状被覆(フランス哲学者ルイ・アルチュセールの用語)を眺める思い。演奏する大西順子は硬いクールな打音をダイナミックに叩きながら、ピアノ音の連結即興が楽しくてしょうがない!という子供のお絵かき的喜びに浸っているではないか?演奏中の寛いだ笑顔がそれを物語っている。三者の自立がインタープレイを高めるというジャズの喜悦感にしばしば浸ることができる至福時間だ。

この日のライブでは「鬼才 菊地成孔」が大西トリオの為に手がけたという新曲を5曲ほど披露した。鬼才・菊地氏は彼女にジャズ臭くなってはいけないという要望をだしたとのこと。菊地的「否定の否定的肯定」を意図したのだろうが、どれもコンテンポラリーな禍禍しい恣意的曲想でジャズの解体を楽しくライブ風に聴かせる面白みはあっても彼女の持ち味を生かした曲とはいえないという感想を抱いた。彼女のピアノサウンドは抒情がドライだから、この日も演奏した「ダーン・ザット・ドリーム」みたいな掌編スタンダードをパウル・クレーの絵みたいにデペイズマン(配置換え)しながら原曲のメロディーが時折顔を覗かせるとジャズの滋味が増すというのが私見である。そんな期待を抱きながら「エンブレサブル・ユー」でも演奏してくれないものか?と思って聴いていたのだがこの日はとうとう聴くことができなかった。