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『中央日報』キム・ジン論説委員の「原子爆弾は神の懲罰」コラムに対する立場

2013年05月30日 | 韓日関係関連消息

来日した元日本軍「慰安婦」女性が、橋下市長との面談を拒否した(5月24日、大阪市庁前の集会)


 キム・ジン『中央日報』論説委員が5月20日付のコラムで、日本への原子爆弾投下に対し「神の懲罰であり人間の復讐だった」と書きました。これには日本政府だけでなく、国民の間でも怒りの声が広がっています。5月28日付『朝日新聞』の声欄にも、「韓国紙の不見識にあえて苦言」と題する、雨宮民郎氏(東京都小平市、65歳)の次のような批判が掲載されました。

 -韓国の大手紙・中央日報が広島・長崎への原爆投下について「神の懲罰」などと表現したコラムを掲載した。当時、強制連行などで日本にいて被爆した韓国人被爆者に対しても同じことを言えるのだろうか。さすがに同紙はその後、「遺憾の意」を示したが、歴史を振り返ることは重要であるとしても、ことを荒立てるだけで未来への配慮に欠ける報道はいかがなものか。

 ただ、このような記載を引き出したのは、日本の政治家の靖国神社参拝、従軍慰安婦や侵略を巡る発言だろう。自分が戦争を体験したわけでもない政治家たちが「国のために戦った英霊だ」「軍隊に慰安婦は必要だ」などと持論を展開し、あげくの果てには過去の戦争の正当性を唱えて憲法9条の改定をもくろむ。彼らにはグローバル時代の外交はとても任せられない。

 国内外を問わず肝心なのは、戦時中に国家の名の下に個人の尊厳を踏みにじられた方々が多数存在した事実と、もう二度とこのような事態を引き起こさないという願いだ。特に韓国は今もこれからも間違いなく重要な隣国だ。敵対関係をあおって喜ぶ者を利するような行動は、お互いに慎むべきだろう。-

 極めて適切な指摘だと思います。実は韓国内でも、このコラムには厳しい批判が寄せられています。特に、当事者である被爆者団体の声明は、在日同胞や日本国民も傾聴すべき内容と判断し、以下に全文を翻訳しました。合わせて、「唯一の被爆国」という驕りを、日本が速やかに克服できるように願ってやみません。 (JHK)
 原文サイト:http://www.tongilnews.com/news/articleView.html?idxno=102692


『中央日報』キム・ジン論説委員の「原子爆弾は神の懲罰」コラムに対する立場

 去る20日、キム・ジン『中央日報』論説委員が使った「原爆は神の懲罰、アジア人の復讐」という内容のコラムが大きな議論になっている。キム論説委員は同紙の記名コラム「キム・ジンの時々刻々」5月20日付に、最近の安倍総理と橋下徹大阪市長らによる侵略歴史の否定、および「慰安婦」の肯定妄言を批判する「安倍、マルタの復讐を忘れたか」と題するコラムを寄稿した。その中で彼は、第2次世界大戦末期、日本の広島と長崎に投下された原子爆弾は「神の懲罰」であり、日本軍国主義の犠牲となったアジア人の復讐だと主張した。

 キム論説委員はまた、「日本軍が中国、ロシア、モンゴル、韓国人などを対象に実施した生体実験、いわゆる“マルタ”の悲鳴が天に届き、原子爆弾が広島と長崎を襲って日本人が死んだ。“マルタ”の怨みはまだ解けておらず、日本に対する業火が不十分だと神がみなしても致し方ない」と付け加えた。

 このコラムが日本社会に伝わると、菅義偉・官房長官が「世界唯一の被爆国である日本として、決して許すことのできない認識」と抗議した。そして、NHKと共同通信など日本の主要メディアも大きく報道したことで事態が広まっている。

 「韓国原爆被害者協会陜川(ハプチョン)支部」と「韓国原爆二世の患友会」など韓国人原子爆弾被害者団体を中心に24個の市民社会、宗教界で構成された「原爆被害者とその子供たちのための特別法推進連帯会」は、原子爆弾が神の懲罰とする歴史認識と公開的なコラム寄稿を強く糾弾する。

 1945年8月6日と9日、広島・長崎に投下された(米軍の)原子爆弾によって、当時、7万余人の朝鮮人をはじめ中国人、台湾人、アジア南方地域の留学生と連合軍戦争捕虜、海外宣教師など数多くの外国人も犠牲になった。日本人の中にも軍人でない子供と乳児、若い女性と老弱者など、民間人の犠牲が大きかった。特に大韓民国は日本に次いで、世界で二番目の原子爆弾被害国といえる。

 当時、日本の植民支配と侵略戦争、強制動員などによって日本に行く他なかった朝鮮人7万人余りが、原子爆弾の犠牲になって大きな被害を受けた。生き残った被爆者も命がけで祖国に帰還したものの、受けたのは歓迎や慰労ではなく、差別と蔑視だった。(韓日両国)政府と社会の無関心、無対策によって適切な治療さえ受けられないまま、病気と貧困、疎外と差別の中で死んでいったのだ。被害はそこで終わらず、二世と三世からも、一部で後遺症と被害が発生している。

 原子爆弾の悲劇が現在進行形として受け継がれており、その被害者が実在するのに、それを「神の懲罰」と表現するのは容認されないことだ。原子爆弾は神の懲罰ではない。それは人類に対する明白な戦争犯罪であり、大量虐殺だ。その現場で人を殺傷することで終わらずに、放射能被爆によって数十年が過ぎても被害を発生させている。

 日本の侵略戦争、南京大虐殺と生体実験をはじめとするあらゆる戦争犯罪と植民支配は、もちろん許すことのできない罪である。安倍晋三総理と橋本大阪市長の妄言も決して容認できないことだ。しかし、原子爆弾が“マルタ”の怨霊による復讐で人間の悪行に対する神の懲罰というならば、その復讐と原子爆弾投下という人間の悪行に対する神の懲罰は、どんな形態で返ってくるのだろうか?

 キム論説委員は「神の懲罰、復讐」発言を撤回して、原爆被害者に対し心より謝るべきである。中央日報も責任がないとは言えず、これに対し謝罪しなければならない。

 私たちはまた、日本政界の最近の動きと日本社会の歴史認識、そして68年の間一貫して維持している無責任と無謝罪、差別的態度に対しても責任を問う。広島と長崎に投下された原子爆弾の犠牲になったのは、日本人だけではなかった。日本は今回、キム論説委員のコラムに抗議し「世界唯一の被爆国」の立場でとうてい容認できないと反発している。しかし原子爆弾が爆発したところは日本の土地だったが、日本は世界唯一の被爆国ではない。日本は抗議するだけでなく、自ら振り返って反省してみる必要がある。

 私たちは、原子爆弾の犠牲になった日本の人々の痛みにも追慕と冥福、慰労を表したい。核兵器は決して容認できず廃棄されてこそ当然である。原爆を投下した加害責任国の米国も、被害者に謝罪しなければならない。しかし、日本政府も自国の被害と犠牲だけを前面に出すのではなく、なぜ原子爆弾が投下されたのか、原子爆弾が投下される前に日本はアジアと太平洋でどんな罪を犯したのか、その犯罪を先ず告白して許しを請わねばならない。

 日本帝国主義は明確に、日本軍「慰安婦」という性的奴隷制度を通じて女性の人権を踏みにじった。 また、朝鮮をはじめとするアジアと太平洋各国を侵略して強制的に植民支配し、戦争と虐殺、人権侵害を日常的に行った。しかし今、日本の政界ではその加害の歴史を否認して、再武装の道を行こうとしている。

 同じ時間、同じ土地で原子爆弾の被害をこうむったのに、日本人と韓国人の被爆後状況は全く違ったものとなった。日本政府は自国内被爆者の援護政策を実施して、大規模な追慕記念事業と大々的な平和記念事業を推進した。そうすることで戦犯国から犠牲者へとすり替わり、平和国家に変身した。 ところが、国外の原爆被害者に対しては差別的な政策を行った。この事実への深い省察と反省が必要なことを、肝に銘じるよう望む。

 来たる28日、大韓民国国会で韓国人原子爆弾被害者と二・三世の患者に対する支援法制定に向けた討論会が開かれる。韓国社会もまた、原爆被害の惨状と悲劇の歴史を正しく認識して、被害者が人間らしく生きていく権利を保障するために、早急な対策を樹立しなければならないだろう。 

2013年5月26日


 「原爆被害者とその子供たちのための特別法推進連帯会」、「健康な世の中ネットワーク」、「キリスト教環境運動連帯」、「キリスト教平和センター」、「緑の党」、「反核医師会」、「仏教生命倫理協会」、「人道主義実践医師協議会」、「全国障害者両親連帯」、(以下省略)。

「6.15共同宣言実践南側委員会」の声明文

2013年05月30日 | 南北関係関連消息
「6.15南側委」は5月29日、6.15共同行事の開催承認と開城工業団地への企業家訪問を要求する対政府声明を発表しました。以下に全文を紹介します。出展は同日付『統一ニュース』。
 原文のサイト、http://www.tongilnews.com/news/articleView.html?idxno=102747 (JHK) 


『韓半島信頼プロセス』は開城工団企業の北訪問と6.15共同行事の承認から始めよ

 昨日(28日)、北の祖国平和統一委員会が「6.15共同行事に当局者も参加すれば良い」と述べ、開城工業団地に関して「製品の搬出問題をはじめ工業地区の正常化について協議する」意思を表明した。これに対して統一部は、北が当局間対話に応じることと、議題も資材および完成品の搬出問題が優先されるべきと主張し、北の提案には拒否の立場を鮮明にした。

「6.15共同宣言実践南側委員会」は、(当局間)対話および議題の順序に過度な執着をして、開城工業団地問題の解決および6.15開城共同行事の成功に対する各界の熱望に目を向けようとしない政府の態度に、失望を禁じ得ない。

 政府が民間および企業の北朝鮮訪問に関して「北の世論を分裂させる企図」と決めつけ、当局間対話なくしていかなる民間対話や協力事業も認定できないという、旧時代の「窓口一本化」論と民間排除の立場を引き続き固執しているのは深刻な問題だ。また、開城工業団地の資材および完成品の搬出問題の他には、いかなる包括的な対話もしないというのも理解し難い態度だ。

 北の表現や提案が満足できないものとはいえ、当局も参加する対話を受け入れたことは明らかに意味ある進展であろう。開城工業団地の企業家や関連業者と勤労者らの苦痛という緊迫した民生問題を前にして、政府がこのような機会に目を背けるのを見ると、南北関係に対する政府の真意が如何なるものか疑問を持たざるを得ない。政府が定めた経路に従わなければ何も許可しないという態度で、乱麻のような韓半島危機をどのように解いていくことができようか?

 政府が真に開城工業団地の問題を解決する意志があるなら、対話再開への実質的な解決法から目を背けてはならず、企業家の北朝鮮訪問と6.15共同行事の承認を通じて、「韓半島信頼プロセス」の積極的な推進に向かうべきであろう。

 「6.15南側委員会」は政府が対話再開のために、より積極的で前向きな姿勢に転換するよう強く促すとともに、6.15民族共同行事の成功を願う国民の熱望に背かないことを再度訴える。 

                          2013年5月29日  「6.15共同宣言実践南側委員会」