Rainy or Shiny 横濱ラジオ亭日乗

モダンジャズ、ボーカルを流しています。営業日水木金土祝の13時〜19時
横浜市中区麦田町1-5

春がきた

2014-03-24 20:33:39 | その他

春がきた、春がきた、どこにきた、山にきた、里にきた、野にもきた。。。という唱歌を想い出すような春爛満の一日になった。数日前の晩あたりに沈丁花の香りが漂い始め、今朝は鶯の鳴き声を初めて聞く。メダカの親も孵化して育っている子メダカも水面にばらまいた餌を追いかけている。この陽気に誘われて上大岡のお彼岸参りを寝床の中で思いつく。相鉄線大和駅までのバイクも苦にならない季節がやってきたことを実感する。相鉄、京急線を乗り継いで上大岡駅へ向うが乗った電車は各停の浦賀行き。今は南太田で通過電車をのんびりと待機するらしい。南太田駅の付近には明治初期には真葛焼の本拠があったとものの本で知ったことをふと思い出す。

幕末期・京焼の名手、宮川香山が開設した窯で輸出用の絢爛とした錦手風の磁器を写真などでよく眺めることがある。自分の好みには遠いものでジャズメン用語でいうところの「デーハ」な色柄に特徴があって欧米人にはとても人気があったらしい。眞葛焼の別称が太田焼というのも古い陶磁文献で知った。今は平凡な雑居住宅街しか想像できない南太田界隈のどこに窯跡があったのか?いつか付近を回ってみたい等と夢想していたら、5分待機の各駅停車が出発となる。

大久保町にあるJ院には地蔵尊が祭られていて我が家の墓を参る前には必ず地蔵尊に拝礼している。水桶場の横にある桜が満開になっている。J院では江戸の寛政期の石仏などもあって、ここへ来ると地蔵尊や古い時代の無縁仏等をしばし眺める癖がついてしまった。すっかり整頓されきった現代寺院の中にも風が通る場所はあるものと思いながら、墓に花を添え、墓石を水で洗浄してお線香を灯してお彼岸らしい儀式をすませる。

戻ってからの風変わりな衝動はヨモギ餅を砕いたアラレを揚げることだった。二日間に亘って天日干しを済ませた餅をサラダ油と胡麻油でブレンドして揚げる。火がよく通って黄色くなったアラレは、揚げたてが香ばしい風味でこれだけは市販品を凌駕する鮮度である。ちょうど厚木帰りに座間へバイクで寄った友人への茶うけとして供してみたらやはり喜ばれたからお裾分けにパックへ詰めて土産にしてもらうことにした。


やっぱり益子好き

2014-03-18 13:40:25 | その他

土曜日の大和骨董・古民具祭りはお天気に恵まれた。つい一か月まえは雪に祟られて露天の骨董市は散々だった様子である。相鉄線さがみ野駅の近くの遊歩道では早咲きの河津桜が満開になっている。お天気につられて朝から大和駅前周辺の会場へと吸い寄せられる群衆の一人になって数時間を遊ばせてもらう。いつも寄っている駅前東側の遊歩道内にあるあさましい雰囲気の2点で1000円というガラクタ品の山積み露店ものぞいてみる。この前は益子焼の椎茸の絵付けにユーモアを感じて湯飲み茶碗を買った場所だ。慌てて買った為にそのうちの1個にひびが入っていることに後から気がついたという代物だった。

ここのガラクタ品はどこか一軒家の解体時に丸ごと引き取ってきた家庭内の調度品がジャンルを無視して山積みになっている。底の方にお宝が沈んでいるのではないかと品物を皆がひっくり返すので、その無秩序ぶりが際立っている一角だ。今回も昔風の大柄な花器や安っぽい盆類に紛れてキラリと光っている小品が紛れていた。いつもそこのコーナーに群がっている隣接する人の人品もときどき鑑察することがある。今回は40代中期とおぼしき珍しく目が効いている人物に出会った。その人は茶道にこっているわけでもなさそうだが、愛らしく、飄々とした香合を物色している。京焼風のウサギや松ぼっくりの香合をゲットして、もう1個は桐箱に署名まで入った香合を手にしている。いいものを見つけたね。と声をかけてみる。その人物が「これ いりますか?」と応じる。「実は蓋があって相棒の台がいくらさがしても見つからないです」と続ける。よく見るとたしかに台がない。おめでたい「こづち」をあしらった大桶焼の飴色釉がそそられる逸品だ。この大桶は楽家の分家で昔は大名家、今はプチブルジョア階層の御用窯として全国的な有名なブランドである。うちにも中村長阿弥という大桶の作家が作った飴色の地に薄緑のビードロがたっぷりとかかった古いお菓子皿があることを想い出す。この山積みの散らかった場所をしばらく探してみたのだが、片割れは出てこないので諦めることにした。

今度は駅の西側にある会場で大ぶりな急須に引き寄せられる。いかにも益子風の灰色の地に白い椿をぼってりとあしらったものだ。花弁の背後の四隅には青い葉っぱが描かれていてその筆描きは美しい控え目を心得ている。花芯の鉄絵の運び方も素晴らしい。これは1200円という値段がついている。売っている同年輩のお二人は全くのアマチュアの延長ですれた海千山千の商人の面影がない。はったりも虚栄もないから友人同士のような会話になってくる。こちらが「ちょうどにならないか」と水を向ける。すると相手は「値段つけたときに嫌な予感がしてましたよ。もっと上の方の値段にしておけばよかった」といいながら200円を値引いてくれる。

この急須はもう離反してしまった女友達と益子へ出かけたときに、その友人へ共販センターの一角で薦めて買った素焼の通称「南蛮手」の大ぶりな急須とフォルムがそっくりだった。もし南蛮手だったらどこでも10000円は下がらないグレードである。その友人の後日譚では、お母さんが土瓶という解釈をして火にかけて罅をもたらしたと聞いている。200円を値引きした出展者は最近、105円にて買って読んだばかりの瀬川正仁「六十歳から始める小さな仕事」という本にでも登場してきそうな典型的な俄か骨董商の感があって、今後もそうした手の内を明かす態度の良さに惚れて足を運んでみようと思っている。

西側の展示には目を引くような、益子の水差し、岩田久利のガラス作品などがあったが、この日の戦利品はあと一つ志野焼のかけ花入れを購入する。山に萌え出るワラビの鉄絵模様にしびれてしまったからである。


ウエスタンスピーカーで聴くスティーブ・アレン

2014-03-16 09:45:31 | JAZZ

横浜に住むSさんの古いウエスタンエレクトリック製16Aホーンシステムという1930~40年代のアメリカスピーカーをときどき聴かせていただく。昭和でいえば初期に全米の都市にある映画館で活躍していた業務用スピーカーで曲がりくねったホーンロードは厚手の黒い鋼でできている。その容姿はオーデイオ産業勃興期の始祖鳥みたいなものだ。その容姿の巨大に反してSさんはとても小さなボリウムでまったりとした蕩けそうな音調で女性や男性ボーカルの珠玉レコードをかけてくれる。1970年代以降のF特全開オーディオ文化に育った人が聴いたら?。。という音の佇まいである。

私がよくステレオサウンド誌の資本主義的消費促進策略に嵌められて剛性思想の囚人と化していると揶揄している対象の一人であるKさんなどは、まだまだ年季が足りない人格らしくSさんのシステムを聞いていたら眠ってしまった等という逸話を耳にしている。しかしこれで聴くペギー・リー、ジュリー・ロンドン、ミンディー・カーソンという4~50年代女性ボーカリストの妙なる吐息の甘さにはいつもまいっている。オーディオ次元を越えた官能まで顕わになる装置というものには滅多に巡りあえるものではない。Sさんの趣味言辞で目立つトートロジー(同義反復癖)等多少の鼻につく面を引いてもこの装置の柔らかな囁きの親密性に魅せられて四季折々、訪ねるという習慣は知り合って10数年にもなるが消失していない。

今回もよい出会いがあった。Sさんとはお互いに多趣味の余禄を分け合うことがある。男性ボーカルはジャズというジャンルでは不遇な分野である。サッチモやシナトラ、トニー・ベネット、ディーン・マーチン、ジョニー・ハートマンくらいなら誰にも周知されているが、50年代中期くらいまでに地味にスタンダードソングを弾き語りしていた男性シンガーなどに目をむけるジャズファンは少ないものだ。たまに趣味散歩へ同行した折にSさんへお薦めするレコードが過去にも何回かあった。Sさんのスローバラード嗜好を熟知する自分が知っていて、Sさんの視野にはいっていないものだ。スティーブ・アレンもその一人だし、ジョー・デリーズも駄盤漁りの途上にてSさんに耳打ちしたものである。Sさんはこれをインプットすると持ち前のフットワークでいつのまに群小男性ボーカリスト収集の達人になっている。スティーブ・アレンもふんわりと囁くボーカルのまったりムードが16Aホーンと相性がぴったりである。昔、Sさんへ薦めたLPとは別なコーラル盤の「スティーブ・シングス」が取り出された。余談だがジャケットの収録現場風景に映っているマイクはやはりウエスタンエレクトリック製の大型マイクで振動板がいかにもタフネスなもので通称「鉄仮面」というニックネームで通人には知れている。こういう写真のなにげなき事物にも音は象徴されているものである。

50年代中期のアメリカが第二次大戦の戦勝の余勢をかって白人ワスプのエレガンス文化がまだまだ受け入れられた時期の収録LPである。TVショー向けにもジャズバンドは失業という憂き目はなかったようでスティーブはNBC放送の専属中規模バンドによい腕前のジャズメンを従えている。春ちかしとはいえSさんの部屋には寒冷前線が留まっているようだ。丁寧に点てられた珈琲をいただいてしばし16Aから蕩けぎみに流れ出すスティーブの歌、ピアノを堪能できるのがLPのB面である。B面にはやはりキャピトルというメジャーレコード会社からでた男性ボーカルのディック・ヘイムズが歌っていて終生の愛聴LPの1曲になっている「この春はちょっぴり遅いよ」というフランク・レッサーが作った素晴らしい曲が3曲目に収録してある。大好きなお目当てである。最近ではリー・ワイリーの後期CDにも入っていてこれもちょくちょく聴いている。ヘイムズの歌が豊かで深い正調を湛えているのに対して、スティーブの歌はフェイントモーションも多く間の取り方が絶妙だ。バックのルー・マクガリティーのトロンボーンソロもジョージ・マッソのようなよく歌ってしみじみとした音を紡いでいる。スティーブの歌とピアノというモノクロームカラーにジャズ的遠景の華やいだ色彩を添えていてこれがこたえられない。16Aホーンの出番、適材適所ここにありの感を強めることになった。やはり音という概念を忘れさせてドリーミーに再生できるSさんも高い授業料を払っただけの馬鹿オーディオご仁ではないことにあらためて納得する。寒冷な部屋を出て散歩がてらの帰り途は遊歩道にも自宅にも春は確実に巡ってきていることが体感できる陽気を喜びながらのウオーキングとなった。

 


春をうかがう散歩

2014-03-04 09:40:50 | 自然

あとで知ったのだが、ちょうどテレビニュースで湯島の梅も開花が遅れているという日に珍しく都心散歩に出かけた。神田明神、湯島天神という都心のありふれたコースである。知人数名と聖橋の袂で待ち合わせする。お茶の水界隈は若いころからなじんでいる場所だ。相鉄と東海道線の乗り継ぎが上手くいって、電車はお茶の水駅まで所要ジャスト1時間だ。

少し早くついたせいで駅前のビル地下にある「エクセルシオール・カフェ」でパストラミサンドのモーニングセットと珈琲で寒さをしのぐ。ウインドウの外は吹き抜けになっていて視界の広さが心地よい場所だ。対岸の窓辺には下着ショップらしい春めいた色調が大胆にレイアウトされているが、その手前は朝からの霧雨が覆っている。我が陋屋の片隅に一緒に生息するメダカもときどき水面の上層へ春の様子を窺いに浮上してくる。地中の温もりにたゆたっていた水仙もようやく花芽をもたげてきた。春は兆しているがやはり戸惑っている。

 

湯島天神の梅林は二週続きの雪の影響でちょうど五分咲きの風情、それでも見物客はかなりの数が訪れている。湯島天神で飲んだ昆布茶、神田明神横の茶屋で飲んだ甘酒が戸外で冷えた体にじんわりと沁みてくる。散歩は不忍池を最後に雨天中止、そこで散会となる。上野、御徒町の路地裏に入って蕎麦組、居酒屋組とそれぞれ散らばるが、自分はJR京浜東北線の各駅停車に乗って大井町へ途中下車することにした。母親の兄が住んでいた南品川からも近い駅路地にあるラーメン「共楽」の味を思い出したからである。