Rainy or Shiny 横濱ラジオ亭日乗

モダンジャズ、ボーカルを流しています。営業日水木金土祝の13時〜19時
横浜市中区麦田町1-5

「しらん」の誕生日

2013-05-10 09:03:09 | その他
昔買った益子のマルチ(多目的)碗のような汲出し器で煎茶を飲んでいて思い出す。5月8日の明日はなにかある日だと思ったら、死んだ妻の誕生日だった。ちょうど夜勤に出かける前でよかった。伊勢原にあるいつもの農産物直売所へ夕方寄ることにする。そちらでは百姓家の余技みたいな栽培和花のいいものが安く売っている。5月らしい花菖蒲もよいが、ちょうど紅色と紫色が微妙に配合されたような鮮やかな「シラン」が手桶に挿してあった。

いま時分の「シャガ」「シラン」「サクラソウ」なら去年まで住んでいた日向であればすぐに庭の一角で調達できたものだ。都市部へ移って花は買わざるを得ない暮らしになったが、日向で隠遁暮らした5年のせいで、花々の節気や移ろいが自分の感覚に溶け込んだ指標になったようである。「シラン」は一束で120円と格安だ。これを帰ってから活けて当日の8日、仏壇に供えることにする。小さな仏壇の埃を拭う。供物は有り合せの缶コーヒーと遠州三ケ日から妹達が土産に持ってきたネーブルオレンジにする。これに頂き物のヨックモックのチョコ菓子があれば、故人や同じ仏壇内に祀ってある親父やその先妻さんからの文句もでまい。お香は鳩居堂製の「ローズのかおり みづほ」というもので、これも妻の幼稚園、女学校、大学とずっと一緒だった同級生からのだいぶ前に頂いた贈り物で5月にふさわしい香りが漂う。

そういえば「シラン」は、柳宗民(宗悦の四男、園芸家)の「日本の花」にも春の項目に登場する。それによるとその微妙な色調からシランは「紅蘭」とも呼称されているそうだ。健在だったころの妻からは植物のイロハをよく教わったことがある。妻とは思想や文学の話はしても学校の話などしたことがなかったが、その出身女子学校の別称が「紅蘭」というのを耳にしたことがある。

そのおりには遊歩道を観察しながら、土手の雑草を選り分けて「えびね」という絶滅種(里では)と「紅蘭」の由来が一緒という説明を聞いた。去年は見かけたのに今年はでていないと妻が嘆いていた時で、以降その土手に野生の「えびね」を見る機会はなかった。学校の冠称になるくらいだから横浜の山手近辺でも、昔は野生の「えびね」がよく群生していたんだね!などという会話が交わされたことがある。「えびね」と「シラン」は別ものということは後に知った。「紅蘭」は「えびね」でも薄茶がかったものではなく赤味を帯びた花を指しているということだったようである。「えびね」は色の重なりがソフィスティケートされ複雑なマニアっぽい蘭だ。「シラン」はシンプルで蘭のスタンダードモデルみたいなものである。しかしその系統は同じ蘭の仲間の近縁種みたいなものだろう。ちょうど「つつじ」とこれから盛りを迎える「さつき」みたいな関係なのだろう。

人生の後半にあたる15年を呼吸器病で棒にふった妻だ。今思えば、その誕生日にこうした「シラン」でも供えることもこちらとの意義ある縁ということで、これからは命日よりも誕生日を折々の花で祝ってあげたい気分になっている。