さて、相変わらず短編漁りな第133回は、
タイトル:しあわせの理由
著者:グレッグ・イーガン
文庫名:ハヤカワ文庫
であります。
ハードSFの極北(って、解説に書いてあった)グレッグ・イーガンの日本版オリジナル短編集です。表題作を含む、全九編を収録。
実はこの人、読むのはこれが初めて。
例によって、一つずつ感想を書いていきます。
『適切な愛』……夫が列車事故で脳以外のほとんどの肉体を失った時、妻はある決断を要求される。前半は、保険会社とのせめぎ合い、後半は妻自身の葛藤で構成されており、彼女の感情が変化していく様を描くのが主題となっている。最後に再生した夫を迎えて、彼女は何を思うのか? ラストがちょっとイマイチ。サスペンスなんかだと、最後に夫を殺して終わるんだろうなぁ。
『闇の中へ』……偶発的に出現する吸入口に挑む男の話。吸入口とは半径1㎞以上もある一方通行のワームホールのことで、地球上に突如出現し、最終的に内部のものを消滅させてしまう(本当はもっと複雑なのだが割愛)。男の心理描写と、極限状態での人々の行動がなかなかリアリティを感じさせる。ラストの会話も秀逸。
『愛撫』……なんともコメントし難い作品。主人公の刑事が見つけた奇妙な生物、『愛撫』と呼ばれる絵の謎、そして二つをつなぐ者の狂気。ミステリ調の展開に期待は高まるが、主人公は無力で、結局のとこ何もできずに終わる。うーむ……なんか消化不良気味。スーパーヒーローになれとは言わんが、会話で相手をへこますぐらいはして欲しかった。
『道徳的ウイルス学者』……自分を神の代理人と勘違いした哀れな化学者の話。不浄なはずの娼婦が真っ正面から主人公に対抗し、最終的に正邪が逆転してしまうという皮肉な構図が良い。この作者が無神論者ってのよく解る気がする。
『移相夢』……肉体を捨て、機械の身体に移る際に見る夢とは? 一番のお気に入り。どれが夢でどれが現実なのか判然としないところとか、主人公に突きつけられる容赦のない台詞とか、表層的な恐怖がだんだんと深層まで浸透していく過程とか、よくもまあたった30ページ程でこれだけまとめたものだと驚嘆するしかない。
『チェルノブイリの聖母』……高名な実業家の依頼で、ある絵の行方を追うことになった探偵の話。実業家が絵を求めた理由もそれが盗まれた理由も、なんだか妙にこじつけ臭く、まとまっていない。探偵が調査を進めていき、最終ステージにたどり着くまでの過程も御都合的過ぎると感じた。
『ボーダー・ガード』……前半と後半でまったく印象が異なる話。前半の量子サッカーの解説ははっきり言って蛇足。『闇の中へ』の吸入口の解説と違い、ストーリーの核に関わってくるものではない上、まったく面白味がないので退屈。後半はがらりと雰囲気が変わり、人が死と決別するまでの歴史と、それを知る者の苦悩が語られる。ラストが非常に綺麗な異色作。(笑)
『血をわけた姉妹』……非常に秀逸な双子姉妹もの(そんなジャンルがあるのか?)。最初と最後がうまくつながっており、この短編集の中で一番完成度が高い。最初のたった16行で姉妹の関係を完璧に示していることに脱帽。
『しあわせの理由』……病気により感性が麻痺してしまった男の苦悩を描いた話。何に喜びを感じるか、何を美しく感じるか、何を美味く感じるか、それは人それぞれであって、絶対的な指標というものは存在しない。しかしそれらの感覚を全く失ってしまい、何にでも好反応を示したり、何にでも無反応になってしまったとしたら、人は何をして世界を規定すればよいのか?
しかしこうも好き嫌いが分かれる短編集というのも珍しい。
それと、気付いたことがある。
作品に関してでも、作者に関してでもなく、自分に関してだ。
私はSFというカテゴリを好きなわけではないのだ。
飽くまで、自分の好む物語の中にSF作品があるだけなのだ。
今回の短編集で気に入った作品を挙げてみるとよく解る。
『移送夢』、『血をわけた姉妹』は極端な話、SF的解説や設定を取っ払ってしまっても充分に面白いのだから。
うーむ、そう考えると、イーガン……多芸な人だ。
タイトル:しあわせの理由
著者:グレッグ・イーガン
文庫名:ハヤカワ文庫
であります。
ハードSFの極北(って、解説に書いてあった)グレッグ・イーガンの日本版オリジナル短編集です。表題作を含む、全九編を収録。
実はこの人、読むのはこれが初めて。
例によって、一つずつ感想を書いていきます。
『適切な愛』……夫が列車事故で脳以外のほとんどの肉体を失った時、妻はある決断を要求される。前半は、保険会社とのせめぎ合い、後半は妻自身の葛藤で構成されており、彼女の感情が変化していく様を描くのが主題となっている。最後に再生した夫を迎えて、彼女は何を思うのか? ラストがちょっとイマイチ。サスペンスなんかだと、最後に夫を殺して終わるんだろうなぁ。
『闇の中へ』……偶発的に出現する吸入口に挑む男の話。吸入口とは半径1㎞以上もある一方通行のワームホールのことで、地球上に突如出現し、最終的に内部のものを消滅させてしまう(本当はもっと複雑なのだが割愛)。男の心理描写と、極限状態での人々の行動がなかなかリアリティを感じさせる。ラストの会話も秀逸。
『愛撫』……なんともコメントし難い作品。主人公の刑事が見つけた奇妙な生物、『愛撫』と呼ばれる絵の謎、そして二つをつなぐ者の狂気。ミステリ調の展開に期待は高まるが、主人公は無力で、結局のとこ何もできずに終わる。うーむ……なんか消化不良気味。スーパーヒーローになれとは言わんが、会話で相手をへこますぐらいはして欲しかった。
『道徳的ウイルス学者』……自分を神の代理人と勘違いした哀れな化学者の話。不浄なはずの娼婦が真っ正面から主人公に対抗し、最終的に正邪が逆転してしまうという皮肉な構図が良い。この作者が無神論者ってのよく解る気がする。
『移相夢』……肉体を捨て、機械の身体に移る際に見る夢とは? 一番のお気に入り。どれが夢でどれが現実なのか判然としないところとか、主人公に突きつけられる容赦のない台詞とか、表層的な恐怖がだんだんと深層まで浸透していく過程とか、よくもまあたった30ページ程でこれだけまとめたものだと驚嘆するしかない。
『チェルノブイリの聖母』……高名な実業家の依頼で、ある絵の行方を追うことになった探偵の話。実業家が絵を求めた理由もそれが盗まれた理由も、なんだか妙にこじつけ臭く、まとまっていない。探偵が調査を進めていき、最終ステージにたどり着くまでの過程も御都合的過ぎると感じた。
『ボーダー・ガード』……前半と後半でまったく印象が異なる話。前半の量子サッカーの解説ははっきり言って蛇足。『闇の中へ』の吸入口の解説と違い、ストーリーの核に関わってくるものではない上、まったく面白味がないので退屈。後半はがらりと雰囲気が変わり、人が死と決別するまでの歴史と、それを知る者の苦悩が語られる。ラストが非常に綺麗な異色作。(笑)
『血をわけた姉妹』……非常に秀逸な双子姉妹もの(そんなジャンルがあるのか?)。最初と最後がうまくつながっており、この短編集の中で一番完成度が高い。最初のたった16行で姉妹の関係を完璧に示していることに脱帽。
『しあわせの理由』……病気により感性が麻痺してしまった男の苦悩を描いた話。何に喜びを感じるか、何を美しく感じるか、何を美味く感じるか、それは人それぞれであって、絶対的な指標というものは存在しない。しかしそれらの感覚を全く失ってしまい、何にでも好反応を示したり、何にでも無反応になってしまったとしたら、人は何をして世界を規定すればよいのか?
しかしこうも好き嫌いが分かれる短編集というのも珍しい。
それと、気付いたことがある。
作品に関してでも、作者に関してでもなく、自分に関してだ。
私はSFというカテゴリを好きなわけではないのだ。
飽くまで、自分の好む物語の中にSF作品があるだけなのだ。
今回の短編集で気に入った作品を挙げてみるとよく解る。
『移送夢』、『血をわけた姉妹』は極端な話、SF的解説や設定を取っ払ってしまっても充分に面白いのだから。
うーむ、そう考えると、イーガン……多芸な人だ。
人間の感情すらも、物理的で定量的なものに過ぎないと割りきる、あのクールさがたまりません。
「ボーダー・ガード」の量子サッカーはたしかにどうかと思いましたね(笑)。
あれがもっと短ければ、面白い短編だと思うのだけど。
「愛撫」、「チェルノブイリの聖母」あたりは、純粋にミステリだと思って読みました。
もしかしたら、読み方間違ってるかもしれませんけど。
でも、イーガンの作風って意外と探偵小説っぽいノリがみられるような気が……。
「適切な愛」は、最初に持ってくるのに丁度いいかなという気がしました。
ラストも、まあ、これでいいのではないかと。
「愛撫」は、主人公の情けなさがいい。ちょっと不思議な読後感でした。
表題作「しあわせの理由」も、この短編全体を通しての印象をまとめるにふさわしい良作だったと思います。
「ボーダーガード」の説明、どうだったかなぁ。記憶にないなぁ。めんどくさいなと思うと、読み飛ばしちゃうし。
イーガンは、他に「宇宙消失」などを読んだ程度ですが、この短編集はそれとは少し異なるニュアンスでした。
どっちかというと、人間の内面に目が行っている、それに、最先端科学を振りかけたという、いかにも現代SFですね。
は素直に納得してました。なんとなく、テッド・チャ
ンの『顔の美醜について』につながるものがあります
ね。
『ボーダー・ガード』、後半の会話が面白いだけに、
痛い作品です。ただ、死に意味を求めるのはそれが避
けられないから、というのはちょっと引っかかりまし
た。だったら、このシステムが崩壊する時、この人達
は何を考えるんだろ?
「愛撫」、「チェルノブイリの聖母」は確かにミステ
リだと思います。特に、『~聖母』はハードボイルド
入ってますね、主人公の台詞やラストとかが。ただ、
あまり上手くいってないような気が……。
現実だと……やっぱり悪夢ですね。
『適切な愛』のラストは、なんとなくぼやかされた気
がしたのです。もしかすると、私の読みが甘いのかも。
『愛撫』の主人公の無力さは、らしいな、とは思いま
した。そう簡単にヒーローにはなれません。私だった
ら……やっぱり翻弄されて終わるんだろうな。(笑)
足下をぐらつかせるような作品が続いた後、最後の最
後に『しあわせの理由』。危うく倒れそうになりまし
た。痛いとこつきますね、イーガン。
この短編集が現代SFだとすると……イーガンの本領
はやはりハードSFなのかな? なんか、本書の解説
読んでると恐くなってきました。坂村健氏、余計にイ
ーガン読みたくなくなるようなことばかり書いてる。
いろいろと可否のある「ボーダーガード」ですが、量子サッカーなるものがまったくイメージできないのが問題なんですかね。こういうページがあるので参考になればと。私レベルではせいぜいデモを楽しむくらい……。
http://gregegan.customer.netspace.net.au/BORDER/Soccer/Soccer.html
冷淡で鋭利な科学SFというイメージもありますが、『万物理論』まで読むと印象が変わってくるあたり面白い作家だと思います。どう変わってくるかは、読んでのお楽しみということで。
奇想コレクションから『TAP』という短編集も刊行予定なので、楽しみであります。
『ボーダー・ガード』、これは量子サッカーが仮に他のスポーツだったとしても同じです。後半の話の前に、長々と主題とは関係ない野球の話があったとしたら、やはり退屈したと思います。ちなみに、デモ見ました。なんなとく、数人で囲碁をやっているような感じですね。
イーガンに関しては、まだ本作しか読んでいないので何ともコメントし辛いところです。冷淡……というよりは、キャラクターの思考範囲を狭めている人だな、とはちょっと感じたりもしました。
現在、『万物理論』を探索中です。でも、『宇宙消失』のアイディアにも心引かれるものがあったり……。
一番手に入りにくいのは『順列都市』でしょうか。長編のなかでは一番好きなんですが。
『順列都市』、復刊希望に投票させて頂いております。(名前で既にバレているかも……)
しかし、今日見たところまだ15票。道は遠いです……。