落合順平 作品集

現代小説の部屋。

からっ風と、繭の郷の子守唄(130)

2013-11-06 13:17:32 | 現代小説
からっ風と、繭の郷の子守唄(130)
「朝採りのブロッコリーを挟んで対峙する、2人の美女」



 群馬県の最西部にある安中市の千尋の座ぐり糸のアトリエでは、温かいシチューが
たっぷりの湯気を立てながら、貞園の到着を待っていました。
霜が降り寒さがいっそうの厳しさを増す真冬に入ると、露地で栽培をされているブロッコリーは
寒さとともに甘味を増してきます。
収穫に適した大きさのブロッコリーは、畑で一斉に収穫をされるわけ訳でなく、規格に合う
大きさになったものから順次、拾い取りをします。
真冬なら、次の収穫(大きくなるまで)まで、1~2週間程度のインターバルが必要なほど、
成長はゆっくりとなりますが、そのぶん味と甘味は逆に濃密さを増します。


 毎朝、畑を真っ白に染め葉を凍結をさせてしまう霜が、冬野菜たちを甘くさせます。
90%以上を水分で占めている野菜は、真冬の氷点下になると一様に凍てついてしまいます。
凍結をすると水の体積が増えるために、細胞は壊れ水分が外へ漏れ出てしまいます。
大切な水分が外へ出てしまうと、野菜たちは真冬の寒さの中を生きていくことができません。
そのために、細胞内にため込んできたでんぷん質を、糖に変える必要があるのです。


 水は零度で凍りますが野菜の中に糖があれば、氷点下になっても細胞内は凍りません。
凍結を防ぐために、冬の野菜たちは葉の中の糖分を大量に増やし続けます。
砂糖水は-27℃でやっと凍るといわれ、寒さに対しては強い抵抗力があります。



 「へぇぇ。それで冬野菜たちが甘くなるのか、なるほど」


 ホカホカと上がりつづける湯気の向こう側で、貞園が目を細めて笑っています。
『おかわりしておくない。久しぶりにたくはん作りましたし』と、千尋も笑顔を返しています。



 「腹が減っては戦(いくさ)にならぬ、と昔からよく言われます。
 身重の美和子が突然姿を隠したいきさつはよう分かりましたが、その件と、
 わざわざここまで貞ちゃんが足を運んだのには、また別の意味も有るんでしょう?」

 「あら。なんでそんな風に感じるわけ?。 あなたは」


 「今朝の電話の様子には、恋敵と決闘でもしそうなほどあとには引かない迫力が有りました。
 ははぁ~、こらあたしへ、わざわざ引導をわたすためにはるばると
 安中までやってくるんだと、ピンと来ました」


 「その通りです。私はあなたへ、憎まれ口を言うためにここまで飛んできたの」


 「朝ごはんも食べずに、早朝から赤城山麓の康平くんのところへ駆けつけて、
 そのままその足で安中に住んでいる私の所まで飛んでくるんだもの、ただ事とは思いません。
 どうせ、康平くんと別れてくれと言うつもりなんでしょ。あなたは」
 

 「実に鋭い。怖いわねぇ己を知っている女は・・・・」


 「それしかないでしょうに、心当たりが有るとするなら。ほしたら。
 でも、今すぐには、とても無理な話どすなぁ。
 もう人を好きになるまいと心に決めて、私はこの群馬へ来たの。
 京都で知り合った英太郎とも、別れたくて別れてきたわけではおまへん。
 女が女としての大切な『機能』を失えば、諦めなければならへんことも生まれてきます。
 恋も男も諦めて、仕事一筋になりよく生きるはずやったのに、また転んでしまいました・・・・
 康平くんと出会ったことで、またあたしの中で恋する気持ちに火などがついてしまいました。
 あかんだなぁと思いもっても、何処かで恋する気持ちを密かに、楽しんどる自分さえいます。
 『いけへん』と思いブレーキをかけとるのに、気持ちは深みへドンドンと落ちていきます。
 貞ちゃんだって、そないな女の気持ちはなんとなくわかってくれるでしょう?。
 時間をかけて、ちゃんと自分でキリをつけますさかい、あんたはもう心配をせいへんで。
 でも、貞ちゃん。あんたこそ、ほんまにほしてええねんか?
 今度こそ、ほんまにあんたの手に届かない人になってしまいます。康平くんは」



 「なんだかものの見事に肯定をされてしまうと、拍子が抜けてしまいます。
 貴方は康平と付き合い始めてまだ半年余りだもの、比較的浅い傷で済むと思います。
 そこへ行くと私は、もうなんだかんだで、どうにもならずに10年余りです。
 そうだよね、今度こそ私にとっての本当の正念場だ。まいったなぁ・・・・」



 「あんたはんのほうが、よほどショックで重症どすなぁ。
 どうするん?。振られそうな女と、これから振られる女で気晴らしに
 どこぞへでも出かけましょうか。この件に関しては、もう手も足も出せそうにありません。
 先日の一件。あの銃撃犯を先に確保して、国外逃亡をさせようという荒業を始めた時から、
 こうなるだろうという結果は、ちゃんと見えとったはずどす。
 そのおかげで貞ちゃんは、持病の過呼吸症をコントロールする術を見つけたようどすなぁ。
 あたしも、近いうちに京都からやって来た英太郎と、話し合う心つもりになりました。
 それぞれの運命が、それぞれの伴侶に沿って、正しい道を流れ始めたということかしらねぇ。
 そやけども8ヶ月の身重やのに、美和子はどこへ消えたんやろ。
 大丈夫やろうとは思うけど、出産が近いんだものやっぱり、ちょい心配どすなぁ・・・・」


 「大丈夫です。私が10年かけても探し出してみせます」


 「10年も経ったら、みんなおばあちゃんになっちゃうわ。お互いに。ふふふ」



 「モノの例えです。まったくあなたって・・・・。ねえぇ、冬の軽井沢へでも行こうか。
 雪が降って人の姿が見えない閑散期の別荘地のあたりも素敵だし、雪景色の浅間山も雄大です。
 浅間山の雄大な雪景色を見ながら入る、天然温泉もまた今の季節は格別です。
 浅間山から4.9kmの距離にある、天狗温泉浅間山荘。
 ランプの宿の高峰温泉なら、浅間山からはわずかに5.8km。
 星野温泉のトンボの湯は、浅間山から7.7km。
 群馬県側にあるホテルグリーンプラザ軽井沢は、浅間山から7.7km。
 もうひとつ、群馬県吾妻郡長野原町にある、相生の湯なら浅間山から9.5kmです。
 10km圏内に、これほどたくさんの温泉地がひしめいているのよ。最高だとは思わない?」


 「ちょい待ってよ、貞ちゃん。
 あんたもそやけどもしかしたら、そのあたりに美和子が行っとるのを
 最初から、知っとったんではおまへんか。
 一緒に、美和子を探すためにあたしを誘いに来たわけね?。
 いや、待て待て。それとも全部あんたが仕組んだ筋書きで、ただの狂言かしら?。
 そう考えれば全部のつじつまが合う。
 いっぺんにすべてを片付けるために、貞ちゃんが仕掛けた大博打のような気配どす。
 美和子に姿を隠させておいて、康平くんの動揺を誘い、その気になるように仕向ける。
 あたしにはきっちりと引導を渡し、英太郎と復縁をするように促す・・・・
 なるほどな。あんたも相当なワルだわな。それとも例の極道の岡本氏の入れ知恵かしら。
 なるほど。うちまで、まんまと見事に乗せられるトコどした」



 「やっぱり見ぬかれたか。
 3人で、2~3日温泉につかってのんびりしょうよ。
 岡本氏からそのくらいの軍資金を例の一件のご褒美としてせしめてきたもの。
 たまには女同士もいいでしょう。
 妊娠8ヶ月~10ヶ月のことを妊娠後期の安定期と言うそうです。
 美和子に言わせればお腹も大きくなってきたけど、妊娠生活に体も心もずいぶん慣れてきて、
 最後の自由が謳歌できそうな時期にはいったそうです。
 赤ちゃんと会えるまであと少しだけど、自分ひとりで自由に動ける時間も残りはあと少しです。
 『出産後にできくなることを、いまのうちにやっておかなくちゃ』という
 焦りにも似た気持ちを、何故か最近の美和子は、ひしひしと感じていたそうです」


 「呆れたわねぇ・・・・あんたたち。
 出産間近の妊婦さんの最後の自由を謳歌するついでに、狂言まで仕立てたわけどすか。
 可愛そうどすなぁ。巻き添えを食った康平はんは。ついでにウチもですが・・・・」


 「そう言わないでよ。春物のゴルフウェアを犠牲にして手にした軍資金なのよ。
 でも、戦略的には一石二鳥でしょ。ついでに温泉へみんなで行けるのだから、三鳥です。
 ねぇ。康平にこのことはナイショだよ。ばれたら私が一生恨まれてしまうもの。うっふっふ」





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