歯車
歯車
とまりぎ
芥川竜之介の小説「歯車」の一節、
「・・・のみならずボクの視野のうちに妙なものを見つけ出した。妙なものを?-----というのは絶えずまわっている半透明の歯車だった。僕はこういう経験を前にも何度か持ち合わせていた。歯車は次第に数を増やし、半ば僕の視野を塞いでしまう、が、それも長いことではない、暫くの後には消え失せる代りに今度は頭痛を感じはじめる、-----それはいつも同じことだった。眼科の医者はこの錯覚(?)のために度々僕に節煙を命じた。しかしこういう歯車は僕の煙草に親まない二十前にも見えないことはなかった。僕はまたはじまったなと思い、左の視力をためすために片手に右の目を塞いで見た。左の目は果して何ともなかった。しかし右の目の瞼の裏には歯車が幾つもまわっていた。・・・」
最後の方にも歯車や「・・・銀色の羽を鱗のように畳んだ翼が一つ見えはじめた。・・・」ということを書いている。
これは芥川竜之介の実体験であろう。
亡くなったとまりぎの先生が芥川竜之介と夏目漱石の比較では、
夏目漱石は文科系、芥川竜之介は理科系に近い文章だと言っていたが、そうかもしれない。
これだけ書くと、小説「歯車」の紹介で終ってしまう。
実は、歯車が廻る同じような体験をしている。
ただし、歯車はひとつだけだ。
銀座
とまりぎ
福島原発事故以来、銀座歩行者天国を歩く人が激減した。
外国人が多かった店も閑散としている。
日本全体が外国から観光客の来ない国になってしまったらしい。
電飾消費制限で、エスカレーターが停止していたり照明が暗くなっていたりで、どうにもいけない。
このままでは日本は不況から回復できない。
東京住みたい街
とまりぎ
雑誌「東京ウォーカー」で吉祥寺、下北沢、恵比寿、自由が丘、新宿、池袋、浅草、中目黒、代官山、中野がランキングされている。
別の調査では成城学園、田園調布、府中、国立、神楽坂、広尾、高円寺、三鷹、三軒茶屋、目黒、品川なども入ってくる。
住んでよかった街には練馬、葛西、立川、蒲田、阿佐ヶ谷なども入っている。
選ばれたポイントは
1)にぎやかな街:吉祥寺、中野、下北沢
2)オシャレな街:恵比寿、自由が丘、中目黒
3)高級志向な街:成城学園、田園調布
4)生活重視な街:府中
5)下町志向な街:浅草
に分類され、どこに重点をおくかで変ってくる。
旧芝離宮恩賜庭園
とまりぎ
JR浜松町駅のすぐ東側に庭園がある。
江戸時代、老中・大久保忠朝の上屋敷として庭を「楽壽園」とした。
幕末には紀州徳川の屋敷になり、明治時代には有栖川宮家から宮内省へと変遷し芝離宮となった。
樹木が多く、落ち着いた雰囲気がある。
庭園の真ん中に池があって、その周りと池の中にある中島をつなぐ西湖の堤が通れるようになっている。
西湖というのは中国の杭州のある湖で、そこにある石造りの堤や橋を模している。
西湖で見る名月は有名だ。
池の向こう側で、写真撮影の最中だ。
浜松町駅に近いので、京浜東北線、山手線のほかに新幹線やモノレールが目前を通るので、庭園の雰囲気とは対照的だ。
かつて海水が入る池だったそうだが、現在は淡水だ。
海水取入口跡が池の北東にある。
ここより下に家を建てるな
とまりぎ
4月13日日経新聞夕刊に、岩手県宮古市の姉吉地区に建つ石碑のことが出ている。
石碑は海岸から約500m離れた山道の斜面にあって、そこからは海は見えない。
大津浪記念碑には、「高き住居は児孫の和楽 想え惨禍の大津浪 ここより下に家を建てるな」とある。
この地は1896年の明治三陸大津波、1933年の昭和三陸津波に襲われた過去がある。
昔から知る碑で、そのおかげで被害は少なかったとのことだ。
先人の貴重な教訓と、
それを守った現代の人たち。
人口減時代
とまりぎ
4月13日の日経新聞によると、東京の人口は2015年の1,308万人をピークに減少する。
東京には全国から若者が移住してきたから、ピークになるのが全国平均よりも遅くなったが、とうとう減少が見えてきた。
一方、65歳以上の高齢者は2011年1月で約258万人だったが、厚生労働省の推計では2025年に約340万人になるとのことだ。
人口減少と急速な高齢化によって、東京をどうするか。
じわじわと環境は変りつつある。
新聞記者には書けないことだが、公園で遊ぶ子供たちが減って、元気のない老人の都市になっていくということだ。
老人の医療費、老健や特養のような介護施設にかかる負担は大きいから。