ささかのブログ

雑多な思考整理のためにブログを活用中。
自分が生きやすくなればいいと思うけれど、教祖になるつもりはない。

休日

2024-03-23 21:33:00 | 日記
本日休みました。

色々とやっていますが、なかなか結果が出ない。

結果を他人任せではなく、自分で設定しておきたいものですが。

そのためには色々と知識と経験が足りない。


経営というものは、物理的なものとは違う。

経営学の中で成立するように商売をするのは、物理学とは違う論理や価値観で物事を考える必要がある。

似かよっている考え方もあるけれど、違うのは、原理原則よりも、現在進行系で求められているか。

この辺り反発してしまう部分がある。
つまり、流行っているから正しいわけではない。
一般大衆消費者が求めるものは、流行りの情報に流される。
しかし、本来正しいものは、瞬間的な消費価値よりも、永く使われる方に価値がある。

結局そういうものは爆発的に売れないし、買い替えられない。

芸能人やスポーツマンは一時的な名声や富を得ることができる。
しかし、100年後にも教科書に載って人類の歴史に名を残す可能性は低い。
人類の歴史に影響を与えるような偉業を成し遂げることは少ない。

人類文化に影響を与えた人は、歴史に残る。

まぁ、かと言って、自分が人類文化に影響を与えるような変革をしたかといえば、そうではないのだろうな。
芸能人やスポーツマンのような名声や富さえも残せていないわけで。
そこまで目立つ気もなかったりする。

ごく普通の一般人の中に埋もれていく人生の一つなのであって、なんとか生きていくことに必死な一人なのだけれど。

諦めずに生きていこうと思っています。

色々夢を持って生きようと思いますよね。

永く生きるために充電もしますよ。
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人類皆ルサンチマン

2024-03-23 15:43:11 | 日記
ルサンチマン(仏: ressentiment、 (フランス語発音: [rəsɑ̃timɑ̃]) )は、弱者が敵わない強者に対して内面に抱く、「憤り・怨恨・憎悪・非難・嫉妬」といった感情。そこから、弱い自分は「善」であり、強者は「悪」だという「価値の転倒」のこと。

Wikipedia

自分に対する他人の感情は、ルサンチマンだったりするのかも知れない。
自分自身が、自分が弱いから、なんとかしようともがいているルサンチマンなのだけれど。

一位を追いかけるほうが楽だったりするのは、これもある。

もっと健康になりたい。
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お勉強の日

2024-03-17 23:05:39 | Culture
今日は自宅で机にかじりついて勉強の日。

日商簿記や中小企業診断士を学んで、最高の勉強法を読んだりしました。






知らないことが多いです。
知れば、かなり物事が簡単になります。
それに気づくことが重要なんですよね。

まだ読み切ってないけれど、面白そうな本。




日本の雇用がなぜこうなっているのか。
また、雇用体系の歪で何が起こっているのか。
知っているようで知らない社会を俯瞰してみることができます。

そのあたりを網羅的に説明しているのが、橘玲さんですね。



岡田斗司夫さんがYouTubeで語る日本社会は、かなり橘玲さんに影響されていることが分かります。

私のブログのような、根拠がない社会論ではなく、出典となる論文がしっかりある橘玲さんの本を読んだほうが良いですよ。

それでも橘玲さんがやるなぁと思うのは、しっかり自分の著書を引用して、それを買いたいと思わせるところですね。

このくらいしっかりと思考を整理できる本を書ければ、相当社会に役立つと思います。
本の執筆とかもやりたいと思うけれど、それはまたそれで。

自分の日本語説明能力はそんなに上手ではないとは思っているけれど、少しずつ書きながら鍛えていこうと思っているのですよ。
言葉では難しければ、図解でもいいですよねとか。

そのあたりぼちぼちやっていきます。
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知的障害

2024-03-17 00:28:01 | Human
世の中に知的障害者がいて、それはそれでしっかりと障害者福祉手帳をもらえる障害者であるわけですが。

一般社会の健常者にも知的障害者はたくさんいます。


さっきあなたがダメだと批判したこと、今あなたやってますよね?

やってはいけないと書いてあること、今あなたやって、窮地に陥ってますよね?

あなた自身がやれと言ったからやったのに、それで今あなたの状況が非常に悪くなって文句言ってますよね?


因果関係が破綻しているようなこと。
ボケているとしか言いようのないこと。
どう考えても自分自身で墓穴を掘って、自分を社会的にも実際的にも死に追いやるような愚かな事を言ったりやったりしている。

すべての生活の判断がそのような因果関係の破綻であれば、知的障害者として認定要因になる可能性があります。
生きているだけで不具合が発生するので、社会的に保護する必要があります。

いわゆる一般健常者でも、そのような因果関係の破綻をかなりやっているのが実際です。


バカだなあ。


賢い人は、いちいちバカだと突っ込んだり、直そうとはしません。

一緒にいるだけでリスクなので、そっと離れていきます。


私自身はどうか?

他の人の失敗の後片付けすることが多いので、やってられなくなります。

いやまぁ、自分自身も大抵間違った判断をして、そもそもリスキーな人生を送っていると思っているので、障害を持っているといえばそうなりたいぐらいですよ。

なかなか知能テストがそれを許してくれないという問題はあるけれど。

知能テストさえやりたくなくなるぐらいの精神状態の混乱も経験しているので、障害者ではないと言い切ることはできないわけで。


社会戦略として、自分の失敗を知らんぷりして他人のせいにするということもやりますね。

そんな人の汚さも経験しているので、あまり社会や人を信用もしなくなりました。

会社の人間関係は、そんなに信用するべきではありませんね。基本的には非常に遠い他人です。

会社の人間関係より重視すべき人間関係はあります。
滅私奉公なんかやるもんじゃありません。


幸福の「資本」論を読んで、目を覚ましましょう。

あなたの会社の同僚や同期入社の人間は、別に仲間でもなんでもなく、ただ人をうまく遣おうと騙すことぐらいなんでもない、くだらない人間だと思ったほうが良いですよ。

信頼で成り立つ社会的人間関係など関係なく、金銭的な人間関係しか持たない、秋葉原の路上でアンケートを取って、高額募金をさせるような人間はゴマンといます。


とんでもないストレスで思考できなくなり、論理的因果関係が破綻することもあります。

生まれついて論理的因果関係が破綻して、論理構築できない環境で育つと、知的障害レベルで思考ができなくなります。


だから、知的障害が必ず遺伝的な問題かというとそうでもないとは考えています。

後天的な要素もたくさんあるでしょう。

現在の状態が耐え難い精神状態や、過度なストレスがかかる状態であれば、思考の因果関係が破綻するシーンもあり得る。


私自身は知的障害だからといって一面的には見ません。
その原因がわかれば、対処することも可能になるでしょう。


大体において、生活上の因果関係が完全に構築できている人なんか、見たことありませんけれど。
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芸術家技術者

2024-03-14 09:54:58 | Office
150社。

50歳で転職活動をして、派遣ではなく正社員。そのような前提で活動して既に6か月が経とうとしている。

エージェントなどを駆使して、ハローワークや直接求人応募なども含めて、応募企業は150社を超えた。


なぜ派遣ではなく正社員にならなかったのか?
それだけ大変だからだと結論できる。
わざわざそんな大変なことを好き好んでやる人間はいない。

針に糸を通すより難しい、たった0.6%の確率に人生をかけるのは、賢くない。


つまり賢くないからできる。
独り身だからできるとも言える。


そんな中やっと採用企業が出つつある。

自分自身も変えるし、社会も分析するし、勉強もする。

もちろん、独立自営も考えてその手段を実行するための方法も調べるし、打診もする。


私の結論は、私は営業に向いていない。
営業できないことはない。
しかし本質を撃ち抜く開発を行う前提の営業は、相当人を選ぶ。
世の中そんなにメンタルが強い人もいない。


それと、開発技術者は、芸術家であるということ。

優れた芸術家は、変人が多い。
同様に、優れた開発技術者は、変人が多い。

様々な手法や技術を広く深堀りして理解する。
そうすると常人の理解できる範疇ではなくなる。
それだけで変人なのだが、コミュニケーションを犠牲にするとさらに変人度が増す。


経済学・経営的観点からすると、仕事は分業化し、属人化を廃して、誰でも継続できるようにするべきだ。

ところが、開発業務そのものが芸術的であり、それは当然属人化する仕事そのものなのだ。

「誰の手による開発か?」
が、重要になる仕事だ。

経営的には、素晴らしい開発を継続するためには、そのような芸術家肌の小難しい人間を大量に飼い馴らす必要がある。

とてつもなく大変な仕事だ。

いわばその一人だったわけで、その人間が一般企業に入社しようとすれば当然大変になる。


開発の組織化手法の一つとして、MBD(モデルベース開発)がある。


リンク先ではソフトウェア開発が代表例として挙げられているが、機械系物理系開発でもMBDが用いられている。

検証の自動化を行うことによって、開発後半の速度を上げるのだが、上流の開発技術者の知識能力があることが前提となる。

素人が上流プロセスを行うと、逆に検証プロセスが増えて複雑化する。

そうすると、これが「アジャイル開発だ」などと言い出したりするが、MBDはいわゆる上流から下流に流れるウォーターフォール開発であり、アジャイル開発ではない。

アジャイル(Agile 素早い、敏捷な)開発は、仕様が固まる前に実行テストする開発手法であり、MBDとは真逆の開発手法になる。

この根本矛盾がわからない限り、開発は遅々として遅れる。


MBDではAI開発は成立しないと書かれているが、それはその通りで、不明点が多く、検証プロセスの設計もできないような開発は、MBDに向かない。

水素燃料電池技術開発などにおいては、そもそもシステムの物理モデルが構築できていないのだから、モデル化そのものができないため、MBDに乗らない。

事象のモデル化が出来ていなかったり、わからないシステムの開発は、モデル化できないのだ。


MBDに向いていない開発として、先日分析したトヨタの特許として、「モーター制御回路のスイッチングを制御して、心地よい和音を奏でる」という開発内容があるが、これに関しては、音楽感性的知見や経験や、それを適用しようとする発想そのものがなければ、開発しようとも思わない。

特許出願公開番号:特開2018-26931


これを見ても、開発技術者はほとんど芸術家であって、それを経済的尺度、経営的尺度で測ることは難しいことがわかる。

とはいえ、開発も経済活動のひとつなので、収益も考慮する必要がある。


私自身は、貧困な中でモノを作る、ストイック・エンジニアなので、これもまた異色ではある。

地道な芸術的改善の組み合わせを行いながら、時間的費用的視点を持って、費用期日目標に合わせたアウトプットを出す。

単純に無駄な仕事をしたくないのだ。

工業高校的現場の観点から、研究開発上位の新規開発の観点両方までを持って、経験しているという、特異な人間なので。

まぁ、それだけ見ても就職は難しいことはわかりますよね。
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